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同窓会は異世界で。  作者: SARTRE6107
第二部
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第十話

 真一とオリオールが戻って来ると、ラバに乗ったユーリ・バルガスは安堵の溜息を漏らした。

「ああ、やっと戻ってきてくれた。突然猛獣のグラムが人に襲われているのを見て、駆けだしたと思ったらその場で話し込んでしまったのですから、心細かったですよ」

 細長い顔を緩ませて、ユーリはぼそぼそと漏らした。彼の年齢は真一やオリオールより二つ年上なだけだったが、武芸よりも勉学に勤しむ経験を多く積んだため、その肉体や表情は弱々しく、二人よりも幼く見えた。

「申し訳ありません」

「あなた達が現れた石の城に近づいて人影が二つ見えたと思ったら、今度は小さな雷のような音が数回、一体何だったのですか?」

「それが、シンイチと同じ国からやって来た者達というのです」

 オリオールが簡単に説明すると、ユーリはそれまでの不安げな表情を消して目を丸くした。

「シンイチ殿と同じ国から?あの石の城が現れた時と同じように稲光と共に現れたのですか?」

「はい、私も詳しい理由は判りませんが、そのようです」

 真一が答えると、ユーリは驚きを隠せないと言った表情で彼を見つめた。俺をじっくり見られても困るんだよな。と真一が内心思うと、小走りで渚と惇哉が三人の元にやって来た。惇哉は自衛隊生徒として体力錬成の維持に努めているからそうではなかったが、定時制高校に通い運動する機会がなくなった渚は息が完全に上がってしまった。

「お二人がシンイチ殿の国からやって来たのですか?」

 ユーリが二人に訊いた。日本でもないのに言葉が通じるのはここが異世界だからだろうか、と渚は思った。

「そうです。私は島原渚」

 息を切らして渚が答えると、今度は惇哉がユーリを見てこう名乗った。

「自分は陸上自衛隊高等工科学校生徒、新田惇哉です」

 二人の自己紹介を聴いたユーリはラバから降りて、自らの胸に手を当てて堂々とした様子で名乗った。

「私はアクライ国王の命により、政商の地位を賜りし者ジロム・バルガスの息子、ユーリ・バルガスであります。遠い国からはるばるようこそいらっしゃってくださいました。このような場で恐縮ではありますが、心より歓迎いたします」

 ユーリは初対面だというのに、物凄く丁寧な言葉づかいで渚と惇哉を歓迎した。突然の出来事に驚いてしまった二人は、思わず目を合わせてしまった。

「ところで、何故二人はこの国にやって来たのだ?何か理由はあるのか?」

 オリオールが冷静な口調で二人に質問したので、渚と惇哉は異世界の住人である三人を見た後、再び顔を合わせた。異世界の住人と出会う事など、ましてや出会って異世界にやって来た理由を話す事など考えてもいなかった事に、二人は気づいた。

「何でこの国やって来たのかと言われてもその……」

 渚が言い訳を探す様に漏らすと、惇哉が割り込むようにこう続けた。

「実は、国の命令でこちらに来るよう言われて来たのです。この国の皆様に危害を加えるつもりはありません」

「この国へ行ってこい、と命令されて?」

 ユーリが意外そうな様子で答えた。

「そうです。ここで皆様に出会う事は、まったくの想定外でした」

 惇哉の言葉に、オリオールは疑念の眼差しを彼に向け、ユーリは訝しげに考え込んだ。気まずいような空気があたりに漂い始めた瞬間、状況を見ていた真一が惇哉に質問した。

「二人とも、宿営地とかベースキャンプはあるのか?」

「いいや、三日分の水と食糧、それに装備をバックパックに詰め込んだだけだ」

 惇哉が答えると、真一はこう答えた。

「それなら、今すぐに荷物を回収して、俺たちと一緒に来よう」

 真一の言葉を聞いて、また渚と惇哉は目を合わせた。



 渚と惇哉の二人は、出会った真一と異世界の住人転移装置を埋め込んだ地点まで行動用の装備を詰め込んだバックパックを回収した。バックパックを担でラバ隊に向かいながら、渚が惇哉にこう訊ねる。

「なんで日本語が通じるんだろうね?」

「さあ、異世界だから都合のいいように出来ているんじゃないのか?」

二人のバックパックを三人の装備品を積んだラバに乗せると、二人は真一たちが住んでいるというアクライ国へと向かった。唯一の女性である渚は、真一が降りた馬に乗る事になった。馬を貸し出した真一は、惇哉と一緒に徒歩で進んだ。彼らの隊列は、オリオールを先頭に、真一と惇哉、渚そしてユーリという隊列だった。

 歩き出して五分もすると、真一は鼻をくんくんさせて、自分の馬に跨った渚の方を振り向いた。何かしただろうか、と思って渚は身構えてしまった。

「何か、匂いが出るものを身に付けなかったか?」

 真一が渚に質問した。

「そういえばさっき、日焼け止めスプレーを拭いたけれど」

「それだ、こっちの世界には無い匂いの元をたどって、あのグラムが現れたんだ」

 真一が渚の言葉に応えると、渚は自分の迂闊さで惇哉を危険な目に合わせてしまったと思い、申し訳ない気持ちになった。すると惇哉は馬の鐙に括りつけた、動物の胃袋か膀胱をなめして作った水筒を取り出し、蓋を開けると近くにあった布を濡らして渚に手渡した。

「これで日焼け止めを落とすんだ。グラムは鼻が利くから」

「ありがとう」

 申し訳ない気持ちを滲ませながら、渚は渡された布を使って身体に付けた日焼け止めを落とした。

「そんなに気落ちしないで、ここは日本とはまるで違う世界だから。日差しが気になるなら、布で身体を覆うといい」

「俺たちを襲った怪物は、グラムというのか?」

 割り込むようにして、惇哉が真一に訊いた。

「そうだ。身体が大きくて鼻が利く、どう猛な肉食獣だ。新田とか島原さんには異世界の怪物に見えるだろうか、こっちの世界では大型の肉食動物だ」

 真一は一旦そこで区切ると、「そういえば」と一言前置きをして、さらにこう続けた。

「二人は、残された第三中の中を見て回ったのか?」

「そりゃあ、中を見て何か痕跡が無いか調べたよ。こっちの世界に来た時、目の前に現れた建物だったもの」

 渚が答えると、真一は真剣な眼差しのままさらに続けた。

「森田と秋山の墓も見つけた?」

「見つけたよ、ちゃんと両手も合わせてきた」

「森田と秋山は、こっちの世界に来た時にあのグラムに襲われて死んだんだ」

 真一は表情を曇らせて、体育館横に眠る森田と秋山が死んだ理由を答えた。その理由を知ると、渚と惇哉はいたまれない気持ちになった。

「クラスの人間は、何人死んだんだ?」

 惇哉は単刀直入に真一に質問した。

「森田と秋山を入れて井畑、関川、出崎、新山、福田、男女合わせて七人が死んだよ」

「そうか」

 惇哉は力なく答えた、大規模災害における派遣任務や、防衛出動に投入される自衛官として、人間が死ぬという現実を受け入れなければならないと意識してきたつもりだったが、実際に自分の知っている人間が、悲劇的な最期を迎えたと聞かされると、惇哉の心は軋むように痛んだ。そして民間人の渚の痛みは、惇哉よりも大きかった。

 三人の表情が暗くなり、重苦しい空気が漂い始めると、その空気を何とかしようと思ったユーリが、急にわざとらしい笑顔を作ってこう切り出した。

「そういえば、お二人の事をまだ詳しく聞いていませんでしたね。シンイチさんとは、どのようなご関係だったのですか?」

 急に話題を振られた渚と惇哉は、どうやって答えようか考えた。

「まあその、同じ中学校の同級生です」

「おなじチュウガッコウのドウキュウセイとは?どのような関係なのですか?」

 ユーリの質問に、渚はそこから説明しないといけないのかと思い、車の事に詳しくないおばさんに、自動車のメカニズムを説明するときの要領で説明することを思いついた。

「同じ建物、あの建物の中で一緒に勉強した間柄です。字の読み書きを習って、数の計算方法を習ったんです」

 渚の説明にユーリは意外な発見をしたと言いたげな表情で頷いた。

「そうなのですか、あなたの出身国はとても教育を大切にする国なのですね」

「ええ、まあ」

 困惑気味に渚は答えた。常に学歴や成績についての競争に晒されてきた自身の経験からすれば、義務教育など何ともない事だったのに、この世界では教育や倫理観が全く異なるのだろう。そう思うと、渚は自分が異世界に来てしまった事を改めて実感した。

「今でも、そのチュウガッコウという場所にはいかれているのですか?」

「いいえ、卒業して今は整備士の仕事をしています」

「セイビシ?」

「修理する仕事です。まだ見習いの立場で、先輩なんかに教えてもらっている最中の身分の人間ですが」

 渚の説明を聞いて、ユーリはある程度の内容を理解したようだった。

「整備士って、なんの整備をしているの?」

 今度は真一が渚に質問した。

「定時制高校に通いながら自動車整備士をしているよ。普通二輪の免許も取って、今はホンダのエイプ一〇〇に乗ってる。免許はまだだけれど、二代目ロードスターの一六〇〇を買ったの」

 真一は「ああ……」と漏らしながら頷いた。渚がそんな硬質な物に興味を持ち、その世界に身を置くことが意外だったのだろう。

「バイクの免許を持っているってことは、島原さんは今いくつなの?」

「今年の六月に、十八になったよ」

「という事は、三年が経っているんだね」

「真一たちは、何年が経ったんだ?」

 真一のつぶやきに、惇哉が質問する。

「こっちの世界に転移してから今年で三年目だ。だから、時間の流れは一緒なのかもしれないな」

 真一が惇哉に応えた。その様子を耳で聞いていた先頭のオリオールは、彼らだけで話が盛り上がって自分が会話の輪に入っていないと思い、振り向いて惇哉に声を掛けた。

「ところで、あんたは随分と面白い服を着ているが、どんな役職の人間なんだ?」

 自分に話題を振られた惇哉はオリオールの方を見てこう答えた。

「俺は陸上自衛隊の高等工科学校の三学年生徒だ。本来は戦闘を含む各種任務に就かない事にはなっているんだが、今回は非公式の任務という事で投入された」

「その所属する……、なんとかっていうのはどんな事をするんだ?」

「我が国の主権と安全、および国民の生命と財産が危害を加えられた場合、日本国内において自衛権を行使する組織だ。俺の所属する陸自は主に陸上に置いて戦闘任務を行う。この服は草むらや森の中で目立たないための服だ」

 惇哉の説明に、オリオールは少しからかわれたような気分になった。一応戦士らしい装いをしていても、明らかに自分より弱いと思っていた人間が、こうもすらすらと小難しい言葉を並べて言えることに、オリオールは少し戸惑った。

「主に陸上で戦うって……、海の上はともかく、空でも戦うのか?」

「ああ、俺たちの国では空でも戦う」

「馬鹿をいえ、人間が空を飛べる訳がないだろう」

「俺たちの国では人間は空を飛べるんだよ」

 惇哉が付き合っていられないと言った様子で答えると、オリオールの戸惑いは怒りに変わろうとした、だがそれを察知した渚はすぐに「まあまあ」と一言おいて、惇哉とオリオールの会話に割って入った。

「お互い初めて出会ったばかりで、まだよく知らないんだからさ、険悪な関係はやめようよ。お互い戦う人間なんだから、敬意をこめて接しないと」

「そうだな、俺たちは〝同属〟なんだから」

 真一が親しみを込めて宣言すると、二人のやり取りはそれでお開きになった。

 それから一時間ほど歩くと、平野部はやがて丘陵地帯へと変わった。すると突然目の前に、丘陵地帯には似つかわしい岩が彼らの前に現れた。

「これは?」

 やつれた様子の惇哉が誰にでもなく質問した。自衛隊生徒として、平均的な日本人よりも体力とスタミナは持っていたが、装備品を身に付けた実任務で何キロも歩くのは初めての事だった。

「これはラッパ岩だ。ここでラッパを吹くと、音が街に伝わって帰還の狼煙が上がるんだ」

 真一が説明すると、先頭に居たオリオールは馬の鞍に付けていた、南アフリカのブブゼラを一回り小さくしたようなラッパ取り出した。そして口に付け、息を吸い込むと、ヘリウムガスを吸った象の叫び声の様な音を二回鳴らした。想像より大きな音がしたので、渚と惇哉は驚いてしまった。

「もうすぐ狼煙が上がるはずだ。あそこの丘を見てくれ」

 惇哉はサスペンダーのポーチからポケットスコープを取り出して、真一が指を差した方向を覗き込んだ。拡大された光景の向こうには、小さな監視小屋のような場所があり、その前で炎を焚いていた人間が木の枝をかぶせて不完全燃焼を起こし、狼煙を上げる作業をしている。やがて焚かれていた炎は不完全燃焼を起こし、それは狼煙となって空に上り始めた。

「もうすぐだ、夕方前にはたどり着くぞ」

 真一がそう答えると、彼らは再び歩き出した。


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