当主継承編 出逢い
「これはこれは、火翠の若君。」
泉凪に声をかけられた悠美は足を止め「……誰かと思えば、月花の姫君ではないか。久しいな」ときらっとした笑みを浮かべる。
「……えぇ。」
「ひ、火翠の若様! お、お久しぶりです!」
泉凪と悠美が挨拶を交わしているのを見、心大も挨拶をする。
だが、先ほど泉凪たちと話している時とは違い、どこか緊張している様子だ。
そんな心大にも悠美は「地星の若君も。久しいな」と微笑む。
「二人も今から外へ?」
「えぇ、まぁ」
「そうか。相変わらず、仲が良いんだな」
悠美の言葉に心大は「は、はい!」と元気よく返事をすると、悠美はふっと笑みを浮かべ「私は先に失礼するよ」と拝謁室から出て行く。
そんな悠美の後ろで心温は、泉凪と心大にお辞儀をし、後を追う。
「火翠の若様と滅多に話すことがないから緊張したぁ〜……」
緊張して、顔が熱っているのか、熱を覚ますかのように手で扇ぐ心大。
そんな心大の隣で、泉凪は遠くなる悠美の後ろ姿を見つめ呟く。
「……やはり私は、火翠の若君に嫌われているらしいな」
「え?」
泉凪は「いや、何でもないよ。私たちも外に出ようか」と拝謁室から出る。
そんな泉凪の後ろ姿を心大は不思議そうに見つめる。
◇
「はぁ……やっぱり、人が多いところは疲れるね」
あれから泉凪たちは、宮へと案内してもらい、泉凪は椅子に腰を下ろす。
その様子はとても疲れているように見え、花都は「お疲れ様、泉凪」と声をかける。
「花都もね」
「お茶を淹れようか」
「頼むよ」
花都がお茶を淹れている間、泉凪は部屋の窓を開け、外の景色を見る。
神力者たちは、それぞれ家の名前がついた宮殿で暮らすことになる。
泉凪がいる宮は月花宮で、これまで沢山の月花家の神力者たちが過ごしてきた場所。
各家の名前がつくだけあり、宮の中や周りは各郷の雰囲気に近い作りになっている。
泉凪は深く息を吸う。
「月光花の匂いがする」
「ほんと?」
花都はお茶を淹れる手を止め、泉凪の隣に並び、深く息を吸う。
「本当だ。月光花の匂いだ」
「師匠が言っていた事は本当だったんだね」
そう言う泉凪はどこか驚いている様子。
月光花とは、月花家の名前の由来となった花。
月の光を浴びる事で咲くとされている月光花は、月花の郷にしか咲かないとされている。
だが、月花宮には月光花が咲いているのだ。
泉凪は、昔、ハナに聞いた話を思い出す。
『月光花は、月の光と月花の郷の土や水でしか咲かない。だから、月花の郷でしか見ることができない花なんだ』
『だが、皇宮にある月花宮だけ唯一、月花の郷以外で咲かすことが出来る。月花宮には月花の郷の土が使われているから、そこに苗を植え、月花の人間の神力を分けてやれば咲かすことが出来る』
『だから月花宮には、月光花が沢山咲いているはずだ。まぁ、月花の郷ほどではないが』
ハナの話を思い出す泉凪に、花都は「師匠が言うことだから、また嘘かと思っていたよ」と眉をひそめ笑う。
「師匠の日頃の行いだね」
そう言って泉凪と花都は笑い合い、淹れたお茶を飲みながら、師匠や郷の皆んなの話に花を咲かせる。