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同窓会は異世界で。  作者: SARTRE6107
第二部
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第七話

 校舎の正面玄関まで来ると、ガラス製のドアは開け放たれていて、その上にはひどく汚れたブロンズ製の校章がまだ残っており、その下にある丸いアナログ時計の針は一〇時二〇分を指したまま止まっていた。その時間は、三年前に学校が転移したとされる時刻から動いていなかった。二人はその時計を見た瞬間、この学校はあの時で止まったままなのだと実感した。

 多くの生徒たちが出入りしていた下駄箱のあるエリアは、扉が開け放たれていたせいかゴミやホコリが堆積し、少しずつ異世界の大地に同化しつつあるようだった。

 惇哉は自然の力によって集まった堆積物に不自然な部分が無いか確認した。足跡や物が移動した痕跡があれば、人または動物の出入りがあったという証拠だからだ。注意深く惇哉は探したが、この辺りに何かが出入りした痕跡はなかった。

「この辺りに、何か人が入ったような痕跡はないな」

 惇哉は異常がない事を確認すると、渚は周囲を見回してこう言った。

「教室とか、保健室とかいろいろ見て回ろうよ。何か痕跡があるかもしれない」

「そうだな。まず一階の保健室から」

 惇哉はそう答えて、玄関口右手の保健室へ、銃を構えながら慎重に進んだ。渚は惇哉の自分への呼び方が少し荒っぽくなっている事に気づいたが、危険な領域に足を踏み入れて、自分の知っている新田惇哉から自衛官としての新田惇哉になったのだと思い、気にしない事にした。

 惇哉を先頭にして一階の保健室の前にたどり着くと、惇哉は銃を構えながらハンドサインで渚にドアを開けるよう指示した。渚は覚悟を決めて、閉じられている保健室のドアを開いた。

 保健室の中は薄暗かったが、校庭に面した側の窓のカーテンが閉じられていないおかげで、ライトが必要なほど暗くはなかった。消毒薬の匂いと、他の教室とは違う奇妙な静けさが漂っていた空間だったが、今ではその奇妙さに代わって、廃墟が放つ躯のような静寂だけに支配されていた。

 二人が部屋の中に入って、部屋の全体を見回すと、渚は医薬品や包帯などが閉まってある棚が空になっている事に気づいた。

「薬とか包帯を入れる棚が空っぽになっているよ」

「本当だ」

 渚の言葉に、惇哉は少し緊張した様子で答えた。この学校で何があったのか知りたいという探求心よりも、危険に備えなければならないという自衛官として身に付けたスキルが、彼を支配していた。

「空になっているという事は、誰かが持ち出したのかな?」

「たぶんな。動物はもちろん、モンスターやゴブリンがこの世界に居ても、現代日本の医薬品を理解できるとは思えないし」

「他の場所も、私たちが居た三年生の教室にも行ってみようよ」

「そうだな。俺が先導する」

 二人はそう答えて、保健室を後にした。廊下を進むと、自分たちの靴が固い床を歩く音以外に、音らしい音は聞こえない。何かがバタン!と少し離れた場所で音を立てたが、それは突風が吹いて窓を叩いただけだった。

 階段を上り、踊り場で一旦停止して異変が無いか確認し、二階へと上がる。二階は一階ほど荒れ果てた様子はなかったが、何かが潜んでいるような気配はなかった。

 惇哉が銃を構えながら廊下の左右を確認すると、彼は突き当りの図書室の扉が開きっぱなしになっている事に気づいた。

「図書室のドアが開きっぱなしだ」

「行ってみる?」

 覚悟を探るように渚が囁く。

「行ってみよう」

 惇哉が答えると、二人はゆっくりと図書室へと足を進ませた。母校でここまで慎重な足取りで歩いたのは、初めての体験だった。

 図書室は普段から生徒の出入りが少なかったせいか、淀んだ重苦しい空気が持つ雰囲気は、ほとんど変わっていなかった。中へ足を踏み入れると、本棚に隙間なく並んでいたはずの本が、何冊か抜き出されて、穴の開いたような感じになっている。近づいてどんなジャンルの本がなくなっているのか確認すると、家庭科の調理や裁縫に関する本、建築にまつわる本がなくなっていた。

「本が何冊か消えている、衣食住に関するやつ」

 惇哉が本棚を確認しながら漏らした。

「学校と一緒に転移した皆が持って行ったのかな?」

 渚が続けた。そうでなければ、この異世界において、生き抜くための知識が収蔵されている本が消失してしまう理由が考えられなかった。

「恐らくな、どこかで生きている可能性が高いと思う」

 惇哉は他にも図書室の本が消えている事を確認した。自分の知っている人間が生きているかもしれないと思うと、惇哉は少しだけ気持ちが楽になった。

「一応、三年生の教室まで行ってみようよ、何かあるかも」

「ああ、そうしよう」

 渚の提案を受け入れて、惇哉は彼女と共に三階にある、一クラスしかない三年生の教室へと向かった。廊下へ戻って、教室のある三階へと階段を上ってゆく。三年前の春に、他のクラスメイト達と一緒に上った階段を一歩一歩上がってゆくと、当時の記憶が歩くテンポと共に蘇ってくる。この階段を上り切ったら、次元や時空が逆戻りして、三年前の中学生活に戻れるだろうか、と渚は考えたが、何も変化せずに階段を上り切り、教室の前まで来てしまった。

 一つしかない三年一組の教室の扉は閉じていた。惇哉が引き戸の取っ手に手を掛けると、カギのかかっていない扉は意外にも楽に開いた。惇哉が銃を構えながら中に入ると、綺麗に並んでいた、生徒たちの机は隅の方に追いやられ、黒板には日数を記録したらしい×印が、五個書き込まれている。そして床下には、日焼けして誇りまみれになった教科書と、災害備蓄用の非常食糧の袋と、空になった飲料水のペットボトルが落ちていた。それを目にした渚は思わず駆けだして、落ちているゴミを拾った。

「やっぱり、みんな生きていたんだよ」

「ああ、おそらく。でも過去形で現在の事かは分からない」

 興奮気味の渚を惇哉はなだめるように言ったが、渚の感情は昂っていた。その昂ぶりが、記憶の隅へと追いやっていたクラスメイトの姿を蘇らせた。

 渚とは幼稚園の頃からの付き合いだった同級生の柴田優佳、惇哉とは学童保育以来の腐れ縁で、肩書上の剣道部部長と言われた長尾真一、下級生の注目を集めていたが、どこか気高く、周囲に媚びない姿勢を貫いていた渡瀬日菜子など、渚の脳裏に強く焼き付いている生徒たちはその三人だった。が、今は生きているのだろうかという不安はあったが、知っている人間たちが生きていた痕跡に触れられるのは、胸が躍った。

 渚は丁度自分の席があったあたりに立ち、当時の様子を思い返した。同じ制服に身を包み、同じ黒板を向いて同じ授業を受けるという、ベルトコンベアに乗せられた粒の大きさを整えるような空間であったはずなのに、今の渚にはそれが美しく、尊いものであったような気がした。

「昔を思い出したの?」

 夢を見ているような渚に、惇哉が声を掛けた。その言葉をきっかけにして、渚は我に返った。

「ちょっとだけ」

「黒板の×印から見て、五日間しかここに居なかったみたいだよ」

 惇哉の言葉は冷静そのものだった。感情的にならないで冷静な判断と対応をするようにしているのは、彼が自衛官として身に付けた能力だった。

「五日間しか居なかったのなら、どこへ行ったの?」

「その痕跡を、これから探そう。そうすればこの世界の事も分かるはず」

「なんでこの学校を離れたんだと思う?」

 渚が惇哉に重ねて質問した。惇哉はその言葉に答えると同時にある疑問が浮かんだ。

「恐らく電気も水もなくなったからじゃないかな……。そういえば気になっていたんだけれど、何であの時、学校に居なかったんだい?」

「それを今聞く?」

 渚が少し不満そうな様子で答えた。過去に追いやった記憶からにじみ出た美しい部分が、その言葉一つで消え去ってしまったような感覚があった。

「ちょっと気になってね。それにお互い話していなかっただろう?」

「ズル休みしたの。あんたは?」

「俺も同じ。学校に行くより、好きな内容を提供してくれるコンテンツに没頭したかったんだ」

 他人事のように惇哉は黒板の前から離れて、教室の窓へと近づいた。ここから何か見えるかもしれない、そう思って周囲を見回すと、体育館脇の近くに、そこだけ地面の土が二つ盛り上がっており、二本の棒が突き刺さっているのが見えた。その瞬間、再び惇哉の思考回路が自衛官モードに入った。

「ねえあそこ、体育館脇に何かあるよ」

 惇哉の指摘を受けて、渚も窓側に近づき惇哉が指摘した方向に視線を向ける。渚にも、それが自然の造形物ではない、人工的に作られたものだというのがすぐに分かった。

「あんなもの、元からこの学校にはなかったよね?」

 渚は確認を取るかのように惇哉に質問した。

「ああ、なかった。だから確認に行こう」

 惇哉はそう答えて、渚と共に教室を出た。うず高く盛り上がった土に突き刺さった二本の柱、それは軍事力を伴う職業の人間でなくても知っている物であったが、渚と惇哉はそれが、自分達の予想とは違うものである事を望んだ。


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