皇位継承編 術
居る筈のない皇帝陛下の登場に、光陽たち従者だけではなく、村人たちも「陛下……?」「どうしてここに?」と驚いている様子。
「こ、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
挨拶をしていないことに気づいた光陽は、慌てて胸に手を当て、お辞儀をすると、他の従者たちもお辞儀をする。
そして「陛下がどうしてここに……?」と皇帝に、光陽は問いかける。
「空澄から皇宮に応援要請が入ってな。少し、問題が生じ私が来た」
そう軽い感じで笑いながら言う皇帝に、泉たちは「私が来たって……」と苦笑いを浮かべる。
「まさか、陛下がいらっしゃるとは思っていませんでした」
「今の状況は?」
空澄に状況を尋ねる皇帝。
空澄はこれまでの事と、泉凪たちの状況を説明する。
「……なるほど、分かった。」
皇帝はそう言うと、自身の後ろに立つ仁柊の名を呼ぶと「後は頼んだぞ」と、村人たちの事を見とくよう頼む。
皇帝に任された仁柊は「お任せください」と胸に手をやり頭を下げる。
山に入って行こうとする皇帝の事を、光陽は「お、お待ちください陛下!」と呼び止める。
「どうした? 光陽」
「雪乃様たちを助けに行かれるのなら、おれ……我々も一緒に……!」
そう言う光陽に続け、泉たちも頷く。
だが、そんな従者たちに皇帝は「行ってどうする?」と尋ねる。
「え……?」
「今、お前たちの主人が戦っている妖は、現皇帝陛下でしか封じる事ができない妖だ。そこへ従者が向かったとて、足手纏いになるだけだろう」
皇帝に最もな事を言われ、口をつぐむ光陽たち。
従者とは、主人の事を守るのが仕事だ。
だが、いくら一般の者と比べれば腕が立つとはいえ、従者の強さじゃ比べ物にならないくらい、神力者たちは強い。
そんな神力者たちを守るために、ついて行ったとて、足手纏いになることは分かっている。
分かっているが、それでも、自身の方が力が弱くても、足手纏いになると分かっていても、命よりも大切な存在である主人をこの手で守りたい。
それが、従者たちの本心だった。
「それに、この世で一番強い私が行くんだ。お前たちの大切な主人を絶対に生きて帰らすから安心して待っていろ」
皇帝はそうふっと笑うと、泉凪たちを助けに行くため、山へと向かい歩いて行く。
その後ろ姿を複雑そうに見つめる光陽たち。
そんな光陽たちに仁柊は「主人を守ることだけが従者の仕事ではない。主人の事を信じて待つ事も従者の大切な仕事だ」と言う。
何百年と、皇帝の事を守り続けて来、同じ従者の仁柊が言う事だ。
光陽たちは「はい……」「……そうですね」と頷くと、山に向かい主人をよろしくお願いします。と頭を下げるのだった。
◇
「……ん……あ、れ……?」
山の中。
倒れてしまった千季は眩しさで目を覚ますと(確か、毒を喰らって倒れた筈じゃ……)と考えながら体を起こす。
「千季! 良かった、目を覚ましたんだね!」
隣を見てみれば、安心した表情を浮かべる泉凪がおり、その近くには同じく倒れた筈の雪乃もおり、ピンピンとしていた。
「僕たち、毒を喰らった筈じゃ……どうしてどうもないんだろ?」
確かに倒れる前、妖から放たれた毒を喰らい、倒れた筈。
だが、体は問題なく動き、むしろ調子がいい様にも思える。
そんな千季に雪乃が「泉凪のおかげだ」と言う。
雪乃の言葉を聞き、千季は「泉凪……?」と泉凪の方を見ると、泉凪は「あの時……」と話始める。
毒を喰らい、その場に倒れ込む千季と雪乃。
顔色は悪く、呼吸も荒い。
一刻も早く解毒をしなければ、危険な状態。
そんな千季と雪乃に、同じく毒を喰らったが毒に耐性がある泉凪は動くことができるため、千季と雪乃を仰向けにさせると、二人の体に手をかざす。
そして目を瞑ると、千季と雪乃の体が穏やかな緑色に包まれる。
その瞬間、二人の顔色は良くなっていき、呼吸も落ち着いたのだ。
泉凪の話を聞いた千季は「それって……!」と言うと、泉凪は頷く。
「月花家の術だよ」
術。
それは、その各神力者の家の中でより強い力を持つ者が、使う事が出来るもの。
各家それぞれ、その術は受け継がれており、座学時代、鍾乳洞に現れた妖を倒す時に使った「泡沫」と言う千季の力も、水園家に受け継がれる術だ。
そして今回、泉凪が千季と雪乃に使った力も、月花家の人間に代々受け継がれている術なのだ。
それは、月花の郷にしか咲かないと言われている、月光花の効力を、月花の人間が術として使えると言うもので、その月光花の力の一つに解毒があり、泉凪はその力を使い、千季と雪乃に解毒を行ったのだ。
その力を持っているため、泉凪には毒の耐性があるのだ。
「聞いたことはあったけれど、本当に月光花の力を使えることができるんだね」
そう言って驚いている千季。
そんな千季に泉凪は頷く。
「泉凪のおかげで助かったよ。ありがとう」
千季の言葉に続け、雪乃も「助かった。ありがとう」と礼を言う。
そんな二人に泉凪は「無事で何よりだよ」と笑う。
その時だった。
「これはこれは、まさかあの妖を祓ってしまうとは」
そんな声が聞こえて来たと思えば、手を叩く音も聞こえてくる。
その声がした方を見てみれば、そこには皇帝の姿があり、いきなりの皇帝に三人は驚いた表情を浮かべ「陛下がどうしてここに?」と言う。
そんな三人にここへとやって来た経緯話す皇帝。
「わざわざ陛下がお越しくださったんですね」
「ありがとうございます」
そうお礼を言う泉凪と千季。
そんな泉凪たちに皇帝が「いや、しかしまさか祓ってしまうとはな」と呟くと、泉凪たちは「まずい」と言った表情を浮かべる。
そして「申し訳ありません、陛下」「祓ってしまって……」と謝罪をする。
「ん? 何故謝るんだ?」
「妖を封じていることで、この辺りの妖を寄せ付けない様にしていたのに、祓ってしまったので、妖が増えてしまうのではと……」
そう言う泉凪の言葉を聞いた皇帝はあっはっはと大笑いすると「祓ってしまったのは仕方ない。それに、妖が放った妖気でこれまで通り、妖が近づくことはないだろ」と言う。
皇帝の話を聞き安心した表情を浮かべる泉凪たち。
そんな泉凪たちを見た皇帝は、微笑み頷くと「動けるのであれば、さっさと戻るぞ。お前たちの従者が心配のあまり倒れてしまう前にな」と言う。
「それはまずいね」
「早く帰らなきゃね」
「あぁ」
泉凪たちはそう言って笑うと、自身の従者が待つ元へと急ぐのだった。