プロローグ
市立第三中学校には三年生が一クラス三〇人しかいない。
地域の少子化が進んでいるというのもあるが、中学校進学の自由化や経済的に恵まれた世帯が多いという事もあり、地域に根差した何の変哲もない公立中学校は大した魅力もないと思われたのか、入学時の生徒数も三〇人しかいなかった。その後に入学した新入生たちは三クラス九〇人だったが、三年生は新しく生徒を増やす事も出来ず、三〇人のままだった。
彼ら三〇人が三年生に進学して一か月が経ったある日、ちょっとした珍事が起きた。一年生は中学生活初の社会科見学で東京湾にある製鉄所へ、二年生は修学旅行に出かけてしまって、学校には一クラスの三年生しかいないという事が起きた。ちょうど衣替えの季節という事もあり、校内の生徒は半袖の生徒が多くなって、さわやかな風を肌に感じる事が多くなる季節だったが、その日は奇妙な曇り空が校舎の上を覆っていた。
「なんだか、奇妙な感じの曇り空だな」
ホームルームの時、剣道部に所属する長尾真一が小さく呟いた。その言葉に気づいた同級生の柴田優佳は、彼が居る窓際へ行って同じように空を見上げた。
「確かに、変な感じだね。例の彗星かな?」
優佳は真一に合わせるようにして、小さく呟いた。今日は地球に未観測の彗星が接近することで、世間はちょっとしたニュースになっていたが、地球に衝突する恐れはなく、また日本上空に到達するのは昼間、しかも曇り空で観測できないという情報があったので、市立第三中学校の生徒はもちろん、多くの人間が残念がっていたのだった。
だが校舎の上を覆っている雲は、灰色というより、青や紫に近い色をしていた。空の変化を伺う二人に気づいた渡瀬日菜子は、読んでいた参考書から目を逸らし、子どものような感想を漏らした二人の後姿を見てこう呟いた。
「曇り空くらい何よ。光とか気温とか湿度の関係で、変な雲に見える事だってあるでしょ」
自分は他の人間とは違うのだ。という心情を内包した日菜子その言葉は、まだ人生経験の浅い真一と優佳には冷たい物に感じられたが、二人はその言葉を気にしない術を学校生活の中で身に付けていた。
優佳が暫く上空の雲を見つめていると、上空の不思議な色になった雲がこの学校の校舎の上あたりで渦を巻き始めている事に気づいた。
「雲が渦を巻き始めているよ」
優佳が漏らすと、今度は大粒の雨が窓に当たって、窓を濡らすという事が起きた。その雨音は非常に激しい物になり、あっという間に激しい雨音が教室内に響き渡った。
「おい、こんな雨になるなんて聞いてないよ」
男子生徒の一人である、三隈元一郎が漏らした。だがそんな言葉も聞き取れないくらいに雨はさらに激しくなり、上空の雲が生み出した渦もより大きくなり、色も濃くなっていった。突然起きた変異にクラスにいた生徒たちがざわめき立ち、ほとんどの生徒たちが窓の外の異変に注意を向け始めた。
「やだ、怖いよ」
女子生徒の佐渡美幸か呟いた瞬間、学校の校舎に雷が落ちた。それをきっかけにして、三年生のみが居た市立第三中学校の校舎は、三年生の生徒全員ごとこの世界から忽然と消え去ってしまった。当時登校しなかった、生徒二人を除いて。