皇位継承編 変化
まだ、千季が才能を発揮する前の事。
千季はよく、兄二人について回っていた。
一番上の兄とは十も離れており、二番目の兄とも五歳は離れているので、千季はよく、兄たちの真似をしたし、そんな幼い千季の事を兄二人も可愛がっていた。
穏やかで、怒ったところを一度も見たことがない一番上の兄。
真面目で礼儀正しい二番目の兄。
わんぱくで、よく駆け回っては転び、怪我を作っては兄二人に手当てをしてもらっていた。
千季が、師匠である父に叱られた時は、千季の好物の蕎麦を食べさせてくれ、千季が一つ何かを出来るようになれば、自身の事のように喜び褒めてくれた。
そんな穏やかで、心地よい毎日を送っていたある日の事だった。
「なんと……! ここまで凄い力を秘めていたとは」
その日も師匠である父に、稽古をつけてもらっていた時だった。
稽古を終えたら兄たちと、氷菓を食べる約束をしていたため、氷菓を食べ、いつものように何気ない日々を過ごすものだと思っていた。
だがそれは、稽古中に千季が何気なく放った神力により、崩れていってしまったのだ。
「千季様の力を見た? 凄まじい力だったわ」
「今回こそ、我が水園家から皇帝が生まれるぞ……!!」
千季は、たった二歳で現当主にも匹敵するほどの力を放ったのだ。
その事を聞いた水園の者たちは、今回こそは水園から皇帝が出ると喜んだ。
それから、皇宮入りをするまで、水園の者たちは千季に特別な稽古をつけるべきと言い、千季の事を持て囃し、期待を向けた。
そんな状況を千季はよくわかっていなかったが、褒められるので素直に喜んでいた。
だが、ある日の事。
いつものように、兄たちと稽古をし終えたので、氷菓を買いに行くため、服を着替え、先に玄関のところで待つ兄二人の元へ行こうとしていた時だった。
「千季様。お稽古はもう終わられたのですか?」
数名の大人たちが、千季にそう声をかけてきた。
千季は、頷くとまたいつものように、千季の事を褒め称え出す。
だが、その日はいつもと違っていたのだ。
「それに比べて、千季様のお兄様二人ときたら、千季様と同じ量の稽古をこなしているはずなのに……弟よりも弱いとは、恥ずかしくないのですかね?」
「私だったら、恥ずかしくて仕方ないがな」
大人たちは、そこに居ない兄たちのことを突如悪く言い始めたのだ。
そんな状況に戸惑う千季。
兄二人も十分に力は強いし、毎日休まず稽古に励んでいる。
なのに何故、そんな兄達のことを悪く言うのか、千季は理解ができず戸惑っていた。
その時「千季!」と名前を呼ぶ声がする。
そちらを見てみると、兄二人がおり、千季は「お兄ちゃん……」と不安そうに呟く。
突然、自分たちが悪く言っていた人物がやってき、慌てて口をつぐむ大人たち。
「お話中、失礼します。千季は私たちと約束があるので」
一番上の兄はそう言うと、千季の手を取り「行こうか」と優しく声をかける。
千季の手を引き、歩く一番の上の兄に、後ろからついて来る二番目の兄。
大きな声で話をしていた為、先程の声は聞こえていたに違いない。
だが、二人は怒るわけでもなく、悲しそうにするわけでもなく、千季に「今日はどんなもの食べようか?」「楽しみだね」と優しく声をかけるのだ。
そのおかげで、千季は氷菓を食べる頃には、先程、大人たちが言っていたことはもう忘れていた。
だが、その日から周りの千季に対する対応と、兄二人に対する対応に段々と差が出てき、当主の実の息子であるのに、風当たりが強くなって行ったのだ。
そんなある日の事だった。
その日は、もう直ぐ千季が皇宮入りを果たす為、神力を測っていた。
当然、高い数値が出ると思い、周りには沢山の人が集まった。
そんな中、千季の神力の測定が行われる。
「……嘘だろ?」
千季の測定結果を見、辺りはざわつき出す。
何故なら、高く出ると思われていた数値が平均より高いくらいだったからだ。
その事に動揺が隠せない様子の周囲。
そしてそれは、期待を裏切られたと呆れに変わる。
「平均より高いくらいって、千季様も大した事ないではありませんか」
「前の力はまぐれだったのか?」
「期待はずれですね」
散々、千季の事を持て囃してきた者たちは掌を返したかのように、千季の事を悪く言い出す。
その瞬間、まだ幼い千季の中にあっという間に手のひらを返す事への嫌悪感と絶望感、そして、一気に千季に向けられた鋭い眼差しへの恐怖心が出てきたのだ。
そして思った。
少しでも、周囲の期待を裏切れば、まるで罪を犯したような扱いを受けるのだと。
そして、兄たちもこんな思いを毎日していたのかと。
「千季。向こうで休もう」
二番目の兄は、そう言って千季をその場から離す。
その時、普段怒らない一番上の兄が、見た事のない怒りを露わにした表情を浮かべ、周りの者たちに何かを言っていたが、その声は衝撃を受けた千季には聞こえてこなかった。
その日から千季は変わった。
一目見ただけでは分からないが、千季と親しい人なら分かる。
人のことをよく観察するようになり、話す時は相手の顔をじっと見つめ、話すようになったのだ。
それはまるで相手の心を読み取ろうとしているかのようだった。
そして、稽古も遅くまでやるようになった。
変わってしまうくらい、あの日の出来事は、それだけまだ幼い千季にとっては、衝撃的なことだったのだろう。
「父さん。本当に千季の神力は正しいのでしょうか?」
父の部屋へとやってきていた兄二人は、千季の神力の測定の結果に納得がいっておらず、父にそう尋ねる。
そんな兄二人の言葉に父は言う。
「まだ幼いから、正常に数値が出ないことは稀にある。その事を周りのものにも話をしたし、千季にも話はしたが……」
そう言って、父は頭を振ると「明後日には、千季は皇宮入りをするのに、今の状態では心配だね」と呟くと、兄二人も心配そうな表情を浮かべる。
それから皇宮入りの日はやってきた。