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三題噺もどき4

ガス灯

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくはちじゅういち。

 




 視界の端にガス灯が揺らめく。

 柔らかな光はこの目にも温かく映る。

 暗闇を見ることが当たり前であると、光というのは痛々しく目に残るのだ。

 それでも、このガス灯だけは、夜にあってくれてよかったと思う。

「……」

 真っ暗な道には、自分以外誰もいない。

 私の足元には、影は出来ない。

 だから尚更、一人だと見せつけられているような気がしてならない。

「……」

 レンガ造りの道の先には、ただぼんやりと照らされた暗闇が広がるだけ。見えるはずのその暗闇の先が、どうにもうまく見渡せない。

 柔らかなオレンジ色が、点々と照らすその道は、見覚えのない道だった。

 周囲には、二階建ての建物が軒を連ねている。

 どれもこれもレンガ屋根の家で、住民はきっと深い眠りについている頃だろう。

 頭上に光る満月は、彼らの夜を静かに見守っている。

「……」

 彼らの夜は、とても穏やかでいいものなのだろう。

 朝起きたときに、いい一日を過ごせると思えるような、素敵な夜なのだろう。

 眠っていても、怒られない、脅されない、意識を失くした時の恐怖がないのだろう。

 私は、それが、酷く羨ましい。

「……」

 朝になっても眠れず。

 夜になっては怯えて。

 体を引きずりながら、ようやく逃げてきたのに。

 けれど、私はどうして、ここを歩いていたのか。

「……」

 どこか頭の隅では、見覚えのないこの道に違和感があるのだけど。

 足を小さく引きずりながらも、その道を進んでいた。

 時折ふく風は酷く冷たく、指先の感覚がないことに今更気づいた。

 ただでさえ死んでいる体だから、こういうことには気をつけなさいと言われていたのに。

 ―誰に言われたんだろうか。

「……」

 ふと、足元をみると、なぜか裸足で歩いていた。

 そりゃ、怪我もするわけだ。不死身というのは、治癒力が少々高いだけで、怪我をし続けては意味がないと言われもしたはずだ。怪我をしたなら、大人しくしていなさいと。

 あれこれと、生きるための術を口すっぱく言われていた。

 ―誰だったかな。

「……」

 衣服は所々が破けている。

 その隙間からも風が入り込み、全身が冷えていくのが分かった。

 元より死んでいるのだから大丈夫だと言ったら、何も大丈夫じゃないと言われたのに。

 ―誰だろうか。

「……、」

 思考と体の妙な違和感に、気づかぬうちに足が止まっていた。

 そこに、ぽつり、と雨が降ってきた。

 一粒一粒、体にシミを作っていくそれは、もとよりない体温を奪っていくには充分だった。

「……」

 体が動かなくなっていくのが分かる。

 ジワジワと近づく死のような何かに、思考が怯える。

 震えこそしないものの、どうにかしなくてはという焦燥に駆られる。

「――」

 無意識に開いた口は、何を叫ぼうとしていたのだろう。

 空気が漏れるだけで、何も発せなかったその叫びは。


「―風邪をひきますよ」


 一つの影が答えてくれた。

 影は、ガス灯に照らされた大きな傘だった。

 雨をしのぎ、影で私を覆い、何かから隠そうとしてくれているようだった。

「……」

「―今日はチーズケーキを焼きましたよ」

 どこか的外れなその発言に、なぜか救われた気がした。

 影から伸びた大きな手に、惹かれるように手を伸ばし。

 私は、そこで、目が覚めた。




「仕事中に寝るなんて珍しいですね」

「……あぁ、うん。なぜだろうな」

「疲れてたんじゃないんですか」

「……そうかもな、変な夢も見たし」

「ちゃんと休んでくださいね」









 お題:ガス灯・チーズケーキ・雨


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