『扇の速記の歌』
昔、あるところの若者が、八幡様の秋祭りに出かけると、数人のお供を連れた長者の姫様に会った。若者は、姫様が誰だか知らないし、姫様も、若者が誰だか知らなかったが、互いに離れがたく、ついに姫様が扇にさらさらと何かを書いて、供の者に渡し、供の者が若者に渡して、扇は若者のものとなった。
扇には、落書きにしか見えないくねくねした線が書いてあったので、見た目よりも幼い姫だったのかと思いもしたが、美しい姫であったので、何とかもう一度会えないものかと思い、手がかりは扇しかないので、寺の和尚に聞いてみると、書かれたものは、和尚にもわからなかったが、扇は長者の娘子のものだということがわかった。
そのころ、長者の娘は恋わずらいで寝ついていたが、父の長者は、恋わずらいだなどとは思っていないので、みるみる弱っていく娘に何もしてやれず、ただおろおろしていた。しまいには、娘の病を治してくれた者には、望みのほうびをとらせるという立て札をかけ、大勢の者が試しに来たが、娘にどこが苦しいのかを聞くこともできず、何日もたってしまった。そこに、若者がやってきて、娘の座敷に通され、声をかけると、長者の娘は、真っ赤になりながら、正座して若者を迎え、長者は、若者を婿にとることにした。
長者の婿となった若者は、妻となった長者の娘に扇を見せ、これは何と書いてあるのかと尋ねたところ、速記で、お前様を思う歌を書きました、と答えたので、若者は、妻の頭をなでた後、軽く張り倒した。
教訓:自分が速記を知っているからといって、相手も知っていると思ってはいけない。




