当主継承編 友人
医務室にて、医者は鼻歌を歌いながら、陽気に薬棚の整理をしていた。
その時、扉が開かれ「失礼します」と悠美と少年が、医務室の中へと入ってくる。
そんな悠美らを見た医者は「これはこれは、悠美様。どうされたのですか?」と少し屈み尋ねる。
「彼が転けてしまって、怪我をしたから手当てをしてあげてほしいんだ」
未だ、少年の手を握る悠美は、隣に立ち、何処か戸惑っている様子の少年を診て欲しいと、医者にお願いする。
医者は少年の事を見ると「少し診させていただきますね。怪我をしているのは、膝だけですか?」と優しく問いかけ、少年は頷く。
「少し擦りむいているようですね。まずは、傷口を綺麗に水で洗い、薬を塗りましょう」
医者の言葉に、悠美は「裏庭に井戸がある。そこで足の汚れを洗い流そう」と少年の手を引き、医務室の裏戸から裏庭へと出る。
そこには、悠美が言うように井戸があり、井戸から水を啜うと悠美は、少年の膝にかける。
「膝は綺麗になったな。後は、手と顔についた泥を落とそう」
手際よく、泥を洗い流して行く悠美。
そんな悠美に戸惑いながらも、されるがままの少年。
体中の泥を洗い流し終えると、再び裏戸から医務室へと入ると、医者が「お召し物も汚れているので、こちらに着替えてください。少し大きいかもしれませんが」と優しく笑い、手に持つ着物を少年に渡す。
少年は「あ、りがとうございます……」と着物を受け取り、その着物に着替える。
「……これでもう大丈夫ですよ。塗り薬を渡しておきますので、三日間、朝、昼、晩と塗り続けてください。そうすれば、傷跡もなく綺麗に治ります」
少年の膝の傷跡に薬を塗り終えると、医者はそう言って、塗り薬を渡す。
少年は足をぷらぷらさせると「ありがとうございます」と礼を言う。
「どうして、僕のような下男にここまでしてくれるんですか?」
ふと、疑問に思った事を少年は、悠美と医者に尋ねる。
悠美も医者も目を丸くし、驚き、そして笑みを浮かべる。
「目の前で怪我をしているものを見れば、手当てをするのは普通だろう? そこに、下男も何も関係ない」
「えぇ、えぇ。悠美様のおっしゃる通りです。それに、私は医者です。人を助ける事が仕事ですので」
そのような言葉を聞いた少年は、俯くと「……聞いていた話と違う」と小さな声で呟くも、悠美も医者も聞き取れなかったようで「何か言ったか?」と聞き返す。
だが、少年は笑顔を浮かべ「何でもありません。手当てをしてくれてありがとうございます」と礼を言う。
そんな少年に悠美は「そう言えば、名を聞いていなかったな。名はなんて言うんだ?」と聞く。
「充って言います。十歳だよ、君は?」
少年、充は悠美にそう尋ねると、悠美は「僕は火翠悠美。君と同じ十歳だ」と名を告げる。
すると、一瞬顔を歪ませる充。
「……皇帝陛下のご子息の悠美様だったなんて、綺麗な身なりをしているから皇族の方だとは思っていたけど」
そう言って驚く充に、悠美は「敬称も敬語もいらない。充は馬丁として皇宮に勤めているのか?」と尋ねる。
「はい……いや、うん。って言っても、一週間前に馬丁なったばかりなんだけどね」
「そうなのか!」
そう話す二人を見た医者は「そうだ。お二方、水ノ花のお饅頭があるんです。食べて行かれますか?」と提案する。
水ノ花の饅頭と言う言葉を聞き、悠美は目を輝かせ「食べる!」と言う。
そんな悠美を見た充は「水ノ花の饅頭?」と首を傾げる。
「水園の郷の近くの、水花の町にある水ノ花と言う所の饅頭なんだ! 水饅頭で中に綺麗な色とりどりの花が咲いていて、味も格別に美味しくて、そのままでも美味しいけど冷やすとさらに美味しいんだ」
悠美の話を聞いた充が「へぇ……食べて見たいな」と言うと悠美は「一緒に食べよう」と提案し、医者は頷き「冷やしてありますよ」と水饅頭を取りに行く。
「……わぁ。すっごく綺麗だ」
話していた水ノ花の水饅頭を目の前にした充は、目を丸くし、そう呟く。
悠美が話していた通り、色鮮やかな餡で作られた花々が水饅頭に咲いており、何とも可愛らしく美しい見た目をしている。
「早速食べよう!」
悠美は「頂きます」と手を合わせ、水饅頭を一口食べる。
その表情は、今にもとろけてしまいそうだ。
そんな悠美を見た充も「頂きます」と水饅頭を一口食べる。
「……っ!! 美味しい! すごく美味しいね! 悠美!」
目を輝かせ、隣いる悠美にそう言う充。
その光景を見た悠美は「美味しいでしょ?」と言い、医者は微笑ましそうに笑みを浮かべる。
「こんなに美味しいの初めて食べた。お母さんにも食べさせてあげたいな」
ポツリとそう呟く充。
そんな充に医者は「だったらお渡ししますので、お母様とご一緒に召し上がられてください」と言う。
「……いいの、ですか?」と問いかける充に、医者は笑顔で頷く。
「母上、気にいるといいな。」
「うん」
「また一緒に食べよう、充」
どうやら、充の事を気に入ったらしい悠美は、笑顔でそう言う。
充は「……そうだね」と笑みを浮かべる。
その日をきっかけに、悠美はよく、充がいる馬小屋に行っては充と話をし、自分の宮から菓子を持って行っては充と一緒に食べた。
悠美にとって、充は初めてできた同い年で、神力者でも皇室の関係者でもない、友人と言える存在だったのだ。




