当主継承編 愛しましょう
「彼は、誰からも愛されたことがない私にとって、初めて私のことを愛してくれた人でした。私の家は裕福とは言えない家で、政略結婚だったため、私は望まれない子でした。そんな私と比べ、彼の家は彩の町の中でも大きな家で、とても人から愛される人でした。ですが、彼は私のことを愛してくれ、私も彼のことを心から愛していました」
「彼のご両親からは、私たちの交際は反対されていましたが、彼は私のことを心の底から愛してると一夜をともにしました」
「その夜は、今まで生きて来た中で、一番と言って良いほど幸せなひと時でした」
無表情のまま一切変えず、ただ、淡々とまるで自分ではない、他の人のことを話しているかの様に、話をする。
そんな女性の話に、泉凪と悠美はただ耳を傾ける。
「そんなある日、私は彼に求婚され婚約者になりました。ですが、彼の両親は私たちの婚約を猛反対し、許してもらえないならと私と彼は、駆け落ちをすることにし、この御殿で待ち合わせをしました」
「そして約束の日、約束の時間。私はようやく、彼と一緒になれると言う喜びを胸に、御殿へと向かい、まだ来ていなかった彼を待ちました」
「けれど、待てど待てど彼は来ず、とうとう姿を現しませんでした」
「何かあったのかと、彼の家へと向かいました。ですが、その途中で彼についてとある話を耳にしたのです」
「〝隣町で一番の大きな家の娘と婚約した〟と」
女性の言葉を聞き、悠美は眉を顰める。
そんな悠美の隣で、泉凪はただ真っ直ぐに女性を見つめている。
「私は、彼に裏切られた事からのショックで受け入れることができず、叶いの館と言う噂を流すことにしました。その様な変な噂を流すなと、怒りながらでも彼が御殿へやって来てくると、また、誰が流したか分かるべく、希望を込めて」
「ですが、噂を聞きやってくるのは、見知らぬ恋人たちだけで、彼が姿を現すことはありませんでした」
「結局、私は誰からも愛されることもない人間なんだとわかり、私は自ら命を断ちました」
「その後の記憶はありません。ですが、気がつくと怨霊となり、関係のない恋人たちを襲っていました」
そこまで話をしても、表情は全く変わらず「生きていても、人に迷惑ばかりかけていたと言うのに、死んだ後も、人に迷惑をかけるとは……愛されなくて当然ですね。こんな人間」と呟いた。
その時だった。
先程まで、女性の話をただ黙って聞いていた泉凪は、女性の元へ行き、女性のことを抱きしめた。
突然のことで悠美は驚き、ずっと光が入っていなかった女性の目には、光が入り、女性の左目から、ゆっくり涙が溢れた。
かと思えば、女性は、まるで親にしがみつき泣きじゃくる幼子のように、声をあげ泣いたのだ。
泉凪は、何か声をかけるわけでもなく、ただ、女性のことを優しく抱きしめている。
しばらくし、女性は少し落ち着きを取り戻し、泉凪の肩に埋めた顔を離し、泉凪の目を真っ直ぐ見つめ、涙をいっぱい浮かべた瞳に笑みを浮かべる。
「人の温もりに触れたのは、いつぶりでしょう」
「最期に、人の温かさに触れることができて良かった」
そう穏やかな表情で笑う女性。
そんな女性の頬に手をやり、泉凪は言った。
「優しく微笑む人を見れば、大粒の涙を浮かべる人を見れば、この先もきっと、貴女のことを思い出すでしょう。誰にも愛されなかったと言うのなら、私が貴女を愛しましょう」
泉凪の言葉を聞き、女性は涙を一粒流し微笑む。
その瞬間、女性の周りを、金色の綺麗な光が纏う。
(あぁ……会ったばかりの哀れな女を、愛そうと言ってくれる貴女は、なんて優しい人なのでしょう)
(例え慰めるためだったとしても、その言葉に私は、どれほど救われるのか。きっと貴女は分からないでしょう)
女性はみるみる光に包まれ、存在が薄れてゆく。
そんな中、最期の言葉とし、女性は泉凪に言った。
「最期に会えたのが、貴女で良かった。心優しい神力者様」
一瞬、強い光が放たれた。
かと思えば、女性は跡形もなく姿を消したのだ。
泉凪は「さようなら」と静かに呟く。
そんな泉凪の後ろ姿を、悠美はただ見つめていた。




