当主継承編 終わりの時
皆、それぞれ花流しを終え、川を流れる花を眺める泉凪たち。
色とりどりの花が、穏やかに流れる様は、美しく風流だ。
「文月は熱心にお願いしていたようだけど、何をお願いしたの?」
流れる川を見ている文月に、唐突にそう聞く千季。
そんな千季に続け、心大も「気になります!」と目をキラキラとさせる。
二人にそう問いかけられた文月は、少し間を開け「……言わない」とそっぽを向く。
その態度が、ますます千季と心大の興味を引いたのか「僕と文月の中じゃないか!」「気になります〜」と近寄る。
このままでは、帰してくれなさそうな勢いに負け、文月は「………びますようにって」といつものハキハキとものを言う文月らしからぬ小さく、早い声で言う。
聞き取れなかった千季と心大は「え?」と聞き返す。
そんな二人に、一瞬、言葉を発するのを躊躇うも、諦めたように「背が伸びますようにって言ったんだ!」と大きな声で言う。
あまりの大きな声に驚く千季と心大。
それも束の間、千季は「何だ。隠すことでもないじゃないか」と言う。
「背が伸びますようにだなんて、文月も可愛いところがあるんだね」
笑みを浮かべ、文月の頭を撫でながらそう言う千季に、心大も「ですね!」と言う。
そんな千季を恥ずかしそうに睨みながら、文月は「かわっ……! だから言いたくなかったんだ!」と手を払う。
「ボクに可愛いって言うのはやめろと何度言えばわかるんだ!!」
「えー。今のは可愛いでしょ」
そう言い合いを始める千季と文月。
そんな二人を「まぁまぁ」と心大は宥める。
そんな三人のやり取りを、すぐ近くで見ていた悠美は「……何をやっているんだ」と呆れた表情を浮かべる。
「ふふっ。千季と文月は仲良いね。まるで本当の兄弟みたい」
クスクスと可笑しそうに、笑いながらそう言う泉凪。
そんな泉凪を見て、悠美は笑みを浮かべる。
「……明日からは、こんな光景ももう、見れなくなると思ったら、何だか寂しく感じるね」
未だ、言い合いをしている千季らを見ながら、そうポツリとこぼす泉凪。
悠美は「……そうだな」と返すと、泉凪を真っ直ぐ見つめる。
「皆に会えなくなるのもそうだが、今みたいにこうして、毎日泉凪に会えなくなるのが一番寂しく感じるよ」
悠美の言葉に、泉凪は驚き悠美の方にパッと視線を向ける。
悠美の表情は何処か恥ずかしそうな、だが、真剣に、ただ真っ直ぐに泉凪の事を捉えている。
そんな悠美を泉凪も真っ直ぐ見つめ返し「……私もだよ」と返す。
その言葉に悠美の心臓は音を立てる。
「それって……」
「せっかく悠美と友人になれたのに、しばらく会えなくなるのは寂しいね」
泉凪の言葉に悠美は「そっっちかぁ……」と額に手をやり天を仰ぐ。
そして(前にもこんなことあったな……)と少しでも期待した自身が恥ずかしくなる。
そんな悠美を泉凪は不思議そうに見つめる。
「悠美? どうしたの?」
「いや……大丈夫だ。また次、会えるのは何百年後になるんだろうな」
自身でそう話題を変えるも、次、泉凪に会えるのが何百年後かわからない事に、気分を沈める。
「何百年後って何百年後だ? 一日でも会えなければ寂しいのに、何百年後?」
寂しさのあまり、おかしくなってしまい、そうぶつぶつと呟く悠美。
そんな悠美を見た泉凪は「どうして、何百年後なの? 普通に会える時に会えばいいんじゃないかな」と言う。
「い、いいのか!?」
泉凪の言葉に、前のめりにそう言う悠美。
そんな悠美に驚きながらも「悠美がいいなら……」と答える泉凪。
悠美は「良いに決まっている! いつにする?」と早速予定を立てようとするので、泉凪は可笑しそうに笑い「気が早いなぁ。当主になりたてはお互いに忙しいだろうし、会える日が分かればまた、文で知らせるよ」と言う。
そんな泉凪に悠美は「約束?」と聞き、泉凪は「約束」と頷く。
その時、泉凪たちを呼ぶ心大の声がした。
いつの間にか、遠くにおり、花都と心温も一緒にいる。
悠美は泉凪に「行こうか」と言い、泉凪も「行こう」と頷く。
こうして、約一年間行われた座学は終わり、沢山の思い出を皇宮に残し、泉凪たち神力者はそれぞれ郷に帰って行った。
◇
「当主になってからの、郷に戻ってきて最初の仕事が、蔵の掃除とはね」
皇宮から郷に戻ってきて数日、泉凪と花都はハナに頼まれ月花家にある蔵の掃除をしていた。
蔵はとても大きく、中はしばらく掃除していなかったのか、埃を被り物が溢れかえっていた。
呆れながら床をはく泉凪に、近くにいた花都は「仕事と言うより雑用だね」と言い苦笑し、ハナは「伝統ある月花家の蔵を掃除するのも立派な当主の仕事だぞ」と持っていた書物を台の上に置く。
「そんなこと言って、師匠が掃除をするのが面倒なだけでしょ」
「そんなことないぞ。それより口を動かす前に手を動かすんだ」
それからしばらく蔵を掃除し、ひとまず休憩しようと、一旦、蔵の外に出る泉凪たち。
蔵の前の椅子に腰をかけると、持ってきていたお茶を飲み一息つく。
「……泉凪もとうとう当主になったのか」
唐突に、感慨深そうにそう呟くハナ。
そんなハナに「何ですか、藪から棒に」と眉を八の字にし笑う泉凪。
「いや……始めて皇宮入りをする前日、泉凪が泣きついてきたのがつい、昨日のように思えるが、もうそんなに月日が経ったのかと思ってな」
優しく微笑み、懐かしそうに話すハナに花都は「そんなことありましたね」とクスクスと笑う。
「あり得ないと言われていた女性の当主になるとは、本当に凄い事だ。泉凪は一つ歴史を変えたんだ」
ハナの言葉を聞き「師匠や郷の皆んなが支えてくれたおかげですよ。それに花都がいつも隣にいてくれたから、頑張れたんです」と笑う泉凪。
泉凪の言葉に「泉凪……」と何処か泣きそうになる花都。
そんな二人を見たハナは「泉凪も花都も立派になったな。師匠は誇らしいぞ」と言うと、泉凪と花都は嬉しそうに笑みを浮かべる。
久しぶりに家族三人で他愛もない会話をし、泉凪は再度、花都とハナと過ごす時間はかけがえの無い、大切な時間だと思う。
「さっ。休憩もしたし、蔵の掃除の続きだぞ」
そう張り切りながら蔵の中に入るハナに「はいはい」と呆れながら蔵の中に入る泉凪と、苦笑する花都。
その時、風に煽られ何か文のような物が、地面に落ちる。
文には〝月花美月殿、火翠英悠より〟と書かれており泉凪は(皇帝から? 父さんに手紙?)と文を拾い、中身を見ようとするも、すぐにそれはハナによって止められる。
「これ。人の手紙を勝手に見るものではないぞ」
そう言って文を泉凪から受け取るハナに、泉凪は「皇帝から父さんに宛てた手紙ですよね? 皇宮で使われる紙ですし、同じ紙が使われた文を何枚か見かけました。二人は文を交わすほど仲が良かったのですか?」と尋ねる。
だがハナは「……さぁ、どうだったか師匠には分からん」と言う。
「そんな事より、ちゃちゃっと片付けるぞ。この調子では日が暮れてしまう」
ハナはそう言うと、蔵の中の掃除を続ける。
そんなハナを不思議そうに泉凪は見つめる。
それから、月日は経ち、泉凪ら当主たちは、当主として忙しい日々を過ごした。
様々な出会いや別れ、喜びや苦しみを経験し、数百年が経とうとしたある日。
「皇帝陛下の長命花の花弁が一枚、散ったそうだ」
その日は突如やってきたのだった。




