皇位継承編 帰ろうか
ウサギのような生き物は「悲しい事だと答えたと思うなら、泉凪様からみて左側の、仕方のない事だと答えたと思うなら、右側の扉へとお入りください」と言う。
「最後も二択か……普通に考えれば悲しい事、だけど……」
泉凪はそう呟くと、いつの日かの文月とのやり取りを思い出す。
『……文月? どうしたの?』
とある座学を行っていた時の頃。
どこかぼんやりと、池を見つめている文月を見かけ、声をかける泉凪。
泉凪に声をかけられた文月は、ゆっくりと泉凪の方を振り返り『……あぁ、泉凪か』と言うが、その表情は何処か悲しそうだ。
『顔色が良くないようだけど、何かあった?』
泉凪の問いに、一瞬、迷ったような素振りを見せるも『……幼い頃からボクの面倒を見てくれていた人が亡くなったんだ』と話し出す。
そんな文月の話に、泉凪は黙って静かに耳を傾ける。
『年齢も年齢だし、元々、持病があったから、分かってはいたんだけどね。大切な人が亡くなるのは初めての事だったし、何だか、あとこう言う事が何百年も続くのかと思うと、なんか虚しくなってしまってね……神力者として生まれた以上、仕方がない事だけどね』
(あの時はそうやって言っていたけど……何百年も生きて行く中で、大切な人たちを見送って来た今は、どうだろう。仕方がない事だと思えるのだろうか)
泉凪はそう考えると、静かに真っ直ぐ前を向き、足を一歩出す。
どうやら、開く扉を決めたようだ。
(何百年も生き、大切な人を見送って来たからこそ、きっと、仕方がない事だと答えるだろう)
泉凪は、泉凪から見て右側の扉を開く。
(割り切っているからとかでは無く、諦めているからとかでは無く、きっと文月も私も自分にそう言い聞かせているのだと思う)
長寿なことは幸か不幸か。
それは人それぞれで答えなどはない。
けれど少なくとも、泉凪と文月からすれば心から幸せと言えることではないものなのかもしれない。
そしてそれらを恨みながら、悲しみながら生きて行くのはやがて心が壊れてしまう。
だから〝仕方のない事〟だと自分に言い聞かせ、心の奥底にある感情に目を向けないようにしているのかもしれない。
少しでも視界にいれてしまえば、今まで隠して来た感情に視界を遮られ、そして何も見えなくなってしまうから。
扉を開くと、眩しい光が入ってき、思わず泉凪は目元を手で覆う。
だが直ぐに、目を開けるようになりゆっくりと開くと、そこは綺麗な花畑が広がり、蝶が舞、穏やかな空気が流れた場所だった。
「穏やかな場所だな」
泉凪がそう呟きながら歩いて行くと、何処からか「泉凪」と呼ぶ声がした。
声のした方を振り返れば、そこには何だか嬉しそうな表情を浮かべる文月が立っており、泉凪と「文月!」と嬉しそうな表情を浮かべる。
「まさか、全問正解して来るとはね。君はよく周りを見ているから、得意だとは思っていたけれど……何だか嬉しいね。」
そう笑う文月に、泉凪は「私も、想像以上に文月に会えた時が嬉しかったよ」と笑う。
「お題は難しかったかい?」
「うーん、最後のはね」
泉凪の言葉に文月は「……そうか」と眉を顰め笑う。
「無事に会えたら、扉が出て来るからその扉を開いたら、競技場へと行けるらしい。早く戻ろう。もう、ここに居るのは飽きてしまってね」
「何もする事がないから、思わず試験中に眠ってしまいそうだったよ」と言う文月に、泉凪は「暖かいしね。眠るのに絶好の場所だね」と言う。
「あ、あれじゃないかな?」
競技場へと戻るための扉を見つけた文月は、そう言って扉を指差す。
「本当だ。それじゃあ帰ろうか」
「また戻れば、もう一度試験をしなければならないと思うと、気が滅入ってしまうね」
「そうだった。忘れてたよ」
泉凪の言葉に、文月は「忘れてたって……」と苦笑しながら、二人は扉を開き扉の中に入って行く。
「あ、泉凪様だ!!」
競技場へと無事に戻って来た泉凪と文月を見た泉は、嬉しそうにそう言い、その隣で凪も嬉しそうな表情を浮かべている。
「ふ、文月様……!」
同じく、従者用の席に座り、試験を見守っていた文月の従者も文月の姿を目にし、安心したように笑う。
「月花様、風音様、おめでとうございます。無事に、お会いする事ができたお二方に、神守石を贈呈致します」
空澄がそう言うと、百合は泉凪と文月にそれぞれ神守石を「おめでとうございます」と渡す。
「他の当主の皆様がまだお戻りになられていませんので、それまでお身体を休まれていてくださいね」
百合の言葉を聞き「ボクたちが一番だったんだ」と呟く文月。
泉凪と文月が一番初めに帰ってき、他の当主らが帰って来るのを座って待つ。
そして泉凪と文月が帰って来てから十分が経った頃、再び扉が開いた。