当主継承編 皇后陛下
九年前───
「悠美様! 悠美様! どちらにおられますか?」
宮の廊下で、悠美の従者で当時十五歳の心温が、姿が見えなくなった悠美を探す。
すると、何処からか「どうされたの?」と言う声が聞こえて来た。
その声は、陽だまりのように温かく、だが、澄み切った水のように清らかな声で、いつまでも聞いていたくなるようだった。
「皇后様……!」
心温は、声のした方を振り返ると、そう呟き頭を下げる。
そこには、美しい、梅紫色の髪をし、華やかな装飾に着物を見に纏い、目を引くほどの美しい見た目をした、悠美によく似た女性が多くの侍女を連れ立っていた。
彼女は、火翠悠美の母であり、現皇帝陛下の妻である、皇后・火翠美桜
そんな彼女は、心温に「また、悠美が居なくなったのですか?」とおっとりとした口調で尋ねる。
心温は「も、申し訳ありません……私がしっかりと見ていなかったからです」と謝罪する。
だが、皇后は「貴方が謝る事ではないわ。また、うちの息子が勝手に出て行ったのでしょう」と言う。
そんな話をしていると「母上!」と呼ぶ声が聞こえてき、心温は「悠美様!」と安堵の表情を浮かべる。
綺麗な蘇芳色の、少し長い髪を後ろで束ね、女子にも見える可愛らしい顔をしている、当時十歳の悠美が皇后の元へと駆け寄ると「どうされたのですか? 母上。僕の宮までやって来て」と嬉しそうに尋ねる。
そんな悠美の前に、皇后はしゃがみ込み「その前に、突然居なくなっては、心温が心配するっていつも言っているでしょう? 心温はあなたのことを必死に探してくれていたのよ。言うことがあるでしょう?」と優しく諭す。
皇后の言葉に悠美は「ごめんなさい」と心温に謝る。
そんな悠美の頭に手を乗せると、皇后は「よくできました」と褒める。
「それで、母上。どうして僕の宮にいらっしゃるのですか?」
再度、嬉しそうに問いかけてくる悠美に、皇后は「陛下が皇宮を発つので、一緒に見送りに行きましょう」と言う。
悠美は嬉しそうに「はい……!」と頷き、皇后はそんな悠美を見て微笑む。
皇帝は、町の様子やら国民らの問題を、その目で直接見たいと、よく皇宮を留守にする。
最近は、豪雨のせいでかなりの被害を受けた町へと頻繁に訪れては、町の修復や国民らの話し相手となったりしているらしい。
皇帝が宮を留守にする時は、いつも、皇后と悠美で見送っているため、その日も町の視察へと向かうと言う皇帝を見送りに来ていた。
「父上!」と嬉しそうに皇帝に駆け寄る悠美に、皇帝は「おぉ、悠美よ。父を見送りに来てくれたのかい?」と嬉しそうに言っては、悠美の頭をくしゃくしゃと撫でる皇帝。
皇帝に頭を撫でられ、悠美も嬉しそうに笑う。
「陛下、気をつけて行ってくださいませ」
悠美の後からやって来た皇后は、微笑みながら皇帝にそう言う。
その表情や眼差しから、皇帝に恋をしている事が伝わってくる。
そんな皇后を見た皇帝は「あぁ。なるべく早く帰る」と優しく笑う。
誰が見ても仲睦まじい、皇帝と皇后。
互いに信頼し合っていると言うことが、一目見ただけでわかるほど。
その上、絵に描いたような美男美女で、そんな皇帝と皇后は、国民や皇宮で働く官人らから憧れの存在なのだ。
悠美もまた、そんな二人のことを尊敬し、憧れていた。
「心温よ。悠美の事、しかと頼んだぞ」
皇帝は、そう言うと自身の馬に乗り、従者の仁柊とその他数名の部下を連れ、皇宮を後にする。
「そうだ、悠美に心温。この後、私の宮にいらっしゃい。美味しい他国のお菓子があるの。一緒にいただきましょう」
他国のお菓子という言葉に、目を輝かせ喜ぶ悠美。
よく、皇后はお菓子を取り寄せては、悠美と心温に食べさせているのだ。
「心温、母上! 早く行きましょう!」
よっぽど、お菓子を食べられるのが嬉しいのか、頬を赤く染め、嬉しそうに先を歩いては皇后と心温を呼ぶ悠美。
そんな悠美を見た皇后は「はいはい。今行きますよ」とクスクスと笑みを浮かべ、そんな二人を微笑ましそうに見つめながら心温も後をついて行く。