皇位継承編 陽だまりのような女性
『泉凪ちゃん』
そう言って、可愛らしい笑顔を向け笑う女性。
恐らくこれは、泉凪の記憶の中。
『泉凪ちゃんが、皇帝になればきっと、どんな人の声にも耳を傾けて、どんな人でも助けてくれるんだろうなぁ』
『もし、泉凪ちゃんが皇帝になったら、私皆んなに自慢しちゃうよ! 泉凪ちゃんは本当にかっこよくて素敵な人なんだよって!』
そう楽しそうに言いながら、摘んだ花で冠を作ると『できた!』と言い、泉凪にその冠を被せる。
そして『泉凪ちゃんは綺麗だから、お花がよく似合うね』と言って笑う。
その笑顔はとても眩しく、思わず見惚れてしまうほど。
暖かい空気が流れ、蝶が飛び交い、小鳥が鳴く声が聞こえてくる。
何とも穏やかで、暖かい空気が流れる。
彼女はまさに、陽だまりのような女性だった。
突如、場面は変わり、先ほどの陽だまりのような女性は、顔中あざだらけで血が出ており、何とも痛々しい。
そして、涙を流しながら言うのだった。
『私と……友達になってくれて、ありがとう……』
「……鈴!!」
泉凪はそう叫びながら、勢いよく体を起こす。
そこは、先ほどの光景とは違い、どこかの部屋の中で、泉凪は辺りを見渡す。
すると「起きたか」と言う声が聞こえてくる。
そこには、部屋に入って来た悠美がおり、心配そうに「体調はどうだ?」と尋ねてくる。
その時、泉凪は話の途中で、気を失った事を思い出したのだ。
泉凪は「あれからどれくらい経った……?」と聞くと、悠美は「まだ三十分も経っていない」と言う。
悠美の言葉に、泉凪は「そっ、か……」とホッとすると、そう言えば泉達がいないことに気づき、悠美に尋ねると、悠美は「少し、頼み事をしたから、外している」と言う。
「……そう」
泉凪はそう言うと、悠美の名前を呼ぶ。
そして、申し訳なさそうに「さっきはごめん……悠美に声を荒げ、当たってしまって。悠美の言う通り、冷静になるべきだったのに……」と言う。
すると、悠美は泉凪の前に座ると「それはいいんだ。それより、何かあったのか? 先だけじゃなく、旅館の話を聞いた時から旅館に来てから、ずっといつもの調子じゃなかっただろう?」と優しく問いかける。
「初めは、内容が内容だから、気が立っているのかと思っていたが、それだけではないのだろう?」
悠美の言葉に、泉凪は黙る。
そんな泉凪に、悠美は優しい声で言うのだった。
「泉凪が良ければ、聞かせてくれないか。私の話を聞いてくれたように、誰かに話せば、少しは楽になるかもしれないし、私も泉凪の事を支える事ができるかもしれない」
その声や眼差しは、あまりにも優しく、この人は自分の事をとても大切にしてくれているのだと感じる。
すると、泉凪はゆっくりと口を開く。
「……悠美は、私に好きだと言ってくれたよね」
予想外の言葉に、驚き「あ、あぁ」と辿々しくなる悠美。
そんな悠美に、泉凪は、眉を顰めながら言う。
「もし、私が人を殺した事があるって言ったら、悠美はそれでも私を好きでいてくれる?」
「え……」
あまりにも、真っ直ぐ悠美を見つめ言う泉凪。
悠美は少し驚くものの、すぐに、真剣な表情を浮かべ「何があったのか聞かせてくれ」と言う。
まさか、泉凪の言葉を聞いてもなお、話を聞かせてくれと言われると思っていなかった泉凪は、驚き、そして頷くとゆっくりと話し始める。
それは、泉凪にとって初めて出来た、いわゆる親友と言う存在の、鈴と言う女性についてだった。
◇
数百年前──
『相変わらず、神守の町は賑やかだね』
町は、沢山の人で活気に溢れ、あちらこちらで綺麗な着物を見に纏った人たちが、楽しそうに話しながら歩いている。
当主になり、暫く経った頃、泉凪は神守の町にある家で、妖が出たから祓いにきてほしいと依頼され、泉凪と当時の従者である花都と一緒に、神守の町へとやって来ていた。
その家は、泉凪と交流があり、仲良くさせてもらっている家のため、月花家の管轄外だが、泉凪自ら足を運んでいるのだ。
賑やかな景色を見て、嬉しそうに笑う泉凪を見て、泉凪の隣に立つ花都は『久しぶりに来たけど、やっぱりいいね。この辺は活気で溢れていて楽しそうだ』と言う。
神守の町は、名家が立ち並ぶため、泉凪は出くわすと面倒なので、滅多に神守の町へとやってくる事はない。
だが、他の町とは違い、人で溢れかえり賑やかな光景を見るのは、泉凪も花都も好きなのだった。
『今回の件が終わったら、町を見て回ろうか』
泉凪がそう言うと、花都は頷き『師匠に神守の町のお酒のお土産を頼まれたしね』と、眉を八の字にし笑う。
必ず、泉凪たちが里を離れる時は、そこの地酒を頼んでくるハナ。
泉凪も苦笑いを浮かべると『相変わらず、師匠の酒飲みっぷりには参るよ』と言う。
◇
『案外、あっさりと終わったね』
依頼されていた、妖祓いを終えた泉凪たち。
話に聞いていたより、弱い妖だったらしく、あっさりと依頼を終えたのだった。
『予定より、かなり時間が余ったね』
『何処か行きたいところある? 花都』
泉凪にそう聞かれ、花都は『そう言えば、神守の町に凄く美味しいって有名な、鍋屋さんがあるんだって。そこでお昼にしない?』と言う。
丁度、お腹の虫が鳴いていた泉凪は「いいね」と、即決する。
こうして、二人は神守の町で有名な、鍋屋へと向かう事になった。
『いらっしゃい!』
泉凪と花都が、鍋屋にやって来た時はまだ、お昼時より少し早かったが、もう既に、店内は沢山の客で溢れかえっていた。
『流石、有名なお店なだけあるね。人がいっぱいだ』
『座れるかな?』
そう入り口のところで中の様子を伺っていると、店主と思われる男性が、机を拭く一人の若い女性に『鈴ちゃん! あちらのお客さん対応して!』と頼む。
すると、鈴と呼ばれる女性は、机を拭く手を止めると『はい!』と元気よく返事をすると、泉凪たちの方を振り返る。
『いらっしゃいませ!』
そう笑顔で声をかけてくる、鈴と言う女性。
少し明るめの茶色の髪を、低い位置でお団子にし、黄色い小花柄の着物は、彼女の暖かさを表しているよう。
まさに、太陽のような陽だまりのようなと言う言葉が似合う彼女の笑顔は、とても惹きつけられるものだった。
それが泉凪のたった一人の親友、鈴との出会いだった。