術式の消失 Sheet2:六次の隔たり
今日は月に一度のチーム・エクセレンター定例会議の日。
グッさんこと会社経営者の川口、この店『エンター』が縁で付き合うようになった育美と薔薇筆が集まる。とはいえ、育美と薔薇筆はいつも一緒だし、川口も頻繁に顔を出すので、月に何度かは顔を合わせている。
「こないだ揃ったばかりだし、特に俺から伝えることはないけど、何かあるか?」
川口が開会早々に言った。早めに切り上げて、二階にいる猫のオムと遊びたいのだろう。
エルが胸元で小さく手を挙げる。
「はい、エルちゃん」川口が指名する。
「えー、実はワタクシ、スマホデビューいたしました」
そう言いながら、水戸黄門の印籠のようにスマホを掲げるエル。
「わー素敵。ねぇ、LINE交換しようよ」育美が自分のスマホを取り出す。「ペンちゃんも、ほら」
交換相手は多い方がいいと、薔薇筆にも促す。
「エクセレンターのグループLINEに登録あるから必要ないよ」薔薇筆は冷静に返す。
「もう、そういうとこだぞ」
育美は、薔薇筆の正論だけど少しデリカシーに欠ける言動が気になっていた。本人に自覚はない。
アキラが、エルがスマホを手に入れた経緯を説明する。隣のテナントが埋まったお礼としてビルオーナーがギフト券をくれたのだ。
「ホント、人の縁なんてどこに転がってるかわからんもんだ」川口はそう言ってグラスを空ける。
「グッさん、おかわりは?」アキラが聞くと、川口は首を振りつつ上を指差す。
「いいけど、散らかってるよ」
「いつものことじゃねぇか」
「そう思うなら片付けといて」
アキラの返しに、川口は後ろ手をひらひらさせながら二階へ消えた。
「こういうのは腐れ縁ってやつだな」アキラが三人の誰にともなく呟く。
「人の縁といえば『六次の隔たり』って知ってます?」薔薇筆が問いかける。
「知り合いを五人経由すると、世界中の誰とでも繋がれるってやつでしょ?」育美がエルに説明するように言う。
「俺も聞いたことあるけど、都市伝説みたいなもんじゃねぇの?」アキラが返す。
「例外はありますが、社会実験でも割と正しい結果が出てますよ」薔薇筆が続ける。「アキラさん、試してみましょう。誰か有名人を挙げてください」
「うーん、じゃあペンちゃんが好きなイーロン・マスク」
「別に好きじゃないですけど……わかりました。では行きます」
薔薇筆はおしぼりで手を拭き、握ったり開いたりしながら話し始める。
「まず一人目、イーロンといえばドナルド・トランプですね」
「アメリカ大統領、逆に遠ざかってない?」アキラが呆れる。
「二人目、石破茂。日本の総理大臣」
「トランプはうちの総理のこと知ってるかな?」アキラのそれはもちろん冗談。
「三人目、与党の幹部。四人目、ここの選挙区の地方議員。五人目、その議員の後援会の誰か。どうでしょう?知り合いにいませんか?」
「……ナユさん、このビルのオーナー。ほんとに繋がった」アキラは感心した。
そんな話をしていると、ちょうどそのナユさんが、テナント契約した芦田さんと一緒に来店した。
自分のいないところで名前が出ているのは気まずいだろうと、アキラは早々に互いを紹介する。
『六次の隔たり』の話も伝えると、芦田さんが意外な反応を見せた。
「何やら伝言ゲームみたいですね……実は先日、スタッフの伝達ミスで仕事に支障が出たので、そう思うのかもしれません」
どうやらエクセルファイルのやり取りでトラブルがあったらしい。
「ここには何度か顔を出してますから、エルさんがエクセルに詳しいのは知ってます。もしよければ相談に乗ってもらえませんか?」
「わかりました。芦田さんには恩がありますからね。このスマホに賭けて、事件を解決してみせましょう」
エルはスマホを掲げて宣言した。
六次の隔たり - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%AC%A1%E3%81%AE%E9%9A%94%E3%81%9F%E3%82%8A