皇位継承編 数百年ぶりに
その日は、朝から皇宮内が騒がしかった。
何故なら、皇帝陛下の長命花の花弁が一枚、散ったと仁柊から知らせを受けたから。
すなわちそれは、皇帝の寿命が近づき、次期皇帝を決めるための、試験が行われると言うこと。
国にとって、最も重大な出来事なので、皇宮内にいる官人や、神官らは朝から慌ただしくしていた。
「皆、花弁が一枚散った如きで大袈裟だな。そう思わないか? 仁柊よ」
執務室の机に置かれている、透明な入れ物の中に綺麗に咲く、赤色の花を眺めながらそう言う皇帝。
当主継承から数百年と経つが、その姿は変わらず、あの頃と同じように大変美しい見た目をしている。
そんな皇帝の目の前に立つ仁柊は「当たり前ですよ。陛下の長命花の花弁が一枚散ったと言うことは、陛下のご寿命が近づいていると言うこと。皆が騒ぐのも無理ありません」と呆れた表情を浮かべている。
仁柊も皇帝同様、数百年前と変わらず、若々しい見た目をしている。
「私だって、動揺しているのですから」
そう一つ息を吐く仁柊に、皇帝は「何を言っている。仁柊の長命花は、とっくに散り始めているであろう? 何を動揺することがある」と不思議そうに言う。
長命花は、皇帝以外にも四人、授けることができ、現皇帝が皇帝に就任した際、長命花を授けられたうちの一人が仁柊。
そんな仁柊の長命花は、一月ほど前から散り始めており、残りの花弁も残り少なくなっている。
仁柊は「ふざけないでください、陛下。私と陛下では訳が違います」と少し怒った様子を浮かべると、再度一つ息を吐く仁柊。
「陛下はこの国で、最も重要なお方であられます。それに、私からすれば大切な主人でもあります。そんな方の寿命が間近になり、冷静でいられるほど、私は出来ていません」
少し感情的に、だが冷静にそう言う仁柊に、皇帝は少し笑みを浮かべ「そんなに仁柊が私のことを思ってくれていたとは、今日は祝いにするか」と言う。
ふざける皇帝に「陛下……」と頭を抱える仁柊。
そんな仁柊に皇帝は、笑いながら言う。
「そんなに悲しむ必要はない。不老であり、不死ではないんだ。私と同期の当主や神力者は既に亡くなっている。私もその時が来たと言うだけで。むしろ、私は他のものより長く生きたほうだ」
「それに、私としてはようやく彼奴の元に行ける。これ以上、喜ばしいことはないくらいだ」
そう言って、優しく笑みを浮かべ長命花を眺める皇帝。
そんな皇帝を仁柊は見つめ「……それでも私は、陛下が亡くなられるのは辛いです」と言うと、皇帝は少し笑い「そうか」と答える。
◇
「……いよいよ、この日が来ましたね」
火翠宮、悠美の部屋。
侍女らに身支度をされる悠美を見ながら、何処か緊張した面持ちでそう言うのは、悠美の従者の心温。
今日は、次期皇帝を決めるため行われる、試験の開会式。
それに参加するため、各家の当主たちは、再び皇宮へと集まるのだ。
悠美ももちろん、参加するため朝から、悠美の部屋には沢山の侍女が集まり、悠美の身支度を行なっていた。
何処か緊張した様子の心温に、悠美は「何故、お前が緊張しているんだ」と呆れた表情を浮かべる。
「むしろ何で悠美はそんなに冷静なんだ? この試験で次期皇帝が決まるんだぞ?」
「今日は、試験の開会式だぞ。今のうちから緊張していては、心臓が持たんぞ」
悠美の言葉に「そうだが……」と言うと「……悠美だって、月花様に会えると思うと緊張するくせに」とボソッと呟く。
そんな心温を「何か言ったか?」とジトっと睨む悠美。
「別にぃ」
「私はあの頃と違ってもう大人だ。ちょっとの事で緊張なんてしないぞ」
神力者たちは、皆、二十代前半くらいから歳を取らなくなって行くため、数百年前の時よりも大人っぽくなっているが、やはり、数百年も生きていると思えない若々しい見た目をしている。
そう言う悠美に「言ったぞ?」と返す心温。
そのやり取りを見る限り、二人とも、数百年前と変わらないように見える。
「まぁ、何はともあれ、やっと会えるな」
心温の言葉に悠美は嬉しそうに笑みを浮かべ「あぁ」と頷く。
当主になり、数回程度、泉凪と悠美は会っていたが、お互い忙しく、会えなくなっており、会うのも数百年ぶりとなっていた。
なので、皇帝の長命花が散ったと知った日は、とても悲しんだが、泉凪に会えるので悠美はこの日をとても楽しみにしていたのだ。
その時、コンコンっと戸を叩く音がし「火翠様。大巫女様が来られました」と言う声がする。
悠美は「通せ」と言うと、戸が開き、一人の美しい桜色の着物を着た女性が部屋の中へと入ってくると「火翠様にご挨拶申し上げます」と軽くお辞儀をする。
その所作はとても美しく、思わず見惚れてしまうほど。
そんな彼女に悠美は「どうした?」と尋ねる。
「開会式が行われる前に挨拶をと思いまして」
そう言うと彼女に悠美は「そうか。そういえば、大巫女に就任したのだったな。おめでとう」と祝いの言葉を言う。
悠美の言葉を聞き彼女は「ありがとうございます。他の方たちの宮にも参りますので、私はこれで失礼いたします」と部屋を出て行く。
そんな彼女を見て心温は「……大変だな。当主一人一人の部屋に、挨拶をして回らなければならないとは」と言うと、悠美も「全くだ」と頷く。




