皇位継承編 幽霊騒動
「神守の町で一番のお医者様、国重様のことは知っているかい?」
泉凪が男性二人に、涼雅が威圧的な態度を取ったことを謝罪し、穏やかに頼み込むと、事の詳細を話してくれる事となった。
一人の、通路を挟んで泉凪の隣に座る男性は、コソコソッとした話し声で、泉凪たちにそう問いかける。
国重とは、神守の国一番大きな病院で、皇宮医を除けば、一番の腕の持ち主とも言われる国重医院長を筆頭とし、数多くの優秀な医者が所属している。
その実力は、歴代の皇帝の病も治したと言われているほどだ。
泉凪は頷くと「有名な医師の方ですよね?」と尋ねる。
すると、今度は涼雅の通路を挟んで隣に座る男性が「あぁ」と頷き話を続ける。
「最近、とある患者の治療を行っていたそうだが、来る日も来る日も症状は良くならず、国重様が治療を始めてから二週間後には、その患者は亡くなってしまったらしい」
「噂によると、国重医院長が患者に、間違った治療をしたとかで、亡くなった事は瞬く間に町中に広がったんだ」
「そんなある日の事だった。突如、国重様の家から毎晩、低く唸るような声と共に、誰かが叫んでいる声が聞こえて来たそう」
「初めは、近所の者にどうしたのかと尋ねられても、国重様は何もないの一点張りだったそうだが、つい一週間ほど前、国重様の邸から、国重邸で働く一人の若い男が、血相を変えて飛び出して来たらしい」
「そして、近所の家に駆け込むと〝家の中で、化け物を見た。あれはきっと、あの患者が幽霊になって姿を現したに違いない〟と言い、その次の日にはその男は国重家から出て行ったそうだ」
「それからしばらくは、唸るような声も、叫び声も聞こえなくなっていたんだが、昨夜、また聞こえて来たらしくてな。朝から噂になっていたんだ」
男性の話を聞き、泉凪たちは顔を見合わせると、涼雅が「それがさっき話してた事か」と言う。
「化け物を見たって、その例の患者さんの幽霊、何でしょうか……?」
顔を青ざめさせながら、手を口元に持っていき、そう言う白夜。
そんな白夜に涼雅は「まぁ、妖もいるし、幽霊がいてもおかしくはねぇよな」と、さらに不安を煽るようなことを言う。
案の定、涼雅の話を聞き、白夜はさらに顔を青ざめさせる。
「涼雅。あまり彼を怖がらせたら可哀想だよ」
泉凪にそう注意され、涼雅は「こいつがビビりすぎなんだよ。妖とかも見てるのに、何を今更幽霊如きで怖がってんだか」と頭の後ろで腕を組む。
そんな涼雅たちを他所に、凪は「間違った治療というのは? その患者は、一体何処が悪かったんですか?」と男性らに問う。
「さぁ……そこまでは、俺たちも知らねぇよ」
「そんなに気になるなら、直接、国重様の家に行ってみたらどうだ?」
一人の男性が「まぁ、入れてくれるかは分らねぇがな」と言った時、店の奥から店主が出て来たかと思えば「国重様の家に行きたいのか?」と尋ねて来る。
泉凪が「そうですが……」と返すと、店主はとある人物を指差す。
その人物は、深い紺色の着物を身に纏い、そこまで派手な着物を着ているわけではないが、本人から溢れ出る品と知性で、何とも上品に見え、整えられた髪、すらりと伸びた背筋に、端正な顔立ちをしている、思わず目を引いてしまい、一目で一般の者ではないとわかる見た目をしている。
泉が「あの方がどうしたのですか?」と聞くと、店主が「あのお方は、お客さんらがさっきまで話をしていた、国重医院長のご子息の、国重清春様だ」と言う。
まさか、こんな偶然が起きるとは思っておらず、泉凪たちは驚いている。
そんな泉凪たちに店主は「国重様の家に行きたいのなら、清春様に頼めばいい。医院長の国重様とは違い、清春様は穏やかで話がわかるお方だから。お客さんたちが、幽霊騒動の件で手を貸したいとでも言えば、連れて行ってもらえると思うぞ」と言う。
店主の話を聞き、泉凪は「ありがとうございます」と言うと、凪は立ち上がり「泉凪様、私が声をかけに行きます」と言い、泉凪は「頼むよ」と頷く。
そのやり取りを見ていた、一人の男性が「泉凪様……? 今、泉凪様って言ったか?」と驚いた表情を浮かべ言うと、もう一人の男性と、店主も驚いた表情を浮かべている。
そんな男性たちに、涼雅が「泉凪様って言ったよ。因みに俺は涼雅様だから覚えておいてね〜」と言い、その場を離れる。
白夜と泉は、男性たちに一礼すると、涼雅の後に続く。
そんな涼雅たちを見て、一人の男性は「涼雅って……どうして、当主様方だと気づかなかったんだ……絶対無礼を働いたぞ」と言い、店主も「俺も偉そうに話しちまった」と悔いているようだった。