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家出娘とボケ老人  作者: 杉下栄吉
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群がる男たち

8、群がる男たち


 トー横広場の端で涙を流しながら抱き合っている2人に声をかけてきたのはカメラマンとタレントという感じの2人の男たちだった。

「君たち、抱き合ってどうしたの。寂しいのかな。僕たちはテレビのバラエティー番組の取材クルーなんだけど、少し質問してもいいかな。」と話しかけてきた。愛も幸子もこういう輩に取材されてテレビに出てしまうと家族に居場所がわかってしまうのが嫌だった。

「カメラに映るのはだめなの。」というとC調言葉のマイクを持った男は

「大丈夫、大丈夫、顔にはモザイク掛けるから。安心して。」と軽いノリで続けてくる。顔モザイクと聞いて少し安心したのか警戒を緩めると、許していないのに質問を浴びせてきた。

「何歳なの?」

「14歳」

「初体験はいつでしたか。」

「まだだよ。14歳だよ。」

「最近の子はみんな早いからね。向こうに車を用意してるんだけど、車でインタビュー続けませんか。当然謝礼は出しますよ。」と誘ってきた。かなりやばい奴らだと感じた愛は拒絶した表情をして幸子をさらに強く抱きしめて

「行かないよ。あんたたち、悪い人でしょ。話しかけないで。」と動かないことをアピールした。

 それから同じような輩が3組ほど声をかけてきた。みんな愛や幸子のことをかわいそうな女の子としては見ていない。ただ、女としての肉体を持ち合わせている少女としてしか見ていない。できればその若々しい肉体でお金儲けができないかと狙っているハゲタカに過ぎなかったのだ。新宿歌舞伎町はそんな男たちが作り上げた商品取引所なのだろう。

何件かの声掛けを断って次に声をかけてきたのは、黒っぽいタキシードを着て髪もきちんと整え、薄い化粧を施したイケメンの20歳前半の男性だった。愛も幸子もかなり怪しい雰囲気だということには気づいたが、優しそうな微笑みに少し警戒心を緩めたかもしれない。そのイケメンが

「2人ともどうしたの?涙なんか流して。かわいい君たちのような女の子には涙は似合わないよ。さあ、これで涙を拭いて。」と言ってポケットからハンカチを2枚出して2人にそれぞれ渡した。愛はそのハンカチで目尻の涙を拭うと、そのハンカチの香しい匂いに気づいた。

『上等の香水を使っている。母の使っている物よりもずっと上品な香りだ。男性がこんないいにおいをさせるなんて。』と感じていると彼は追い打ちをかけるように

「何があったかは特に聞かないけど、2人とも家や学校がいやになってここに来たんだろ。ここは親や嫌なことを全部忘れさせてくれるから、いっしょに楽しんでいこうよ。みんな同じような子たちばかりだから、恥ずかしくないよ。ほら、あそこで音楽をかけて踊ってる子、3日前に鹿児島から出てきたんだ。初めは暗い顔をしてたけど、今じゃあんなに明るい表情で踊ってるだろ。家にいると世間の常識に縛られてあれしちゃだめとか、これしなさいとか命令されて自分を表現できないけど、ここでは自分を解放して自由に表現できるのさ。」と言って周りの子たちの様子を説明してくれた。愛はその話に大いに共感し、自分を表現できずにネットのゲームの仮想空間に閉じこもっていた自分を否定したくなった。何かを変えなければ。そんな意識が芽生えてきたところで、彼は本題に入って来た。

「君たち、今日はどこにも泊まるところないんだろ。ホテルに泊まりたくてもお金もないし、未成年だから身分証を提示するように求められるしね。2人とも僕の部屋に来るかい。」と誘ってくれた。愛は男の人の部屋に行くことにためらいがあったが幸子の方を見ると頷きながら

「愛ちゃん、この人良い人みたいだよ。2人一緒だから怖くないよ。いっしょに泊めてもらおうよ。」と一緒に行くことを誘ってきた。午前5時を過ぎ、寒さはさらに身に染みてきた。布団に入って寝たいし、お風呂に入って下着も変えたい。紳士的で優しそうな人だし、何といっても幸子ちゃんもいる。愛は決断し

「幸子ちゃんもいるから大丈夫だよね。」と言って彼の部屋に行くことを同意してしまった。その様子を遠くから見守っているだけの老人は3人が広場から出ていく様子をだだじっと見ていた。

 歌舞伎町からしばらく歩いて明治神宮近くの住宅街のマンションに着くと

「ここだよ。」と言ってエレベーターに乗るように言われた。愛が先にエレベータに乗ると男は愛の死角になるエレベーターの脇で幸子にお金を渡している。その様子を全く知らない愛は疑うことなくエレベーターの奥で荷物を確認している。

男がエレベーターに乗り込むと15階のボタンを押し、扉が閉まろうとした。しかし幸子が入ってこない。

「幸子ちゃん、行かないの?」と声掛けしたが返事がなかった。幸子はすでにどこかへ消えてしまったようだった。愛は激しい不安を感じ、男性の表情を見た。男性は愛の手を握り近づいてくると愛を抱き寄せ、キスしようとしてきた。愛は必死に押しのけて彼の手を払いのけようとした。その時、エレベーターのボタンを押し、閉じかけたドアを開けて中に入って来た老人がいた。

「さっきの女の子にお金渡しただろ。彼女も最初からグルだったのか。」と言うと若い男は急に白けた感じに表情を変え

「お爺さん、何言ってるんだよ。人聞きが悪いだろ。僕がこの子をだましているみたいじゃないか。」と爺さんに言うと爺さんは

「人をだましてはいけない。人として大事なのは思いやりだ。この子はまだ子供だ。もっとこの子の気持ちを考えて行動しなさい。この子は嫌がってるだろ。」というと若い男は

「何を寝ぼけたこと言ってんだ、爺さん。とっととどっか行ってくれ。」と叫んで爺さんを突き飛ばそうとした。お爺さんはよろめいて倒れそうになったが、手に持った緊急用のブザーのひもを抜いた。マンションの入口ロビーでけたたましいブザーの音が響き、1階の住民がすぐにでも出てきそうな雰囲気がした。若い男はいたたまれずにその場を立ち去って行った。爺さんはブザーのスイッチのひもを元に戻し、音を止めると愛に

「愛ちゃん、わかったかい。君の気持ちを理解して話を聞いてくれる人はあそこにはいないよ。寄ってくるのは悪い奴ばかりさ。さあ、逃げよう。またあいつが仲間を連れてきたら大変だからね。」と諭して歩き出した。しかしその時お爺さんは

「車をどこに駐車したかわからなくなってしまって、愛ちゃんに来てもらいたくてずっと見ていたんだ。駐車場まで案内してくれないか。」と懇願してきた。トー横にいる間、愛のことをずっと見守っていたのは心配だったからかもしれないが、車に戻れなかったことが本当の理由だったのだろう。2人は歌舞伎町に戻り、そこから来た道をたどり、コインパーキングまで戻り、車に乗車した。


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