当主継承編 距離ー2ー
『男に守られることしかできないくせして、神力者として皇宮にいる事自体、身の程知らずなのだ。女は大人しくしていたらいいものの』
『月花の姫君がまた、当主になれば郷は滅びるに違いない』
丁度、泉凪と一緒に話をしていた千季は、聞こえて来た声に腹が立ち、止めに入ろうとした。
だが、そこで一瞬我に帰る。
(女は男に守られるしかないとほざくあいつらの事だ。このまま僕が止めに入ったら更に泉凪の事を悪く言うのでは……?)
(ならば、神官を呼び納める方が、泉凪にとって一番良い方法なのでは?)
そうこう考えているうちに、悠美と文月がやって来、止めるタイミングを逃した千季は、神官を呼びに行く事にした。
実際、千季の思った通り、悠美たちが止めに入ったことにより、泉凪が女性だから悠美たちが庇ったと戯言を言った晃だった。
そうとは知らない文月が、千季に怒るのも無理もない。
だが、千季は弁明しようとはせず「あぁ、そうだね」と文月の言葉に頷く。
「なっ……!」
「僕も、自分のことが心底嫌になるよ」
そう言って自嘲気味に笑う千季。
幼い頃から何でも器用にこなし、神力も他の水園の人間や神力者たちより強かったため、周りの人は千季をもてはやし、期待した。
一方で、千季が少しでも失敗したりすると、周りの人間は失望した顔を見せてくる。
そんな環境で育ち、自然と周りの空気を読み、常に自分が周りに何を求められているのかを感じ取り、振る舞っていたため、いつでも冷静に、他人にとっての最善の行動を取る事を考える癖がついてしまい、感情的に行動することが出来無くなってしまった。
冷静に物事を考えられることは決して悪いことではない。
ただ、そのせいで千季は他人との距離を縮める事が出来ずにいるのだ。
そんな自分が昔から、心底嫌いな千季。
文月が怒るのは正しいと、言い返す気にはなれない。
どこか、様子がおかしい事に気づいた文月は「……どうしたんだい? らしくないじゃないか」と尋ねる。
「いや……あの場に文月や火翠の若君がいてくれて良かった。」
そう言い残し、千季は弓道場を後にする。
一人残された文月は一射も当たっていない、的を見つめる。
◇
「わぁ……! ここが神守山……!」
座学三日目。
その日は、皇宮内にある神守山へと、やって来ていた神力者たち。
青々とした草木が生い茂り、静かで穏やかな空気が流れる神守山は、神力が流れており不思議な植物や生き物がいる。
神力が流れている事により、神力を持つ神力者たちからすれば、とても心が落ち着き過ごしやすい場所となっている。
神守山には、神力者や霊力を持ち得る神力者の従者や神官、巫女しか入る事が出来ない上、許可がないと入れないため、神力者たちは皆今回初めて神守山に来、皆どこか浮かれている様子。
心大もまた、そのうちの一人で初めて来る神守山に目を輝かせながら「見て! 泉凪! 見た事ない生き物がいるよ!」と目にしたもの全てを泉凪に報告する。
そんな心大にまるで幼子みたいだなと笑う泉凪。
「師匠が言っていた通り、穏やかでなんだか落ち着く場所だね」
泉凪の隣でそう言い、空気を吸い込む花都。
泉凪は「そうだね」と頷く。
その時、背後から「泉凪」と呼ぶ声がした。
「あぁ、千季か。おはよう」
泉凪の事を呼んだのは千季だった。
だが、いつもの柔らかい雰囲気の千季ではなく、どこか思い詰めた様な雰囲気をしていた。