第十一話 苦み、噛み切れず、奥深く
十二月二十八日。クリスマスの夜から、数日が経過していた。あることを除けば、普段通りの日常だ。二十五日を超えてしまえば、世間の浮かれた雰囲気も去っていく。雪すら焦がすような熱は、奪われていく。代わりに着々と年越しへの準備が進んでいき、もう門松なんかを置いている家もチラホラと見かける。
通りを抜けて、人通りの多い駅前に。とあるカフェに入って、ある人と合流する。遠目からでもわかる美しい茶のロングヘア。誰よりも美しい姿勢。とても、日夜キャンパスにのめり込んでいると思えない才女──海羽先輩。
「あ、四条。遅かったね」
「海羽先輩が早すぎるんです。いつからいたんですか」
「さぁー? 私のキリが良いタイミングで出てきたから。時計とかはよく見てなかったな」
「……それ、キリが悪いタイミングだったら」
「時計見てないし、遅れてただろうね」
……正直、私はこの人があまり得意じゃない。高いカリスマ性。我が道を征く精神性。どれをとっても完璧超人。非の打ち所がない──からこそ少し萎縮してしまう。
何より、この人は多分、みのりに何か特別な感情を抱いている。あの日先輩の家にみのりといっしょに泊まったから確信した。それが恋愛感情なのかまではわからなかったけど、海羽先輩は私にとってのライバルにもなり得る。……そして、私は私が勝つと思ってなどいない。信じられていない。どの面をとっても私より海羽先輩が優れているし、何よりみのりも先輩も絵という共通の趣味を持っている。この人が本気を出したら、簡単にどんな人でも落とせる。そう確信させられる。
「……で、相談って?」
「三日くらい前から、みのりの様子がおかしくて」
「三日前……クリスマスだね」
私は先輩の対面に腰を下ろす。
「どんな感じなの?」
「絵に……没頭し始めて」
「いつものことじゃん」
「異常なんです。それが分かったのは、昨日のことなんですけど……」
順序立てて、私は説明を始めた。
「二十五日から二十六日まで、一切連絡が取れなくなって……それで昨日、直接家に行ったんですよ」
「心配性だな」
「……いや、正解だったと思いますよ。家に行って、みのりのお母さんに会いました。ちょっと深刻そうな顔をしてましたよ」
「深刻?」
「いわく、部屋からなかなか出てこないって」
みのりの母から聞いた話だと、二十五日以降、みのりはトイレ以外で部屋を出ていないとのことだった。食事も「今はいらない」の一点張り。風呂も同じ返事が返ってきたと言う。学校も終わったわけだし、いじめなどではないと言う安心がある反面、原因がわからないという得体のしれない不安があると。
「実際みのりの部屋に行ってみましたよ。……絵が、散らかりまくってました」
隙間から覗いただけだけど、床を埋め尽くすくらいの絵がぎっしりと。アナログのものから、デジタルを印刷したであろうものまで。部屋を締め切っているのだろう。画材の匂いも強かった。
「私はイラストレーターとか、そういう業界に詳しくありません。けど、あの量が異常なのは素人目でもわかりました。一日二日で描ける量じゃなかった」
未完成にも見えた絵もあったから、全てに時間をかけているというわけでもなさそうだったが、現実的じゃない。睡眠時間も大幅に削っているのは明らかだった。
「実際に会ったんだろう。秋原はなんて?」
「……今は、ひとまず一人にしてほしい、って」
「へぇ」
何かを知っているかのように、海羽先輩は笑った。だから、私はこの人が苦手なのだ。みのりが苦しんでいるのに、何が面白いのかもわからない。頭がいい人は何を考えているのかわからない。それも、海羽先輩レベルの才女ともなるとよりわからない。
「……何がそんなに面白いんですか」
「弁解させてもらうと、バカにしているとかおもしろがっているわけじゃないよ。もちろん、その状態の秋原は心配ではあるけど──」
言葉を切られる。言い淀んでいる、というよりかは私にそれを言ったことでどのような影響が発生するかを予測しているようだった。だが、問題ないと判断したのか、言葉を続ける。
「心配ではあるけれど、秋原には必要なことだ。ここが、あの子の分水嶺。年越しまでには、決まるんじゃないかな」
「何がです」
「自分がどういう存在になるのか。それを、秋原はこれから自分で決める」
大仰な言い方だった。──自分がどういう存在になるのか。みのりは、どこかの魔王かなにかだと思っているのだろうか。形態変化するラスボスか何かか? だけど、これで分かったことが一つある。……海羽先輩は、私の知らないみのりを良く知っている。所詮、私はみのりに甘えていたのだ。みのりの光の部分に触れて、私はその身を温めていた。ひだまりの中で、息をついていた。だけど、海羽先輩は一緒くたに見ている。光も陰も、一人の人間として見た。
「布石はもう打ってあるし……何より、あの子なら最初から選ぶのは一つだけだと思うけど」
「布石ってなんです」
「お泊まり会の時だよ。四条が勉強のし過ぎでダウンしてた時あったでしょ。その時に少しね。でも悪いことをしたわけじゃない。あくまで相談。しかも私が乗ってもらった側だ」
「じゃあ、なんでみのりが選ぼうとしているものがわかるんですか」
「秋腹にはそれしか選択肢がないからだよ」
先輩の視線が、私を貫く。この人は、目力も強い。全てが強い。押しつぶされそうになる。
「彼女の選択肢の上には、いつだって絵に関係することが入っている。そして、人生におけるジョブ選択イベントにおいて、秋原はたった一つしか選べない。そういうふうにプログラムされている」
「まるで、自分がみのりのキャラメイキングをしたみたいな言い方ですね」
「それくらい、秋原はわかりやすい」
私は、人を見る目がある。演技とともに培ってきた、人の感情の機微を感じ取る目。それを持ってしても、海羽先輩には届かないのか。
「私に怒ってる?」
「……わかるんですか」
演技で隠しているはずなのに。
「ちっともわからない。けれど、なんとなく。怒ってそうだなっていう、予測だ。直感とか、そういうのに近い」
「…………」
「四条が秋原を理解できないのも無理はないと思うよ。実のところを言うと、私にも、みのりのことは理解できない」
「それ、本気で言ってるんですか。今さっき、秋原はわかりやすいって言ったじゃないですか」
「わかると理解はまた別物だよ」
海羽先輩はコーヒーに口をつけた。その所作すらも、この人だと色っぽくて、様になっている。
「私が言うのも変な話だけど、まぁ……私には才能がある。いろんな才能。絵だって、例外じゃない」
「そうですね」
実際、海羽先輩は才能の塊だ。それを本人が自覚しているのも、良いことだと思う。無自覚に振り回すより、そうやって自分の持っている物を把握しているのは持つべきもののあるべき姿。
「──そして、秋原と比較するのなら、四条、きみにも絵の才能があるといえる」
「……はい?」
「率直に言おうか、秋原は、何の才能も持たないんだ。いろんな才能が足りてなくて、かつ、絵の才能も皆無だ」
「そんなわけ……」
美術部の中でも、みのりはツートップに数えられる画力を持っている。それに、今は情緒不安定とは言え、短期間で大量の絵も描ける速筆。それなのに、絵の才能がないなんて──
「持論だけどね。絵にしろ、何にしろ……創作って言うのは才能があるか、全く無いかの二極なんだよ。才能があるから、打ち込める。ないなら、全てを捨てて新たな世界を見る。現実とは、違うところの何かを見る。そうして何かを創り出せる。秋原はそういう場所にいる。だから、私にも四条にも理解はできない。一生かかってもね」
否定しようとしたが、できなかった。「私は、不出来な人間だから」その言葉は、先輩の才能を捨てたというところにつながる。才能を捨て、もっといろんな物を捨てた世捨て人。「私は、現実に生きていないから」その言葉は、先輩の現実とは違うところの何かを見ると言うところにつながる。まさしく、これだ。多分、みのりが言っていたのは、こういうことだった。
けど、それなら。
(私の本心が、わかるようになってきてるって……)
それの意味するところは、現実に対する理解。現実への回帰。まさか、捨てたものを拾ってしまったことで、みのりの中で何か変化が起きたんじゃ。だとすると、その原因になったのは──。
……みのりが、言い淀んでいたのは、こういうことだったのかもしれない。こうして、海羽先輩を通して改めて理解した。理解した、となってしまえば、その原因も特定できる。それが、私で、私が、私を責めることを、きっとみのりは見通した。……だから、私は私を責めない。それは、みのりの本意じゃないだろうから。たとえ、その原因の一端を私が担っていたとしても。
「何か、思い当たるフシがあるみたいだね」
「……まぁ、少し」
「ともかく、四条や私がどうこうできる話じゃないよ。私が類稀なる才能をもっているのなら、秋原だって類稀なる無才能だ。才能なんてのはいわばただの優れた技能だ。秋原みたいな、根本から作りが違うような──感性や世界観ごと特別な人間には及ばない」
「それでも」
「でも、もないんだよ。結論は本人が出すしかない。見たんだろう? 秋原の状態。会ってみてわかるはずだけど。多分、見ているのは四条なようでそうじゃない。どこか遠い場所の、知らない誰かを見出していた」
……本当に、この人は。人の心が読めるのではなかろうか。そう思わせてくる。確かに、みのりの状態は普通じゃなかった。あの、一種の狂気とも呼べる目は──
「……本当になにもできないんですか」
「うん。だから、私はあらかじめ手を打っておいた」
布石、というやつか。
「先輩の予測なら、みのりはどうなるんですか。何を選択して、何になるんですか」
「神様だよ」
その答えは、あまりにも具体性がなかった。いっそ投げやりにも思えるその言葉。けれど、声音からそれは真剣であるということがわかった。
「そりゃあ、そうだろう」
先輩はとても楽しそうに笑っている。どういう感情なのか、私ならわかる。ワクワク──みのりが、そうなることを実に楽しみにしている。ただ、それだけ。ああ、なるほど。私は、そこで理解した。海羽先輩がみのりに抱いていた特別な感情は、多分これのことだ。自分を凌駕しうる天才。いや、この場合だと無才なのか。そんな、ライバルとも呼べる存在。あるいは、圧倒をもたらす相手。興味津々という、たったそれだけ。だけど、一個人に抱くにはあまりにも大きすぎる──一種の恋愛感情とでも呼べるくらいの、大きな熱。
「キャンバスに世界を創り出すんだ。これを神様と呼ばずになんて呼ぶ?」
網膜が、焼けてしまいそうだった。
□□□
十二月二十四日。そこが、私にとってのターニングポイントだった。私は、桜の感情を理解できるようになり始めていた。それの意味するところは、現実逃避の停止。良いことだ。それは、私が昔から引け目に感じていたこと。同世代が自分の現実や将来に向き合っているのに、私だけが妄想の世界に逃げている。だけど、それは同時に私を現実に引きずり出すことになる。実際目の当たりにしてしまうと、萎縮してしまった。
中学三年生の頃を思い出した。受験が終わった春休み。高校生への憧れと、楽しみ。入学が近づくにつれて、反比例するように不安感が募っていく。それに似ているような気がした。現実が近づいてくるにつれて、私はいつだって絵に逃げてきた。
大人がお酒やタバコに頼るのは、こういうことの延長なのかもしれない。現実から逃げ出すための、一環。
プリントアウトされた絵に一瞥もくれず、私は次の絵を描き始める。これが、私を肯定してくれることの唯一だから。
「……はぁ」
周囲に意識を持っていけない。ここ数日の記憶がない。誰かがこの部屋にやってきた気がするけど、それどころじゃなかった。
──私は、人になりかけている。喜ぶべきことだった。一介の世捨て人。妄想の世界に固執している異常者から、正常な人間へとシフトし始めていた。それでも、私は私を受入れられなかった。世界が壊れていく感触がした。頭の中にあるはずの、きらびやかな世界が音を立てて壊れていく。そんな瞬間を目撃した。怖かった。私が積み重ねてきたものが、これによって奪われてしまうのではと思うと、怖くてしかたがなかった。世の中の人はどうやって現実に向き合っているのだろうか。私には、わからない。ずっとこのキャンバスの中に居たのだもの。
多分、私は魚だった。大昔、魚類が陸上に上がり、エラ呼吸を捨てて陸上へ進出した。それ故水棲は不可能になり、元の場所に戻れなくなった。私も、妄想の世界に入り浸った。現実での呼吸の仕方を忘れてしまった。
私が悩んでいる理由は単純だ。このまま、人として生きるのか、あるいは現実から逃げ続けるのか。以前なら、迷わず現実から逃げる選択を選ぶことができていた。それしか、私には選択肢がなかったから。でも、今は違う。その絵のために人の心を理解したいのはもちろん、それ以上に……。
脳裏によぎった人の顔を、なるべく忘れるように努める。思い出すと、そちらに決意が傾きそうになってしまうから。
一枚、また絵が完成した。落書き程度のお粗末なもの。それでもよかった。とにかく、何かを描きたかった。脳内に散らかっているものを、吐き出してしまいたかった。
「……でも」
道筋は、ある。先輩だ。先輩は、私の絵について高く買っていた。美大に進学しないかとも言ってくれていた。それなら、私の進むべき道はそちらではないのか。そうだ、あの時先輩が言いかけていたことが今ならわかる。私には、それしか選択肢がないんだ。もう、このまま突き進むしかない。現実から逃げ出して、遠い場所へ。誰も知らない場所で、一人絵を描き続ける。それが、私の意義。始めてしまった逃避行。捨ててきたものたち。振り返ることは許されない。逃避行は大荷物じゃいけない。
走らせたペン先が、自由に動いてくれる。まるで自分の脳内をそのまま出力するように、するすると絵を描き始める。自分でも信じられない速度で構図が出てきて、ラフが仕上がり、色ラフを完成させる。今までに見たことのない仕上がりだった。まるで、自分じゃないみたい。ああ、そうだ。この高揚感。得も言われぬ全能感。私は、この感覚に惚れたのだ。ただただ逃避するだけじゃない。世界を作り上げる全能感、そして、そこに入り込む没入感。
──神様にでもなったかのような、感覚。
私には、やっぱりこれしかなかった。現実から逃げ続けるしか、私にできることはない。だから……私は、私を騙しきれる。
□□□
「──みのりは、多分、もともと人の気持ちが痛いほど分かる人だったんだと思います」
私は、先輩の言葉を否定できなかった。多分、みのりはある種の神様に近いものになる。創作、というのはそういう行為だ。言葉の形を自在に変えて、やがてそれは音楽だとか、絵だとか、文字だとか、石膏だとかになる。それによって世界を作り出す。それでも、やはり私は……みのりが神様になりきれるとは思えなかった。
「どうしてそう思う」
「だって、本当に人の気持ちがわからない人だったのなら、どうして絵に逃げたんですか」
「…………」
「多分、海羽先輩なら知っているでしょうから話しますけど、みのりは中学の頃いじめられていた。理由は定かじゃないけど、絵に熱中していたからって、本人は言ってました。本当に人の気持ちがわからないのなら、そんなの無視すれば良い。でも、みのりは馬鹿正直にその悪感情を受け取って、耐えられなくなって絵に逃げた」
「……けれど」
「それに」
先輩が何を言いかけていたのかわからない。何かの反論かもしれない。だとしても、私にはどうでもよかった。今言ったのは、弱い方の根拠だから。二つあるうちの一つ。もう一つが、もっと、わかりやすく強い裏付けをしてくれる。
「──それに、人の気持ちがわからない人なら、私はこんなに惹かれてない」
顔が茹で上がるのを感じるようだった。本人に言っているわけでもないのに、恥ずかしい。やっぱり、本心を人にみせるのは苦手だ。それでも、これが私の思う全て。本当に人の気持ちがわからない人だというのなら、私はそもそも嫌悪しか抱かない。でも、みのりは違う。私の些細な表情の変化にも気づく。完璧な演技が崩れれば体調不良かと心配してくれるし、演技がころころと変わる日は何か楽しいことがあったのかと聞いてくれる。そんな、些細なことかもしれないけれど、私にとっては嬉しかった。みのりにとって表現が絵に縛られているように、私も演技に縛られている。そんな私を認めてくれているみたいで、救われた。
クスクスと笑いながら、海羽先輩は「そうだね」と返してきた。
「でも、だから何だって言うの? 人の気持ちが分かる人だから、神様にはなれないってこと?」
「まさにそうですよ」
海羽先輩からしたら、みのりの”才能を捨てた状態”というのは至上の才能よりも羨むべきものなのかもしれない。それが、神様。でも、みのりはそうはならない。私には、わかる。人の気持ちが痛いほどわかる人間だった。絵によってそれが鈍ってしまっても、取り戻しつつある。それなら、わかるはずなんだ。人間の、心のおもしろさ。表情や、感情や、まさしく今のみのりが抱いているであろう葛藤。私が焦がしている恋心。神様になったのなら──絵に、呑まれたのならそれらは全てなくなる。絵に心を求めたみのりとしては本意じゃないはずだ。
「みのりは、神様にはならない。それでも、絵描き、という点ではあなたも認めるくらいの人になる」
「なんで分かるの?」
「……私は、みのりの親友だから!」
正直、そこまで強い根拠はない。強いて言うのなら、私がみのりと積み上げてきた時間だ。それが、優しく私を肯定してくれる。みのりを、確かな人としてとどめてくれる。直感。こういうときの勘は、当たる。
「ま、そう言われたら敵わないかもね。私も秋原とは一緒の時間が多いけど、それは創作論を通しての話をしてばかりだ。秋原、という個人そのものと対話しているというより、クリエイター秋原と対話している時間のほうが長いから……」
「私のほうが、正しい」
……私は、何を言ってるんだ。私の方が正しいって、裁判かなにかか。ともあれ、この人に相談して良かった、とは思う。結果がどうなろうとも、先輩が「数日で秋原は結論を出す」と言ったのだ。それは、信頼して良いはず。私が思っていたような最悪の状態になることは、少なからずない。
「はは、面白いね。さすが、秋原の親友」
「な、なんですか」
「いいや? ほら、美術部って変人ばかりだからさ、その友達もみんな変人なの。だから、ね?」
私を見ながら言ってくる。……私が変人とでも言いたいのだろうか。だとしたら心外だ。みのりは紛れもなく変人だろうけど、私は多少演技が得意なだけの普通の女の子なんだけど。
「私が変人だと?」
「ま、秋原とこんなに長い期間一緒にいられる時点で普通じゃないだろうね。秋原は、普通じゃないからさ」
その時、メッセージの通知音が鳴った。どちらのスマホから鳴っているのか判別がつかなかったので、私も先輩も端末を取り出して画面を確認する。私の方には何もきていない。先輩は──。
「どうやら、私の勘の方が正しかったのかもね」
そう言いながら、先輩は私に画面を見せてくる。相手はみのり。内容は──少し、話したいことがある、というものだった。……少しの心配と、それ以上に来る嫉妬。自分が少し嫌になる。こういう時、みのりには私を頼って欲しいんだけど。でも、確かに、海羽先輩の方が能力がある。自分よりも、ずっと。それを理解したうえで、やはり先輩の勘が正しかったとは思えない。クリエイターとしてのみのりの大成。絵にだけ目を向ける人生。それは、多分あくまで先輩が望んでいることでしかない。みのりの本当に望んでいるものがあるとするのなら──。
「まだ、分かりませんよ」
私は、みのりを信じている。好きだから、なんて浅い理由じゃない。私は見てきたのだ。みのりが、自分の絵に対してどういう向き合い方をしているのか。あの日、疑似恋人の関係を結んだ理由を、見てきたのだ。だから、私がみのりを信じている理由はただ一つ。さっきは親友だから、と咄嗟に言ってしまったけど、もっと確かな裏付けがある。
「みのりは、自分を裏切る人じゃない」
自分のやるといったことはやり切る。普段はそんなことを言わない。だからこそ、彼女がその言葉を使うときは、必ずやり遂げる。みのりが「絵に心を込めたい」と言ったのなら、それを捨てることはしない。
喫茶店の騒音が、やけに遠くに感じられた。先輩のコーヒーカップは、もう空になっている。
シリアスシーンが続いているので、もっと百合百合したものを書きたいです。
多分こんな感じのが後一話くらい続きます。私もクリエイターですから、みのりには共感できるところがありますね。
次回投稿は未定ですが、時間が取れるのでかなり早めに上がるとは思います。




