TO横キッズ
7、TO横キッズ
歌舞伎町入口のゲートを抜けようとすると2人のアンバランスなカップルに様々な客引きの男たちが声をかけてきた。老人にはキャバクラやヘルスなど風俗店の呼び込みが中心だった。しかし80歳の老人は歌舞伎町には不釣り合いで、一言だけは声をかけるが、顔を見て年齢を推測すると深追いはしてこなかった。しかし14歳の愛にはホストクラブや風俗のスカウトたちが群がってくる。
「お嬢さん、いくつ?」と声をかけてくると愛は
「14歳です。」と答えると普通なら未成年に関わると難しいご時世なので引き下がるのが普通だが、この歌舞伎町のスカウトたちはそんなことにはめげない。14歳のあどけない清楚な表情の中に将来的な可能性を見出し、どこまでもついてくる。ようやく彼らを振り切り目的のTOHOシネマ新宿の横の広場に到着した2人は唖然とした。ものすごい数の少年少女が集まっているが、その何倍もの大人の男たちが群がって話しかけている。少年よりも圧倒的に少女たちの数がすさまじい。全国から居場所のない少女たちが集まるとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった愛は呆気にとられ言葉を失った。群がる男たちは中学生や高校生の女の子たちを物色し、話を聞いているがナンパできないか様子をうかがっているようだ。
愛は群がってくる男たちには用がなかった。同じような境遇の女の子と話がしたくてここまでやって来たのだ。周りを見回して寂しそうな女の子を探した。ほとんどの子は大人の男がぴったりくっついて話しているので話しにくかったが、壁際の方にたたずむ中学生風の女の子が下を向いて座っているのが見えた。3月の真夜中で寒さが身に染みたが、彼女はダボダボのスエットを着て、上から薄手のコートを着ているだけで、寝室から寝間着のままコートを羽織って着の身着のままに出てきた感じがした。ただ愛も紺のミニスカートに素足を出して、Tシャツの上から白いダウンジャケットを着ているだけなので、寒そうに見えるのは同じくらいだった。愛が恐る恐る近づいて
「よかったら話しませんか。」と言うと相手の子は
「いいよ。何処から来たの?」と問いかけてきた。久しぶりに声を出して話したのか人と話せるのがうれしいようだ。愛もネット上ではない生身の女子と話すのは久しぶりで、声を聴けるだけでうれしかった。
「愛知県の豊田から来たの。昨日の昼に家出して、名古屋に出たんだけどいろいろあってあのお爺さんと一緒に東京まで来ちゃったんだ。ここへ来れば居場所がなくてつらい思いをした子がたくさんいると聞いてここを目指して来たんだ。」と概要を話すと彼女も
「私は新潟から来た幸子よ。昨日家出してその足でここへ来たんだよ。不幸せのどん底なのに幸子って皮肉だよね。あなたはどんな事情を抱えているの?」と聞いてくれた。愛は幸子が不幸せのどん底って言う事情を聴きたかったが、まずは自分のことから話さないと失礼かなと思い、落ち着いて話し始めた。
「実はね、父親も母親も自分の仕事のことで忙しくて、私が保育園児の頃からほとんどいっしょに食事したことがないの。兄は勉強ができるから両親の期待を背負っているけど、私はあまり勉強ができないから、見放されているわけ。そこに追い打ちをかけるように勉強できるはずの兄が私のお風呂場をのぞいて私は裸を見られちゃったんだ。兄との絆も途切れてしまって、ショックって言うか居場所がなくなったというか、もう家にいたくなくなったのよ。それでネットで知り合った友達に相談しようと名古屋市内で会おうとしたら、なんとそいつは30代の男でまだ中学生の私をホテルに連れ込もうとしたんだ。もう誰も信用できなくなってしまってここまでたどり着いたの。」と一気に話した。愛の話を聞いて幸子は
「受験勉強で忙しいお兄さんもやっぱり若い男の子だから、女の子の裸には興味があるんだろうね。でも覗かれるというのはショックよね。お父さんやお母さんはもしかしてエリート社員なの?」と優しそうな顔で聞いてきた。愛は頷きながら
「まあ、いわゆるエリートかな。2人とも東大出身だし。大学で知り合って結婚したんだって。母親は最初東京で就職したけど父親が就職した愛知県に結婚のためにやってきて、再就職したんだって。でも私が保育園を終了するころから母親も会社で昇進する道を選んで、仕事に邁進するようになったらしいんだ。だから私とすれ違うようになってしまったんだ。兄はそのころもう小学校3年生になっていたし、学校の後は塾に直行してたからそう寂しくなかったんだと思う。」と言うと幸子は
「大変だったね。小学校6年間と中学校に入って2年間、ずっと寂しかったんだね。元気を出してね。私は小さいころから父親のDVに苦しんできたの。本当の父親ではないけどね。私が幼いころに母が離婚して、しばらくしたらその男と再婚したんだけど、しばらくすると母に子供が出来てその男にとっては私が邪魔になったみたい。さらに不景気でその男が仕事を辞めさせられて、家にいるようになるとお酒ばっかり飲んで毎日殴られたわ。そのうちお母さんにも私を殴るように命令して、お母さんまで私を殴るようになり、私は学校にいる時だけが安心できる時だったの。でも中学生になりまわりのみんなと話題が合わなくなっていじめられるようになると、学校にも居場所がなくなったの。それで私もここへきて誰かと話したかったんだ。」と悲しい身の上を話した。彼女の話を聞いて愛は自分よりもすごい境遇に耐え抜いてきた少女がいることに驚きを隠せなかった。そして幸子の顔をまじまじと見ながら
「幸子さん、この耳の下の黒くなってるところは殴られたあざなの?」と聞いた。すると幸子は
「え、そんなところもあざになってるの?いやだな。昨日の暴力は凄まじかったから、気がつかないところまであざになってるんだ。やられた後、すぐに出てきたからどれくらいケガしたのかも確かめなかったしね。」とさばさばしている。愛は彼女のあざを見てさぞかし痛かっただろうなと想像して彼女のことを同情した。すると何だか自分のことがそんなに不幸せではないような気さえしてきた。自分に比べれば幸子はもっと悲惨な人生を送っている。自分はまだましな方だ。しかし幸子は
「愛ちゃん、ダメだよ。あんただって十分不幸せだよ。自分の境遇を肯定してしまったらだめさ。」そんな話をしながら2人はお互いに感情を共有し、やがて涙を流しながら抱き合っていた。