皇位継承編 三回目の視察
何処かの森の中。
そこには、三人のまだ年端もいかないような少年と、一人の天狗の面を着けた者がおり、何やら話をしていた。
「……本当に、言われた通りやれば、俺たちは自由になるんだよな?」
そう目の前に立つ天狗の面の者を睨みつけながら、天狗の面の者に問いかける、少し伸びた髪を後ろで結び、体のあちらこちらにあざがある少年。
その少年だけではなく、他の二人の少年の体にも、あちらこちらにあざがあり、三人とも着ている着物もボロボロで泥汚れが目立つ。
そんな少年に、天狗の面の者は「えぇ、もちろん。代償は伴いますが、必ず自由になりますよ」と穏やかな口調で言う。
「ただ、チャンスは一度だけです。必ず失敗しないように。途中で一人でも降りれば、成功しませんのでお忘れ無く」
天狗の面の者の言葉を聞き、一つ結びをしている少年はゴクッと息を呑むと、ゆっくりと頷く。
◇
「──最後に、神守町に視察に行っていただく方は、火翠様、月花様の両名です」
三回目の視察の日になり、再び門の前に集められていた神力者たち。
神力者たちは、空澄から視察先を聞き終え、それぞれ牛車の準備が終わるまで待っている。
「良かったな、悠美! 月花様と一緒の視察先だぞ!」
そう嬉しそうに、隣に立つ悠美に耳打ちをする心温。
そんな心温に、悠美は「あぁ、そうだな」とそっけなく返し、心温は「そうだなって……」と戸惑う。
勿論、悠美も泉凪と視察先が一緒になって、喜ぶと思っていた心温。
だが、喜ぶどころか、何処かそっけない態度に「やっぱり、五回目の試験の時、月花様と何かあったのか?」と尋ねる。
第五試験が終わり、宮に戻ってからため息ばかりついていた悠美。
そんな悠美に、元気付けようと心温が泉凪の話を振ると、いつもなら嬉しそうに泉凪の話をする悠美が『……今は泉凪の話はやめてくれ』と話を途中で遮ったのだ。
泉凪の話をするななどと、今まで言ったことがない悠美。
その時、試験の時に何かあったのかと心温は思い、尋ねるも何もないの一点張りで、詳しい事は聞けていない状態。
心温の言葉に、悠美は「何もないって……」と返した時「悠美」と、悠美の事を呼ぶ声がする。
その瞬間、悠美の瞳は揺らぎ、ゆっくりと声のした方を見る。
そこには、泉と凪を引き連れた泉凪がおり、悠美の元へと歩いてくる。
そんな泉凪を少し驚いた表情を浮かべ見つめる悠美。
「……久しぶりに一緒の視察だね。よろしくね」
そう言って笑みを浮かべる泉凪。
だが、何処か気を使っているのが悠美には分かった。
そんな泉凪を見て、悠美は手に力を入れる。
(……泉凪に気を使わせてしまっている。何をしているんだ、本当に)
悠美も、笑みを浮かべると「あぁ、よろしく」と返す。
やはり、何処か二人の間に気まずさのような、いつもと違った空気が流れ、泉は隣にいる凪に「なんか空気悪くね?」と耳打ちをする。
そして、泉凪と悠美を見た心温は、心配そうな表情を浮かべると(どうしたものか……)とため息をつく。
その時「月花様、火翠様」と呼びながら、空澄が二人の元へとやって来た。
「どうしたの? 空澄」
泉凪がそう尋ねると、空澄は「陛下から、お二人に伝言を預かっているので、お伝えさせていただきます」と言うと、陛下からの伝言を二人に伝える。
「今回、月花様、火翠様には神守町にある、とある旅館へと潜入し、旅館を調べて頂きたいとのことです」
空澄の言葉を聞き、泉凪と悠美は「旅館?」と声を揃え、空澄は頷く。
「その旅館は、最近出来たそうですが、どなたでも泊まることも、食事を頂くこともでき、評判も良く、すぐに町一番の旅館へとなったそうですが……その裏で、とある噂が流れていまして」
「噂?」
「はい。その旅館には、どなたでも利用ができる建物とは別に、大金を払うと利用できる建物があるとかで、そこの建物では、最上級のおもてなしがされるらしく、上流国民の方たちがこぞって利用されているらしいのですが」
空澄はそこまで言うと、顔を曇らせ、少し言葉を詰まらせながら言う。
「どうやら、そこで働かされているのは、十歳から十九までの若い男女らしく、貧しい子達を唆して連れてきては、ただ働き同然に働かせ、暴力も振るわれているそうです」
空澄の言葉に、顔を顰める泉凪たち。
悠美は空澄に「その件を、陛下は調べて来てほしいと?」と尋ねると、空澄は頷き「それからもう一つ。調べて頂きたいことがあります」と言うと、顔を顰める。
「その旅館にやってきた客に、接客を任されていた何人もの若い女性たちが、次々と行方をくらませているそうです」
空澄の言葉に悠美たちは、何かを察したのか顔を背けると、悠美は「……わかった、もういい」と言い、泉凪の方をチラリと見る。
すると、泉凪は酷く顔を曇らせていた。
そんな泉凪に悠美は「……泉凪、大丈夫か」と声をかける。
「……大丈夫だよ。その二件を調べればいいんだね。私と悠美で調べてくるよ」
泉凪はそう言って、気丈に振る舞っているものの、何処か体調が悪そうだ。
そんな泉凪を見て、泉と凪は顔を見合わせ、何かを伝え合うように軽く頷く。
「……それでは、よろしくお願いいたします」
泉凪たちの牛舎の用意ができ、空澄に見送られながら、泉凪と悠美は牛舎に乗ると、空澄から聞いた話を確かめるため、神守の町にある旅館へと牛舎は向かう。
こうして、三回目の視察は始まった。
それが泉凪にとって良くも悪くも、深く記憶に残る視察になる事は、まだこの時は知る由もなかった。