皇位継承編 待ってる時間なんてない
地下の部屋の中。
遥は、泉凪たちが自身たちのことを助けてくれると言うことを、他の少年らに伝えると、少年らはにわかに信じられないのか「本当に助けてくれるの?」と不安そうな表情を浮かべる。
そんな少年らに、遥は「今は信じるしかない。俺は皆んなと絶対一緒にここから抜け出したい。だから、俺を信じてあの人たちの助けを受けよう」と真っ直ぐ言う。
今まで、どんなに辛い事があっても、遥は他の子たちを励まし、勇気づけてきた。
いつでも明るく、太陽のような存在の遥に、皆は助けられてきた。
そんな遥が信じてと言うのなら、信じる他ない。
「皆んなで絶対にここから出よう!」
「うん!」
そう楽しげに話す皆んなを見て、遥は(これで、あの手は使わなくて済む。そしたら皆んな、生きて帰れるんだ……!)と嬉しそうに笑う。
「……なるほど。通りで」
そんな遥たちの様子を、部屋の外から、壁にもたれ掛かれ腕を組み、盗み聞いている者がいた。
それは柊で、柊は怪しげに笑みを浮かべると、静かに階段を登って行く。
◇
「これまでに、連れて行かれた少女らは全員で五十人とおり、そのうちの十三人は居場所を掴めている状態です」
晩になり、泉凪たちの部屋には、潜入している神官が来ており、情報を伝える。
潜入している神官だけではなく、他の神官らも情報収集をし、何とかこれまで連れて行かれた少女の人数と、その中の複数名の所在地を知る事ができた。
先に、連れて行かれた少女たちの所在地を知る事で、そこへも同時に突入する事ができ、旅館の者らが捕まったことにより、少女たちを連れて行った者たちが、逃げたり隠れたり、万が一の出来事を未然に防ぐために調べているのだ。
少ない情報で、しかも短時間でここまで把握するのは凄い事だ。
神官が「一週間後には、警備隊らを集め旅館を取り締まる事ができるかと思われます」と自信満々に言うと、泉凪は「いや」と言うと、神官を見て言う。
「三日後だ。三日後に旅館やそれぞれの家を取り締まる」
そう言う泉凪に、悠美らは「え……?」と驚いた表情を浮かべる。
そして、泉凪に神官は「お、お言葉ですが、月花様。到底、三日以内に全ての少女らの居場所を突き止めるのは厳しいかと……」と眉を八の字にし言う。
いつもの泉凪なら、そんな事はわかっているし、神官の言葉に耳を傾けるだろう。
だが、泉凪は「そんな悠長なこと言ってる間にも、他の少女たちが連れて行かれたらどうするの?」と、神官の事を冷めた目で見る。
普段、どんな時でも冷静で穏やかな泉凪にしては、そのような態度をとる事は珍しい。
いつもと違う泉凪を見て、泉と凪は「泉凪様……?」と心配そうにしている。
そんな泉凪を見て、心温は隣に立つ悠美に、どうしたものかと視線を向ける。
悠美は頷くと「……確かに、悠長に待っている暇はない。捜索する皇宮警備隊の数を増やし、各郷の警備隊らにも、捜索の手伝いを要請しろ」と言うと、泉凪を見、言う。
「突入は三日後に行おう」
そう言う悠美に、泉凪は一瞬、驚いた表情を浮かべるも頷き、神官は頭を抱える。
こうして三日後、旅館や、それぞれの邸宅へと泉凪、悠美や、警備隊らが突入する事が決まったのだった。
◇
あれから日にちは経ち、いよいよ明日、突入を行うと言う時だった。
朝早くから、泉凪たちの元に慌てた様子の遥がやって来たのだ。
泉凪は、どうしたのかと尋ねると、遥は息が荒れ、泣きそうになりながら言う。
「あ、彩が、今日の夜……連れて行かれるって……!」
そう言う遥の言葉を聞いて、泉凪は「え……」と驚いた表情を浮かべる。
その様子はとても動揺しているようで。
悠美は遥に「何で急に……」と言うと、遥は「今朝いきなり決まったって……! 何とかしなきゃって、だからここに……どうしよう! 彩が、彩が連れて行かれちゃう! どうしたらいい……!」と言い、悠美の腕を掴む。
そんな遥に、悠美は「落ち着くんだ。こう言う時こそ冷静になれ」と、遥の肩を掴む。
そして、遥の目線までしゃがむと「必ず私たちが、彩ちゃんを助けるから、遥は一旦部屋に戻るんだ」と優しく言い聞かす。
そんな悠美を見て、少し落ち着いたのか、遥は頷くと部屋から出て行く。
「どうする? 悠美。突入は明日だから、今日取り締まろうにも、今から警備隊たちを、それぞれ向かわせれば時間がかかる」
そう言う心温に、悠美は「わかってる。全員を必ず助けるには、明日まで待つしか……」と悔しそうにする。
するとその時、今まで黙っていた泉凪が「それじゃ遅い」と言うと、悠美を見、言う。
「今すぐ、私たちだけでも取り締まろう」
そう言う泉凪に、悠美は「泉凪……?」と言うと、泉凪は「行くよ、泉、凪」と二人の名前を呼び、部屋から出ようとする。
そんな泉凪に、泉と凪は、どうしたらいいのか分からず、その場に突っ立っている。
悠美は慌てて「待つんだ、泉凪」と泉凪の手首を掴むと、泉凪は立ち止まる。
「どうしたんだ? 泉凪。突発的に動くなど、らしくないぞ」
眉を顰め、そう言う悠美に泉凪は「……突発的じゃないよ。」と言うと「離してくれないかな」と、悠美を振り向き言う。
その表情は、笑みを浮かべているが、苛立ちを隠せていないのがわかる。
そんな泉凪を見るのは、初めての悠美は、思わず止めてしまいそうになるも「冷静になるんだ、泉凪。明日、警備隊が来る。それまで辛いけど待つんだ」と言う。
すると、泉凪は「待ってる時間なんてない!!」と声を荒げる。
今まで、泉凪は悠美にどころか、他の者に声を荒げる事はなかった。
そんな泉凪が、他の誰でもない悠美に、声を荒げ、悠美だけではなく泉や凪、心温が驚いた表情を浮かべる。
だが、泉凪は悠美を見て言う。
「一日待てば、皆んな助けれるのはわかってる!! けど、連れて行かれてから助けるのと、連れて行かれる前に助けるのでは訳が違う。一度連れて行かれれば、身体的に助ける事が出来たとしても、心を助ける事が出来ない……!!」
「事が起きてからじゃ遅いんだよ……」
泉凪はそう言うと、苦しそうに頭と胸を押さえる。
泉凪の頭の中には、一人の女性がボロボロになり、血と涙を流し、泉凪脳での中に抱かれる光景がよぎっていた。
そんな泉凪を、悠美は「泉凪……!」と支えると、泉凪はそのまま、悠美の腕の中で気を失う。