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同窓会は異世界で。  作者: SARTRE6107
第三部回想編後半
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第四十六話

 一週間後、アクライ国騎士団のヴァルキィ団討伐が正式に決定し、王からの命令がアクライ国全土に通達されると、アクライ国は戦時体制となって必要な資金や物資が騎士団に集められる事になった。株式会社UTホールディングスも、その兵站業務の支援の一環として街やバルガス家から提供される物資を運ぶために駆り出された。戦時需要という事もあり、収入が増えるというメリットはあったが、親友である真一が戦いに赴くと知ると喜ぶ事は出来なかった。

 UTホールディングスの五人は集められた騎士団の物資の内、置き場がなく一旦ジロムの屋敷へと集められた物資をそこから騎士団の兵営へ運ぶ業務を請け負った。

「運ぶ荷物は何だろうな?」

 荷車を引く元一郎が呟いた。

「運ぶ品物の内容と、個数は秘密らしいぞ」

 良純が答えた。

「何でそんな事をするんだ?」

 元一郎が不満そうに漏らすと、並行して歩いていた葉子が何か思い出したようにこう答えた。

「敵工作員のサボタージュ対策だって聞いたことがあるよ、あと品数や種類を伏せるのも、継戦能力、戦闘状態を維持できるかを教えないために伏せるって聞いたことがある、どれくらいの数の部隊が何日戦えるのは軍事機密なんだって」

「どこでそんな知識を知ったの?」

 優佳が葉子に訊いた。

「あたし、親戚の叔父さんが陸自の幹部自衛官で、陸上総隊っていう部隊に勤務しているの。親戚同士の集まりの時に、色々と教えてくれてね。それで知ったの」

「そう」

優佳は小さく答えた。彼女は真一が戦闘に参加するメンバーに入っていると知った時、生きて帰れないかもしれない。何年も帰って来ないかもしれないという不安を抱き、気が気ではなかった。可能なら真一たちが何処へ行き、どれだけの期間を活動するのかという情報を知りたかったが、それも叶わないと知ると心が潰れそうになった。その暗くなってゆく優佳の表情を見て、葉子は少し残酷な事を言ってしまったかと思ったが、事実を伝えない訳には行かなかった。

 ジロムの屋敷にたどり着くと、石畳の無駄に広い広間には国中から集められた戦闘に必要な食糧や武具、生活資材等が運び込まれ、大規模災害が発生した時の支援物資の配送所のようになっていた。元一郎は、ここが石畳なのは大量の物資や人馬が行き交う事があっても地面が轍だらけにならない為であると知り、なかなか合理的な作りになっていると思った。

 集積場ではジロムの屋敷の人間たちが徴発された荷役係の仕分けを行っていた。その中には、市立第三中学校の生徒たちがこのアクライ国にやって来た時に出会ったユーリが居た。

「あなた達は、あの時の……」

 UTホールディングスの五人に気づいたユーリは、どこか懐かしそうな表情で彼らを見た。だが対するUTホールディングスの五人の表情は浮かれないものだった。

「お久しぶりです。あなたもお手伝いに駆り出されていたんですね」

 優佳が何処かぎこちない様子で挨拶をした。

「はい。私もジロム・バルガスの息子です。この国の為であれば喜んでお手伝いをするのは当然です」

 ユーリはいかにも建前らしい言葉を口にした。優佳はそれを社交辞令だと思って黙って聞いていた。

「私たちが運ぶ荷物は?」

 優佳は気持ちを切り替えるように、ユーリに訊いた。

「それはこちらに、樽を全部運んでください」

 ユーリは近くにある木製の樽を指差した、全部で九個だろうか、持ってきた荷車に積も事は出来るだろうが、UTホールディングス五人の力で運ぶ事は困難だろうと思った。

「あれだけの荷物、俺たちの力じゃ運べないぞ」

 良純が漏らすと、ユーリがこう続けた。

「あのラバをお使いください。大人しくていい子ですよ」

 ユーリは一頭の名無しのラバを差した。ラバは自分に荷役の番が回って来ず、暇を持て余しているのかしきりに目を周囲に向けていた。人懐っこそうな、自分達と良い関係を築けそうなラバだった。

「ありがとうございます」

「それと、騎士団の方が何人か手伝いに来てくれています」

 ユーリは手伝いに来ている騎士団の人間の背中を探した。「あの方です」と言うと、声に気づいて振り返った人間は真一だった。

「真一!」

 優佳は思わず声を上げてしまった。真一も優佳に気づいた。突然の登場に真一は驚いたと同時に、優佳が彼に抱き着いてきた。優佳の表情は何時になく悲痛な物で、これから離れなければならない真一の心に深く刺さった。真一はそっと優佳を抱きかかえて、こう口を開いた。

「優佳。俺は騎士団に入る時、みんなが酷い目に会わないようにしてくれって、騎士団の人にお願いしたんだ。だから、俺はその願いを騎士団の一員として果たすだけ、みんなとの約束を守りたいんだ」

「判っているよ、それは。ただちょっと、また辛いことがあるんじゃないかって思うと、耐えられるか私は不安なだけ」

 真一と優佳は、お互いが出来る限り傷つかない言葉を選んで話した。そうしないと、自分たちがまたこの世界で生きられない存在になってしまうかもしれない。という恐怖からだった。たとえお互いがもう一度会うことが出来なくても、それだけは避けたかった。

「こんな所でロマンスなんていい身分ね」

 二人の心情に冷や水を掛ける声がして振り向くと、そこにはジロムの妻となった日菜子がいた。

「渡瀬さん」

 真一は絶望とも驚きとも思えない言葉を漏らした。

「私のクラスメイトが騎士団に入ったっていう話は聞いたけれど、まさか長尾君だったとは知らなかったわ。よかったじゃない、いるだけの剣道部部長の名前が返上出来て、柴田さんと良い関係にまでなって」

「渡瀬お前……!」

 元一郎が怒りに満ちた言葉で日菜子に迫ろうとしたが、葉子が抑えた。日菜子は彼に侮蔑の眼差しを向けると、腹立たしい気持ちを抑えるようにこう続けた。

「自分の立場をわきまえろというつもりで言ったの。今の私たちはもう令和の中学生なんかじゃない。この世界で生きる人間でしかない。だったらこの世界で与えられた、自分でつかんだ役割を果たせって言いたいだけ」

 日菜子の目に宿った覚悟に、元一郎も真一も言い返す事が出来なくなった。

「長尾君も柴田さんも、この世界で生き抜くための必要な判断を自分でしたならそれに従うべきよ。クヨクヨした甘えなんて、役に立たないんだから……」

 日菜子の言葉には、単なる言葉以上の力が宿っていた。生き残るためとはいえ、取返しのつかない判断をした人間の覚悟と後悔から生まれた言葉は、その場の人間を黙らせる重みがあった。

「ヒナコさん」

 何かが爆発しそうな状況を察したユーリが日菜子に声を掛けた。

「ここは僕たちで対処します、貴女は向こうで荷役をしてくれている方々に、何か飲み物を運んであげてください」

「判りました」

 日菜子は素っ気なく答えて、その場を立ち去ろうとした。

「渡瀬さん!」

 急に優佳が声を掛けた。久々にクラスメイトに呼び止められた日菜子は、思わず足を止めた。

「貴女が辛い環境から抜け出したかったのは、私たちを見下す為にではないんでしょ?私は、渡瀬さんの事を、同じクラスの大切な友達だと思っているからね」

 優佳の言葉を耳にしたあと、日菜子は逃げ出す様にその場を立ち去った。

「さあ、早いとこ樽を積もう」

 真一が呟くと、彼らは積み込みの作業に取り掛かった。


 騎士団の兵営に着くと、真一は他の騎士団のメンバーたちと共に、運んできた樽を兵営の隅へと運んだ。騎士団の人たちの連携はスムーズで、真一の中で〝仲間〟と言えばもう騎士団の人間を差すのだろうと、優佳は思った。

「ありがとう、みんな」

 真一は作業が終わると、五人に感謝の言葉を述べた。あまりも素っ気ない感謝の言葉、せめていつ、真一が出発するのか優佳は知りたかったが、叶わなかった。

 ジロムの屋敷に戻ると、集められた物資はだいぶ捌く事が出来たのか、広場に集められた木箱や樽が減り、先程の慌ただしさや圧迫感が減っていた。UTホールディングスの面々はまだ広場に居たユーリを見つけて、ラバを返そうとした。

「このラバは、皆様に差し上げます」

 ユーリから出た言葉はとんでもないものだった。この世界で荷役や農作業を手伝ってくれる動物の価値は、土地や建物の所有権に匹敵する価値があった。それを簡単に差し出すという事は、よほどの事だった。

「なんで、そんなすごい事を」

 葉子が目を丸くしながらユーリに訊き返した。

「報酬の代わりです。それに今回の騒動で、いくつかの荷役屋が騎士団に荷車を徴発されました。荷車が騎士団から返って来るまで、新しい荷車が引き渡されるまでの間、あなた達に荷役の仕事が集中するでしょうから、その手助けになればと」

 ユーリが理由を答えると、葉子は目を丸くしたまま頷いた。現金による報酬が無いのは残念だったが、設備投資が行えたという事実は大きな収益だった。

「ありがとうございます」

 元一郎は改まった表情で感謝の意を伝え、頭を下げた。

「こんな事しか出来ずにすみません。皆様の置かれたつらい立場を考えると、もう少し何か……」

「いいえ、そんな事はありません」

 優佳はユーリの言葉を遮ると、こう続けた。

「もし可能でしたら、貴方のできる範囲で、渡瀬さんを、日菜子さんの事を見守って支えてあげてください。本当は弱くて優しい人間なんです」

 優佳の放った言葉に、ユーリは衝撃を受けた。たとえ生活の場が違っても、同じ故郷を持つ人間は社会的な立ち位置が違っても、心で繋がる物なのだという事に衝撃を受けた。

「判りました」

 ユーリは頷いた。



 その夜、日菜子は王宮で街の商工会長と国王との会議から帰ってきたジロムを出迎えた。長い時間狭い部屋の中で侃々諤々の議論をしたせいかジロムは疲れ切っており、マルヤンが切り分けた果物を少し口にすると、すぐに用意された湯殿へと向かった。日菜子はジロムの妻として疲れた彼の身体を流してマッサージし、肌の保湿効果を高める、花の香りがする香油を彼の肌に塗りこんだ。そして彼の寝室まで同伴すると、ジロムは日菜子に向かってこう言った。

「ありがとう。今日はお前ひとりで寝なさい」

「なぜですか?」

 日菜子が質問すると、ジロムはこう答えた。

「お前も私も疲れているからだ。国家の一大事に、気が散るような事は出来ないだろう」

 ジロムの言葉は最もだった。日菜子は自分が相手にされていない、拒絶されるような存在になっているのではないかと不安になったが、反論する事は出来なかった。

「判りました」

 日菜子は大人しく頭を下げて、ジロムの寝室を後にした。日菜子の心に影が落ちていたのは自分が若い女として肉欲の対象として見られていないからではなかった。この異世界で自分が必要とされなくなる事は、生き延びる事が出来ない事を表していたからだった。

 不安と喪失感が入り混じった感情を抱きながら自分の寝室に向かうと、明かり取りの廊下の窓から、星空を眺めているユーリと出会った。

「ヒナコさん」

 声を掛けたのはユーリの方だった。

「こんばんは、眠れないのですか?」

 日菜子は恭しく答えた。

「はい、昼間に忙しすぎると気が張って眠れなくて」

 ユーリの言葉は日菜子にとって納得できる言葉だった。確かに自分が必死になると、人間の三大欲求は隅に追いやられ、解決すべき問題にすべての神経が注がれるのだ。その事は自分の事でも他人の事でも、実例があった。

「父の元から戻って来たのですか?」

「はい」

「父が、どうしてこの屋敷を手に入れたのかは知っていますか?」

 ユーリが急にジロムのプライバシー権に関わるような話題を切り出した。

「いいえ、存じません」

「この屋敷は先の国王が父の為に立てた屋敷なのです。父は先代の国王の息子ですが、王の一族を名乗る事は許されなかったのです」

 日菜子は「え?」と声を漏らしそうになった。

「父は先代の王が王子だった時、まだ十四歳の時に同い年の村娘との間に出来た子どもです。まだ即位もしていない小僧が子をもうけたという事実は、王国と王家の威厳を傷つけるものとされ、父は王家からの仕送りを受けながらひっそりと生きてきました」

 ユーリの口から語られた言葉は衝撃的だった。日菜子は自分と同じような悲劇を味わったジロムの母親に対して、同情の念を抱いた。

「その後先代の王が二十歳で即位すると、王は父を王太子ではなく、摂政として育てるべく親元から引き離し教育を施しました。そこで父は商業や交易に置いて優れた頭脳を発揮し、辺境国に過ぎなかった我が国に恩恵をもたらしました。その功績を称えて、王はこの屋敷を送ったのです」

 日菜子は言葉が出なかった。年端も行かぬ私を傍に置いたのは、若くしてジロムを産み、引き離された母親の面影を感じたからだろうか、そう思うと、日菜子は以前とは別種の異世界の恐怖を感じた。

「私は父とは本当の親子ではありません。この国に富をもたらした経験や能力をこの国の財産とすべく、生まれて間もない奴隷の子どもを父がお金で買い取り、教育を施したのが私です。父は、お金でしか自分の欲しいものを得られない人間なのです」

「なぜそのような事を、今私に話すのですか?」

「いずれ話さなければならないと思っていたからです。華やかな外観だけでなく、真実を知って欲しかったのです」

 決意の込められた口調でユーリが語ると、彼は怯えたような日菜子の顔を見た。

「怖くなりましたか?もしここから逃げたいというのなら、僕は止めません。ここでヒナコさんと会った事も、父や他の人にも口外はしません」

「いいえ、大丈夫です」

 日菜子はユーリの提案をきっぱりと断った。

「私は、ここ以外に居場所がありません。たとえどんな事があろうとも、私は自分が下した判断に、選んだ生き方にちゃんとケリをつけたいのです。それに、戻っても私の居場所はありません」

 日菜子はもう一度宣誓するように、ユーリに語った。

「そうですか」

 ユーリは小さく頷いた。窓から覗く星空は、鮮やかだったが冷徹な光を放っていた。

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