第十二話
丘陵地帯を抜けて平野部に入ると、大小様々な建物が立ち並ぶ都市らしきものが、渚と惇哉の目に入った。
「二人ともようこそ。あれがアクライ国だ」
真一が指を差して指示すると、惇哉は再びポケットスコープを取り出して確認した。拡大された景色の中には石造りの建物や、日干し煉瓦を漆喰で固めたような建物が林立し、その間を様々な人たちが行き交っている光景が見えた。
「本当だ、街だ」
惇哉はそう答えて持っていたポケットスコープを渚に手渡した。渚は手渡されたポケットスコープを使って街の様子を確認すると、思わず歓声を上げてしまった。
「すごい、街だ」
「人口約二万。交易と商業、それに様々な職人たちの仕事で成り立つ我が祖国ですよ」
ユーリが自慢するように渚と惇哉に説明した。この世界の文明や技術レベルが令和の日本社会と比較してかなり低いのは渚にも判ったが、街があり人々が行き交っている姿を見ると、渚は安堵感を覚えずにはいられなかった。
「あと少しの距離だ。早く行こう」
オリオールが急かすと、彼らは再び歩き出した。
彼らが街の入り口にたどり着くと、道のわきに設けられた日干し煉瓦で作られた警備小屋に居た警備兵が出てきた。その顔は、渚が働いている整備工場の社長に少し似ていた。
「ユーリ様おかえりなさいませ。オリオールとシンイチもご苦労だったな」
「こちらこそ。留守を預かってもらいありがとうございました。自分たちは、これから王宮へ報告に行きます」
「了解した。今回の旅は内海付近の水運ギルドとの商談交渉も兼ねていたからな、我が国に繁栄をもたらしてくれるものだと期待しているぞ」
真一の言葉に警備兵はまるで自分が当事者の一員であるかのような口調で話した。どの世界にもお調子者はいるんだなと渚が思うと、その思いを見透かすように警備兵は馬に乗った渚を見た。
「この珍しい装いの方は?」
「私の故郷の友人です。帰り道に偶然出会いました」
真一の言葉を聞いて、警備兵の男は狐につままれたような顔になった。真一がこの世界とは別の世界から知っているのだろうか。
「そうなのか!それは長い所をご苦労様。だが、許可が無いものは中に入れる事は出来ないぞ。それは騎士団の一員ならわかっているだろう」
「それは私が責任を持って監視します」
「だが、規則は規則なんだぞ」
真一に対して警備兵がなおも食い下がると、ユーリが乗っていたラバから降りて、警備兵に近づいた。
「まあまあ、ここは大目に見てくださいよ」
「しかし、ジロム様のご子息でいらっしゃるユーリ様のご意見でも……」
警備兵が苦言を呈すると、ユーリは服に取り付けたポーチから銀色のコインらしきものを二枚取り出して、警備兵の懐に潜り込ませた。
「大丈夫、あの緑のまだら模様の服の人はシンイチさんやオリオールさんの同属だし、ラバの女性は無害な方だから」
「絶対に面倒を起こさないでくださいよ。ユーリ様の言葉を信じますよ」
「もちろん。商いには信用と誠意が大切ですから」
そう言ってユーリが警備兵を丸め込むと、彼は渚と惇哉の方を見てはにかんだ。呆気にとられた二人は、無言で頷くしかなかった。
街に入ると惇哉は89式小銃の弾倉を外し、薬室の弾を抜いて安全装置を掛けて、渚はラバを降りた。空は日が傾き始め、もうすぐ夕方に差し掛かろうとしていたが、人々の賑わいは今がピークらしく、多くの人が商店に出入りし、また荷物を担いだりしてせわしなく動き回っていた。そんな慌ただしい異世界の人々も、数人が渚と惇哉に気づいて、何かすごい物を見るような目線を浴びせてきた。その不気味さとも好奇とも言えぬ視線に、渚と惇哉は苦笑いを返して答える事しか出来なかった。
「私は一旦ラバと交易品を家に戻してから、王宮に向かいます。オリオールさんとシンイチさんは先にお二人を王宮へお通しください」
「わかりました」
真一が答えると、ユーリは自分の荷物と交易品を乗せたラバを引き連れて自分の屋敷へと向かった。五頭のラバを引き連れて飼う事が出来て、なおかつ急いで国王の元へと行かなくても済むという事は、彼がこの国において特権階級の一員である事を表していた。
「あのユーリって人、ボンボンだけれど結構切れる人だね」
ユーリに聞こえないよう、渚がそっと惇哉の耳元で囁く。
「資本家と国家権力が癒着するのは、どんな世界でも起こる普遍的なものなのかもな」
惇哉が囁き返して、二人は真一とオリオールの後に続こうとした。すると別れたユーリが「ヒナコさん」と声を掛けた。その「ヒナコ」という言葉に反応した二人は足を停めて、ユーリの方を振り向いた。
「長旅お疲れさまでした。大変だったでしょう」
屋敷の使用人を二人引き連れた日菜子は、恭しい言葉でユーリを出迎えた。
「はい、大変でしたがその分色々な収穫はありました」
「そうですか。屋敷では、お風呂の用意が済んでおります。まずは湯に浸かって疲れを癒してくださいね」
「ありがとうございます。それが済んだら私は王宮に報告へ伺います」
二人の丁寧な言葉遣いを耳にしながら、渚と惇哉は日菜子の姿を見た。彼女は三年前に会った時よりも成長し、成熟した女性の芳香を放ち上流階級の女性に相応しい雰囲気を湛えている。絹織物で作られたらしい服に身を包み、そこに美しい石や金属を加工した装飾品を身に付けている事は、日菜子がこの世界で成功した身分になっている事の証拠だった。
「日菜子?渡瀬日菜子なの?」
渚が驚愕したような言葉を漏らすと、それに気づいた日菜子は渚と惇哉を見て、それに驚いた様子だった。
「渚?それに新田君!?」
驚きのあまり、日菜子は上品な言葉遣いを忘れてしまった。
「そうだよ。新田惇哉と島原渚だよ。渡瀬さんはどうしたの?」
惇哉が日菜子に訊いた。彼女の装いと言葉遣い、そして極端なまでに大人の女性へと変貌している事が、惇哉と渚に再会の喜びではなく突然の変化への驚きを与えていた。
「何でって……」
日菜子はそこで表情を曇らせた。すると王宮へ案内しようとしていた真一が、渚と惇哉の間に割って入った。
「先を急ごう、色々と事情が複雑なんだ」
「事情?」
真一の言葉に渚が反応すると、日菜子が彼らの方を向いてこう言い放った。
「私ね、この国で一番お金のある男の人の妻になったの。突然飛ばされた異世界で何も出来ずに死ぬのが嫌だから、文句ある?」
感情的に言い放った日菜子の言葉に、渚は何でとさらに聴こうとしたが、真一に肩を掴まれて制止させられてしまった。革製の指ぬきグローブをはめたその手は、力が強かった。
「昔話は後だ、国王陛下を待たせるわけにはいかない」
渚が真一の事を振り向くと、彼の眼差しはとても真剣で、その瞳に多くの辛苦を味わった人間だけが持つ熱いものが宿っていた。その眼差しに圧倒された渚はしおらしくなって、惇哉と共に王宮へと向かう事にした。途中、渚は背中に痛みとも悲しみともとれる日菜子の視線を背中に感じたが、振り向く事は出来なかった。




