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第九話 メリークリスマス、ディアマイフレンド

 私がみのりに惹かれ始めているという自覚を持てたのは、夏休みのあたりだ。夏休みに入る前だったかどうかまでは覚えていない。感情というのはグラデーションみたいなもので、明確にここだ、と言えるようなターニングポイントは──ある、かもしれない。

 だけど、みのりのどこに惹かれていたのかは説明できる。何よりも、彼女には強い意志がある。絵に対する強い意志。多分、私とか、他の人が曲げようとしてもそう簡単には曲がらない、彼女なりの絵に対する姿勢がある。そんな彼女に惹かれたというのもある。そして同時に──彼女が他のことに興味を示したのなら、とも思った。それは何でもいい。絵じゃなくて、小説だとか、彫刻だとか、料理だとか。そういう、絵以外に彼女の興味を向けさせてみたいと思った。理由はわからない。強いて言うのなら、絵から離れたみのりの姿を見てみたかったのだと思う。そして、その興味の対象が私だったのなら──なんて、そんな我儘なことを思ったりもした。


 五月。最初にみのりに脅され、この関係を始めたあの時から、彼女が人の心や感情に興味を示しているのは気がついていた。……まぁ、それは絵に根付いたものであるから私の求めているものとは違うのだけれど。それを知っていたから、私はあの提案を持ちかけた。擬似的な恋人の関係。今思えば、あれはただの恋愛感情を超えた思いが込められていたと思う。

 ──私は、演技をやめられない。私の本音は人を傷つけてしまうから。私は、いい子を演じ続けないとダメなんだ。いつの間にか、それは手足を動かすように当たり前のものになっていて、私にとっての顔はそ仮面のことを指すようになっていた。私にとっての本心は裸よりも恥ずかしいもので、他人には受け入れられないもの。全身に火傷を負ったヒロインが、主人公に肌を見せるのを躊躇する。そんなシーンを連想した。

 なによりみのりには、この気持ちを悟られたくなかった。この思いを知ってしまったのなら、私から彼女が離れていくような気がした。そういう気がしただけで、ただの私の妄想だ。それでも、踏みとどまるには十分すぎる理由だった。

 だけど……みのりなら、受入れてくれるんじゃないか。そういう気持ちを抱くようにもなっていった。疑似恋人の関係を続けているうちに、案外みのりは懐が広いという事に気がついた。キスをしても強く拒絶しないし、ちょっと強気に出てみても、平気な顔をしている。普通だったら、お互いに好意があるということで済ませられるのかもしれないけど、相手はみのりだからそううわけにもいかない。絵に興味が傾きすぎて、私に興味がないだけかもしれない。私が見てきた人の中でも、唯一の人。慎重にならざるを得ない。

 ……でも。 

 脳裏によぎるのは、夏前の記憶。私がみのりに惹かれる、明確なポイントがあるとしたら多分あそこだ。


『私は────』


 あの時の、みのりの言葉。あれが、私の胸にどれだけ残り続けていると思うのか。多分、みのりは自覚してないんだろうな。みのりにとって、私の演技はよくできた作品の一つで、それ以上でも以下でもない。それが作品である以上、みのりは高く評価してくれる。


「それでも、私は負けられない」


 みのりは私に興味がないのかもしれない。それでもいい。みのりは二ヶ月前許してくれると言ってくれた。一緒に許せるようになろうと、言ってくれた。だから私は悪い子になる。みのりに求められているものが、たとえ私の演技だけだったとしても、私は本心をぶつけてみたい。唯一私が、本心を見せても許してくれるんじゃないかと思えたあの人に。少しでも──私を見てもらえるように。

 鏡の前でメイクを整えて、私は決心した。今日、私にとっても、みのりにとっても忘れられない日になる。


 □□□


 「うへ……」


 クリスマス・イブ。雪でも降るのではないかと心配──いや、期待と言ったほうがいいのかもしれない。桜との待ち合わせ場所で行き交う人々を眺めながら、たまにスマホへと視線を落としていた。


『ごめん! 遅れる!』


 珍しいものである。桜は友達が多い方だし、こういう待ち合わせにも慣れているはずなんだけど。……さては、私とのクリスマスデートが楽しみすぎて眠れなかったのかな? なんて、一人で冗談を言いながら空を見上げる。クリスマスらしい……といえばらしい鈍色の空。今にもホワイトクリスマスが始まりそうな様相だ。


「むぅ、こういう服装でよかったのかな」


 デート、それもクリスマスということもあり、少し気合を入れてコーディネートをしてみた。衣装センスはある、という自負がある。なんせ、キャラクターイラストを描く際にファッションを調べる必要があるからだ。一応、トレンドも把握しているし自分みたいなちっちゃい人に似合う服装も理解している。防寒性も考慮して厚手のインナーにカーディガン。なんとなくでつけたベレー帽みたいな被り物。足元はスッキリさせたかったけど流石に寒すぎた。黒タイツを履いて、さらにブーツも履いて多少は寒さをガードしている。こういう時くらいは外したほうがいいかと伊達メガネも外してきたし、多少は垢抜けて見えるはずだ。メイクも……やったことはほとんどないけどやってみた。絵の具より使いづらかった、としか思えなかったけど。

 周りを見てみるとどこをみても恋人恋人恋人……胃もたれを起こしそうだ。見ているだけで口の中が甘くなる。それも、地元から一番近い遊び場だから同年代の人たちが多い。高校生の行ける範囲で遊ぶならこの駅! という共通認識があるものだから、集まるわ集まるわ。私と歳が近い人達がああいうことをしていると、どうも生きている世界が違うということを見せつけられているみたいでいい気分はしない。……今日は私もあちら側に立つわけだけど。


「ごめん!! 遅れた! ほんっとうにごめん!」

「おつかれ」


 集合時間から約十五分。桜が到着した。そんなに謝るほど遅れてきたわけでもないし、別にいいんだけど。暖かそうな服装が、今は余計暑そうに見えた。少し派手な色合い。それでいて、桜の華のある顔立ちとスタイルに合っている。ジャケットを気直しながら、桜は顔を上げる。腕にマフラーを抱えているのに気がついた。よほど暑かったらしい。


「ふふ、暑そう。でも似合ってるよ、その服」

「あ、ありがと……って、待たせちゃったよね。どのくらい待った?」

「ん? んー、わかんない」

「正直に!」


 桜にはこういう嘘が通じないから困る。


「……三十分くらい?」

「めちゃくちゃ待ってるじゃん! 寒かったでしょ!」


 ……別に、このくらいなら全く平気なんだけど。時間に関しては私が心配で早く来すぎちゃっただけだし、寒さに関しても集合までは待つだろうなって思ってたから対策してるし。心配性だなぁ。そんなことを思っていると、「早くあったかいとこ行こう」と桜が手を掴んでくれる。けど、焦ってるみたいでいつものようなゆったりとした歩みは感じられなかった。


「待って」


 ぐい、と桜の手を引っ張る。


「桜、息上がってる。それに、私、本当に寒くないよ。ほら」


 ぺち、と軽い音を立てながら、手を桜の頬に当てる。ずっとカイロも握っていたし、温かいはずだ。できるだけ自然になるように、私も口角を上げてみる。最近は、かなり練度も上がってきた気がする。桜が見ても少しは様になった演技になっているのではないだろうか。


「ね? ゆっくり歩いて行こう。そっちの方が、私は好きだな」

「わ、かった……」


 納得してくれたのか、桜は歩幅を合わせてくれた。いつもの桜だ。身長差があるから、私の歩幅に合わせてくれる。それが心地よくて、ついつい甘えてしまう。


「今日はどこ行くの? デートプラン、桜が決めたんでしょ?」

「ふ、ふふん、それに関しては任せてよ。やっぱりリーダーシップのある私がリードしないとね」

「あんまりリーダーっぽさを感じたことないけどね」


 クリスマスデートだから、私もプランを考えたほうがいいのかなと昨日メッセージで聞こうとした。その時、タイミングよく桜の方から『明日のプランは私に任せて!』と来たものだから、任せてしまった。特に私にはデートに対しての理想とかはなかったわけだから、こっちのほうがありがたいと言えばありがたい。メルヘンチックな甘い感じの演出は、桜のほうが慣れているだろうし。


「まず、今から映画を見に行きます!」

「……映画? もしかして──」

「そう、そのまさか。みのりが前から見ようか悩んでたホラー映画ですとも」

「えっ、いいの!?」


 私は、映画が好きだ。構図だったり、シーンごとのパースやライティングがかなり勉強になるのだ。そういう意味でも、単純に娯楽という意味でも好き。特に、最近公開されたホラー映画はストーリーも作り込まれているみたいで、ぜひ観に行きたいと思っていた。けれど、一人で行くというのもなんだか味気なくて控えていた。仲の良い美術部員を誘ったりもしてみたのだけれど、ホラー映画という事もあって来てくれる人が全くいなかった。


「でも大丈夫? 結構怖いって噂だけど」

「だからいいんじゃん。ホラー映画の醍醐味って感じ」


 ……そもそも、よほど気になる映画じゃないと映画に来てくれる人は少ない。映画にお金を払うくらいなら、別の遊びとか買い物にお金を使いたい、という人も多いから。こうして一緒に来てくれるだけでとてもありがたい。


「怖くなっても、私は助けないからね?」


 私のしたいことをさせてくれる。やっぱり桜には敵わないな。こういう気遣いが、いろんな人を惹きつけるんだろうな。なんて……そんな考えは映画館に来たら打ち砕かれた。


 「……っふ、ふ、ぐぅっふ」


 ショッピングモールに入っているこぢんまりとした映画館。映画が始まるまでは良かったのだが、始まってすぐに桜の様子がおかしくなり始めた。開始三十分も経っていないのに、すでに隣では悲鳴が漏れ始めている。映画館という場所だから我慢できているだけで、家だったら叫んでいるところだろう。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃない……!」


 ぎゅ、と桜が手を掴んでくる。よほど怖いのか、力加減が少し馬鹿になっていた。いつもと違う桜が面白くて、その力加減を確かめるように握り返す。少し痛いくらいの握力が、心地よかった。桜は普段他人に気を遣いすぎているところもあるし、女子高生ならこのくらいでいいのだ。……そう言っている私も女子高生なわけだけど。どこから目線の話をしているんだ。

 すると、画面はおどろおどろしい様相になってきた。全体的に暗い感じで、カメラもわざと不安定にふらついている。びっくりさせてきそうだ。私も身構える。


「ねぇこれ来るよね、来るよね……!」

「大丈夫大丈夫。こういうのはジャンプスケアって言って──」

「きゃ!」


 バン! と音と衝撃で驚かせに来る。こういうホラーはあんまり好きじゃないんだけどな。だってこんなのほぼ全員驚くじゃん。実際、隣に座っていた桜は驚きすぎて目に涙を浮かべている。……ホラー苦手なら付き合ってくれなくても良かったのに。私としても、まさか桜がここまでホラーが苦手だとは思わなかった。むしろ、あれだけ自信満々だったし、得意な方なのかと。

 耐えかねたのか、桜が私に抱きついてくる。暗いし、他の観客にも見られることがないだろうからいいけれど……終わったときに映画の内容、覚えてるのかな。そう思いながら、腕の中で震える桜の頭を撫でた。

 ようやく映画が終わると、館内が照明で照らされる。せっかく没入感があったのに、一気に現実に引き戻される気がして私はそんなに好きじゃないんだけど。


「あばばばばば」


 隣の桜を見るとそんなことも言っていられない。完全に壊れてしまっている。正直、今回の映画は私でも少し怖かった。ただ、それに見合うだけのストーリーの練り込みと演出が素晴らしかったし、何よりホラー映画で怖いというのはそれだけで評価に値する。それが桜にはよくなかったみたいだけど。


「桜、終わったよ。出よう」

「う、うん」


 必死に私にしがみついてくる。こんなんで歩けるのかな。


「一回どっかカフェでも入る?」

「い、いやっ、大丈夫! このあとも予定組んであるし……」

「桜」


 じっと、彼女のことを見つめてみる。だけど、私にはその機微を汲み取ることができない。彼女の本心を知りたいのに、彼女の本心を見ると、私の脳は理解を放棄してしまう。現実から逃げて、絵に走ったから。それでも、今桜が辛いことくらいは分かった。


「その予定って、今日限定のやつ? クリスマスまでーとか」

「そうじゃないけど……」

「じゃ、カフェに入ろっか。映画の感想とか話したいしね」

「……うん」


 どうやら桜を説得できたみたいだ。こういう時、桜は気負ってしまう。……人の顔色を気にしすぎてきたからだと思う。自分の落ち度で人の手を煩わせることをひどく嫌う。こういうときは、相手が無理矢理にでも落ち着かせないといけない。

 幸い、ショッピングモールだからすぐにカフェは見つかった。チェーン店だけど、雰囲気は良い。中に入って私はコーヒーを、桜は凝った甘い飲み物を頼んだ。


「……で、落ち着いた?」

「うん……少し」

「ホラーは怖いのが醍醐味とか言ってたのにね」

「あ、あんなに怖いとは思わなかったんだもん!」


 ちょっと茶化してみたけど、これだけ元気に返してくれるなら大丈夫そうだ。


「でも醍醐味だーって言ったってことは前にもホラー映画みたの? あんまり怖くないやつ」

「……ラン」

「ん?」

「怪談レストラン」

「ふっ……ぐっ……」


 思わず口元を抑えてしまった。まさか桜にとってのホラーが小学生くらいで止まっていたとは。コーヒーを吹き出しそうになるのをこらえながら、口角をもとに戻す。……いや無理だ。面白すぎる。怪談レストランからホラーの醍醐味を語って、あまつさえそのまま純正ホラー映画に挑んで撃沈。さっきまでは心配のほうが勝っていたけど、コントみたいな今の状況にどうしても笑えてくる。


「なんでぇ! 別にいいでしょ、怪談レストラン面白いじゃん!」

「あはは、そうだけどね。いや別に、バカにはしてないよ」

「バカにしてるって!」

「ほんとほんと」 


 強いて言うのなら、ちょっとかわいいなって思ったくらいで、それ以上の気持ちはなにもない。誓ってバカにしているわけじゃない。ホラーが苦手な人だって多いし、そう意地になることじゃないと思うけど。

 それからは、映画の内容について話たりした。私は映画を全部見ていたし、とても楽しめた。あそこが怖くてよかったとか、キャストの演技がよかったとか。でも、桜はまともに見ることができてなかったみたいで、空返事が多かった。それもなんだか面白くて、笑ってしまう。


「な、なに? そんなにおもしろい?」

「いやだって……ふふ、桜、映画ほとんど見てなかったのに分かってるのかなって」

「見てた見てた! 薄目で頑張ってみてたよ!」

「全部?」

「……序盤だけ」


 それが面白くて、また笑ってしまった。そんなに強がらなくてもいいのに。なんて、そんなことを思いながら。ふと、私は自分の口元に手をやった。──いつのまにか、普通に笑えるようになっている。表情を作ろう、演技をしようと思ってやったことじゃない。自然と、笑えている。古い記憶が呼び起こされるようだった。絵を描き始める前の頃の記憶。人の気持ちも人並みには分かったし、自分の気持ちも表情豊かに表現できていたあの頃。そう言えば、私はこんな笑い方をするんだったな。自分のことなのに、まるで遠い誰かのことのように感じられた。……私も、変わってきている。桜の影響で、現実逃避によって劣化した私の心が息を吹き返している。喜ばしいことだ。歓迎すべき事態。……それなのに。


「みのり?」

「ん、ごめん。考え事」

 

 いいや、気にすることじゃない。今はクリスマス。しかもその真っ只中。ぱっと湧いた歓喜と、それを抑えこもうとする真逆の感情を振り払う。少しでも、抱えていることは許されない。桜はそういうところにすぐ気がつくから、自分すらも騙しきらないと。「そろそろ出ようか」と桜が時計を少し気にしながら声をかけてきた。せっかく桜が組んでくれたスケジュールだ。無駄にはしたくない。一気にコーヒーを飲み干して立ち上がる。


「次、どこ行くの?」


 言いながら、私はショッピングモールを見回してみる。久しく来ていなかった場所。そもそも、私は買い物に興味がないし、高校生らしいことをする友達もいない。強いて言うのなら趣味が合う美術部の人たちは友達だけど、みんなマイペースすぎてお話にならない。


「今日は洋服を見ようと思って」

「洋服?」


 もしかしたら、桜がコーディネートしてくれるのかな。私も服に多少詳しいとは言っても、イラストで使う資料としての知識が主だ。高校生のトレンド、と言われるとそこまで詳しくない。


「いや、その、みのりにコーディネートしてもらおうと思って」

「……私に?」

「ほら、みのり、絵描いてるからセンス良いじゃん。今日だって……あ! まだ言ってなかったけど今日の服かわいいよ。ごめん、最初言うの忘れてた」

「いいよいいよ。大変だったみたいだし。にしても私がか」


 改めて桜の服を見てみても、特段おかしなところはない。ジャケットにパンツスタイルだから、少しボーイッシュな装いではあるけれど、スタイルが良いから十分似合ってるし。色が私からすると派手かなぁって感じだけど、桜が着ると様になる。今日だって会ったときに褒めたくらいだ。本当に似合っている。


「いいの? 十分今の服でも似合ってると思うけど」

「みのりが選んだのがいいんだ」

「私が?」

「うん。あ、私もみのりをコーディネートしてあげるよ。お互い服の交換みたいにやってみよ。面白いよ?」


 ふっと微笑まれて、私は「いいね」と言った。なんというか、桜のその顔を見るとぽろっといいね、と出てきてしまう。何をいわれてもいいよとかいいねとか言ってしまいそうだ。……とんでもないことを頼まれたりしないかな?

 桜が歩幅を合わせて、隣を歩いてくれる。場所はもう目星をつけていたみたいで、自然と私の手を握って連れて行ってくれた。数分もしないうちに、オシャレな店に着く。キラキラとした外装に、中は背の高い美人さんが五人以上。カップルで来ている人もいる。男の人の方も、顔が整っている。まさしく美男美女カップル。気圧されて、店の前で固まってしまった。


「さ、入ろ!」

 

 断ることもできずに、私はお店に入った。

 ──そこからはもう、ファッションショーの始まりだった。私も私で、スタイルの良い桜を着せ替えできるとテンションが上っていたんだけど、それ以上に桜のテンションが高かった。私にいろんな系統の服を着せては褒めてくれる。


「んー! やっぱりみのり、何でも似合うね!」

「流石にコレは……私には似合わないでしょ」


 今来ているのがメルヘンチックな明るい色の──いわばロリータのような服だった。普段着としてもギリギリ使えそうな装飾だけど、いかんせん私には似合わない。


「ちょっとかわいすぎるよ、これ」

「みのりはかわいいんだからいいの」

「えぇ……?」

 

 もしかしたら、桜はちょっとズレてるところがあるのかな? もちろん、今日の装いも悪くはないんだけど桜の良さを最大限引き出せているとは思えない。ボーイッシュならもっとストリート系っぽく、やりすぎなくらいでちょうどいいだろうし。他の系統にしてももう少し落ち着いた色合いのものを選んでみるだけで違うと思うのに。桜はその人そのものに華があるから、派手な色合いや過剰な装飾はいらない。襟付きのシャツとか、あるいは凹凸に富んでいるセーターとか……そういう……

 

「次、桜の番ね」

「ん? うん、急だね。どうしたの──って、わ」

 

 桜の隣を抜けて、店中から服をかき集めてくる。多分、持ってきただけで五着くらいのセットアップになる。息が上がりながら、桜へその服たちを渡した。


「これ、着てみて」

「わぁお……めっちゃあるね」

「ぜっっったい似合うから。保証する」

「ほ、ほんと?」

「桜はかわいいから、自信持って」

「……は、恥ずかしんだけど」


 服を口元へ持っていって表情を隠されてしまった。


「桜だってさっき私に言ってたでしょ」

「それとこれとは別!」


 言いながら、桜は試着室へと入った。なんだかんだ全部着てくれるらしい。はっとして、今自分が試着中の服を着ていることに気がついた。桜に似合う服を脳内でシミュレーションしていたから、抜け落ちていた。着替えないと──試着室へ近づいた時、腕を引っ張られた。桜の入っている試着室。反応が遅れてそのまま中に入ってしまう。

 背中には大きな鏡、眼前には下着姿の桜がいた。腕の中にすっぽりと収まってしまった。逃げられそうもない。


「桜?」

「……あ、や、ほら、着替え、忘れてたから。みのりも着替えるかなって」

「桜が着替えてからでも良かったのに」


 試着室に、甘い匂いが漂っている。私とは違う匂い。優しい感じで、落ち着く。着替えたいのに、桜が腕をどかしてくれない。……久しぶりに、ハグでもしようかな。そう思って、そっと腕を伸ばしてみる。下着姿の桜も、寒そうだし。


「ちょ……」

「寒そうだよ?」

「だ、大丈夫」


 余裕がなさそうだった。演技が、剥がれていると思う。けれど、今の私なら少しわかる。逃避行からはみ出している今なら。少しだけ彼女の本心が何を言いたいのか伝わってくる。けれど、まだぼんやりとしている。輪郭を掴めなくて、大まかな形だけがわかる。

 一瞬距離を取られそうだったけど、下着だし、試着室だし、逃げ場がないと分かったのか私の抱擁を受入れてくれた。ほんのり冷たい。やっぱり、少し寒いんじゃないか。しっとりとした桜の肌の感触を確かめながら、軽く力を込める。


「ほ、ほんとにハグ好きだね……!?」

「んー、まぁね。落ち着くから」

「んんん……」


 桜の反応が面白くて、ついいじめたくなってしまう。けれど、やっぱり寒そうで、私はすぐに離れる。改めてみると、桜はやたらとかわいい下着を着けている気がする。まぁ、なんと言えば良いのか……言葉を選ばずに言うのなら、気合が入っているという感じだ。私相手なのに、どうして?


「見、すぎじゃない? そーんなに私の下着姿に興味あるんだ~?」

「どうだろうね。見てて飽きないけど」


 スタイルもいいし、お手本みたいな人体の綺麗さをしている。……ここで身体が綺麗、という感想じゃなくて人体という言葉が出てくるあたり、自分がどれだけ絵に汚染されているかが分かってくるんだけど。内心苦笑いをすると、そそくさと桜が服を着始めた。


「ほんと……よくそういう台詞言えるね……」


 ……思ったことを言っているだけなんだけど。そんなに恥ずかしいことを言っていたのか。この辺の羞恥心と言うか、俯瞰する能力はまだまだだ。普通の人としての能力には、まだ届いていない。

 結局、桜は私の選んだ服の殆どを買った。予算の許すギリギリまで、とは言っていたが高校生の出す額としてはかなり大きい。私は彼女が買うときの値段を見ていたけれど、あまり思い出したくなかった。ちょっと、持っていきすぎたかな。私は私で、あの後もう一着桜に選んでもらった。流石にロリータを普段着にする勇気はなかったので、ある程度落ち着いたものを。

 服を抱えて店を出る。右手にかかる重みが、充実感を与えてくれる。左手にある温もりが、安息を与えてくれる。


「じゃ、次、行くよ」


 まだまだ、クリスマスは終わらない。私は、桜に手を引かれて歩き始める。胸にかかる、軋みを無視しながら。

そろそろクリスマスですね。

私に恋人はいません。桜、みのり、私の分まで幸せになってください。

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