皇位継承編 偽物が図々しい
会場内で、神力者たちの試験を見守っている従者たち。
ふと雪乃の従者の光陽が「この幻影で出てくるのって、その人にとって最も大切な人か、後悔している人なんだって」と言う。
その言葉を聞いていた光陽の隣に座る、千季の従者の時が「へぇ……どっちにしろ、倒すとなると躊躇してしまいそうだな」と呟く。
「後悔してる人か……大丈夫かなぁ、雪乃様」
そう心配そうに呟く光陽。
そんな光陽の前に座る、涼雅の従者の白夜も心配そうに(最も大切な人って事は……)と涼雅が入って行った扉を見つめる。
◇
「やぁ、悠美。会いたかったよ」
「………っ」
扉に入りしばらくし、悠美の目の前にも幻影が現れており、その幻影は優しく笑みを浮かべ、どこか甘さを含む声で悠美にそう言う。
そんな幻影に悠美は少し固まった後「落ち着け、あれは幻影だ。あれは本物の泉凪ではない」と自身を落ち着かせるように言う。
悠美の元に現れた幻影は泉凪だったのだ。
落ち着かせようとする悠美に、幻影の泉凪は「どうしてそんなに離れているの? せっかく会えたのに。もう少し近くにいてくれないと寂しいな」と言う。
その目と声は、まるで悠美に甘えているようで、表情も眉を八の字にし頬を少し膨らませている。
本物の泉凪がしないであろう表情を浮かべ、悠美に甘い言葉を言う幻影の泉凪。
その瞬間、悠美の顔は真っ赤になり、心臓の動きが信じられないくらい早く動く。
(落ち着くんだ。あれは私の心を読み、作り出された都合のいい幻影だ)
悠美がそう深呼吸をし、心を落ち着かせている最中も、幻影の泉凪は悠美の側までよると、悠美の腕に手を絡め「悠美。本当に会いたかったよ。私がどれくらい悠美に会えなくて寂しかったか分かる?」と甘えたように言う。
そんな泉凪に悠美は心を無にし「これは幻影、これは幻影、幻影幻影幻影……」と自身に言い聞かせる。
幻影の泉凪は、そんな悠美に「どうしたの? 悠美。なんだか変だよ?」と言うと、悠美は「あぁ……このままおかしくなってしまいそうだ」と片方の手を額に当てる。
そして幻影の泉凪に「すまないが……少し離れてはくれないか?」と言う。
「え……どうして?」
「私が……おかしくなりそうだから」
顔を真っ赤にしそう言うと、幻影の泉凪は悠美の腕にしがみつき「どうして離れろなんて言うの? 私はずっと一緒にいたいのに」と言う。
そんな幻影の泉凪に悠美は一つ深いため息をつくと「泉凪がそんな事を私に言うわけないだろう!!」と半ば、自身にも言い聞かせるように、幻影の泉凪に言う。
すると幻影の泉凪は「あーあ。せっかく、いい夢を見せられてあげたのに。本当にいいんだね?」と悠美から離れる。
「本性を現したか」
悠美はそう言うと、深呼吸をし、幻影の泉凪を見て(あの幻影を倒さなければ、外へと出られないわけだが……私に倒せるのか?)と思う。
「これまで多くの人や妖を相手にしたが、今回のが一番強敵だな」
そう呟くと、鞘から刀を抜き、泉凪に向ける。
「幻影とは言え、泉凪に刀を向ける日が来るとはな……これが最初で最後にしてほしいよ」
「本当に私とずっとここに一緒にいないんだね?」
そう問いかけて来る幻影の泉凪に、悠美は食い気味に「あぁ!!」と頷く。
そんな悠美に幻影の泉凪は「なら、手加減はしないよ」と言うと、鞘から刀を抜き悠美に刀を向ける。
◇
同じ頃。
千季の前にも幻影が現れていた。
「……まさか、泉凪の幻影が現れるとはね」
千季の言う通り、千季の元にも悠美と同様に泉凪の幻影が現れていたのだ。
「千季。ずっと待っていたんだよ。私とずっと一緒にここに居よう」
幻影の泉凪は、千季の手を取り優しく笑みを浮かべる。
だが、千季は笑みを浮かべているだけで、幻影の泉凪は更に千季に近づき「どうしたの? 千季。私に会えて嬉しくない?」と上目遣いをし言う。
すると千季は「悪いんだけど、離れてくれない? うざいから」と言う。
その言葉を聞いた幻影の泉凪は「え……」と戸惑った表情を浮かべると「どうしてそんな事を言うの? 私のこと嫌いになったの?」と問う。
そんな幻影の泉凪に千季は「もうやめなよ。いくら君が泉凪のフリをしたところで、泉凪にはなれないんだから」と笑みを浮かべ言う。
「フリ? 私は本当物の泉凪だよ……!」
焦ったようにそう言う幻影の泉凪。
そんな幻影の泉凪に千季は睨みつけながら言う。
「偽物が図々しい。僕を誘惑するために泉凪に作られたんだろうけど、逆効果だ。いくら泉凪の姿形を真似しようと、所詮、偽物は偽物。そんな奴に僕が惑わされるとでも思っているなんて浅はかすぎるよ」
千季はそう言うと、鞘から刀を取り出すと、幻影の泉凪に向け、一気に刀を振り下ろす。
その際に一瞬の躊躇もなかった。
「泉凪じゃないのなら、どんなに泉凪の見た目をしていようが、声をしていようが、僕からしたらただのどうでもいい奴だ」
千季は消えていく幻影を見ながらそう言うと、刀を鞘に戻す。
そして、会場に戻ろうと扉に向かおうとした時だった。
「千季」
そう千季の事を呼ぶ声が聞こえて来た。
その聞き馴染みのある声に、千季は目を見開くと、ゆっくりと後ろを振り返る。
「兄、さんたち」
そこには、千季の二人の兄が立っていたのだ。