皇位継承編 一触即発
何処か安心したような表情を浮かべ、競技場に戻って来た心大と、そんな心大に続け、扉から出て来る千季と涼雅。
そんな三人に空澄は「おめでとうございます」と声をかける。
「遅かったな」
当主たちが待つ席へと戻って来た千季たちに、そう腕を組み声をかける悠美。
そんな悠美に千季は「まぁね。ちょっと色々とあって……悠美たちは大丈夫だったみたいだね?」と言う。
「色々? どう言う事だ?」
千季の言葉に眉を顰め、そう聞き返す悠美。
「最後のお題を答え終え、僕と涼雅さんは千季さんの元に無事に行くことができたんですけど、競技場へと繋がっているはずの扉が何故か、競技場へと行けなくて……ずっと、同じ所をぐるぐるとしていたんです」
眉を八の字にし、疲れた様子でそう答える心大。
そんな心大の言葉を聞き、悠美と雪乃は顔を見合わせる。
「私たちの時はそんな事なかったが……そもそも、競技場へと繋がっているはずの扉が、競技場へと行けないと言うことがあるのか?」
「そんな事、今までの試験を合わせても無かったはずですが……」
悠美に続け、近くにいた空澄も眉を顰めそう言う。
「それに、最後のお題を出してくれたうさぎさんのような子が、全く出て来なくて。何処からか声がしたから行ってみたら、ぐったりした様子でその場に座り込んでいて、話を聞いたらいきなり何かに襲われたって」
「何かに襲われた……?」
心大の話を聞き、悠美も雪乃もあり得ないと言った表情を浮かべる。
だが、涼雅が「そうそう。俺の時もそうだった」と心大の言葉に頷く。
「扉の先の空間は、試験が行われている時、お題に答える我々当主と、お題を出すウサギのような生き物だけのはず。それに、一つの扉の先につき、お題を出すウサギのような生き物は一匹だけのはずだが……」
そう顎に手をやり言う雪乃。
そんな雪乃たちのやり取りを聞いていた千季は「泉凪と文月は? まだ戻って来ていないの?」と問いかける。
「あぁ。もう、試験終了三十分を切っているが、戻って来ていない」
雪乃はそう頷くと、心大は「え……泉凪と文月さん、まだなんですか!?」と驚く。
「……普通に、最後のお題に答えるのに、時間がかかっているとも思えるけど、僕たちと同じなら競技場へと行けなくなっている可能性が高いね」
千季の言葉に顔を青ざめさせる悠美。
そして、未だ開く様子のない扉を見つめる。
(泉凪……!)
◇
「……だめだ。やはり、競技場には戻れないね」
文月は少し焦った表情を浮かべ、そう呟く。
最後のお題に答え、無事、泉凪と会うことができた文月。
競技場へと戻ろうと、競技場へと繋がっているはずの扉を開くも、先程から競技場へと行けずにいるのだ。
「何か、空間に問題が起きているようだね……このままじゃ、競技場へと戻れなくて、試験が終わってしまう」
「それどころか、一生ここにいなくちゃならなくなる」
文月はそう言うと「もう一度、扉に入ってみよう」と泉凪に言い、二人は扉の中へと入る。
「……だめだね」
けれども、競技場へとたどり着く事はなく、また、先程いた場所に戻って来る。
「くそっ! どうなっているんだい? 歴代の皇帝の力でこの場所は作られているから、安全なのでは無かったのかい!?」
そう怒る文月。
そんな文月を横目に、泉凪は冷静に考え込む。
(こちら側から競技場へと戻れないとしたら、外側からは? 競技場から扉を開いてもらったら、もしかしたら帰れるのでは?)
(けれど、競技場から扉を開いと貰おうにも、ここは、異空間の中。知らせる術がない。)
どうしたものかと、泉凪が考えていると、突然、扉が開き泉凪と文月は、扉から出て来たものを見、驚いた表情を浮かべる。
◇
「どうしましょう……もう残り、十分もありませんよ……!」
競技場内にて。
泉凪と文月の帰りを待っ心大は、不安そうな表情を浮かべ、扉を見ている。
試験終了まで残り十分を切った。
けれどもまだ、泉凪と文月は戻って来ていないのだ。
泉や凪含め、従者らや神官や巫女たちも、心配そうな表情を浮かべている。
(もし、千季たちの言う通り、扉が競技場へと繋がっていなくて、戻って来れないのだとしたら? そうなれば、泉凪はどうなる?)
そう考える悠美の手に力が入る。
そんな悠美の隣に座っている千季は、悠美のことをチラリと見る。
(何かあってからでは遅い……今直ぐにでも、助けに行かなければ……!)
悠美はそうガタッと勢いよく立ち上がり、扉へと向かおうとするも、それは千季によって止められる。
止めて来る千季を「何故止める?」と睨みつける悠美。
そんな悠美に千季は「何をしているんだ? 競技場へと戻って来れないのではなく、最後のお題を答えるのに手こずっているだけだとしたら、お前が助けに行った時点で、泉凪たちは試験に失格になる。わかっているのか?」と冷静に、だが、何処か怒ったように言う。
自分たちの力で、競技場へと戻って来れなければ、失格となり、神守石が貰えなくなる。
即ちそれは、皇帝への道から遠ざかると言うこと。
「試験が終わっても戻って来なければ、助けに行くんだ」
泉凪を今直ぐにでも助けに行きたいと言う、悠美の気持ちは、千季にも痛いほどわかる。
だが、泉凪を失格にさせるわけにはいかないので、千季はグッと堪えている。
そんな千季に悠美は「試験が終わるのを待って、泉凪に何かあったらどうするんだ? 何かあってからでは意味がないんだぞ」と低くい声で、千季を睨みつけながら言う。
その表情は、悠美と知り合い、何百年も経とうとしているが、今まで見たことがないようなものだった。
そんな悠美に千季は「そんな事はわかっている。ただ、だからこそ冷静になれと言っているんだ」と返す。
そう言う千季の声も表情も、いつもの穏やかで、ニコニコと笑みを浮かべる千季とは違い、直ぐにでも悠美と千季が取っ組み合いを行うのではないかと思うほど、ピリついた雰囲気が流れており、近くにいる当主や神官、巫女たちは焦った様子を浮かべる。
「悠美、落ち着け」
「千季様も。冷静になられてください」
一触即発の雰囲気の二人を、二人の従者は止める。
その時だった。
「……戻って来れた……!」
扉が開き、そんな声がしたかと思えば、安心したような表情を浮かべた文月と泉凪が、扉から出て来たのだった。