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家出娘とボケ老人  作者: 杉下栄吉
5/12

救出

5、救出


 栄の駅について地下から地上に出るとやはり豊田と名古屋の違いは激しかった。名古屋に来たのはひとつ大きな目的があった。いつもゲームで仲間として協力して戦っていた“自律神経失調症”さんに会うためだった。ネット上で出会った人と仮想空間ではなく実際に会うことが危険をはらんでいることは学校で何回か習った。しかし愛の心は誰かに癒してもらわないと立ち直れないくらい崩壊していたのだ。両親とはほぼ断絶状態、唯一信頼していた兄にはお風呂を覗かれ信じられなくなり、家族が崩壊した。

 栄に着くとさっそく“自律神経失調症”さんに連絡を取った。3月24日の午後とだけゲームのチャットで連絡は取っていたが、到着したらメールをするということになっていたのだ。

「今、栄に着いたよ。何処で待ってればいいの?」とメールを打つとすぐに彼女から

「私も近くで待ってたよ。それじゃ三越デパートならわかるでしょ。そこから見える?」と帰ってきた。愛は名鉄の地下から出てきた出口近くにいたが、三越デパートと言われて周りを見渡すとすぐ近くの大きなビルの側面にローマ字でMITSUKOSIという文字を見つけることが出来た。そこで

「見つけたよ。三越デパートに行けばいいの?」と打ち込むと

「一階にティファニーという宝石販売店があるからそこで会いましょう。私は白いスカートに緑のトップスだよ。あなたはどんな服着てますか。」と聞かれたので

「紺のミニスカートに白いダウンジャケットを羽織っているわ。」と打ち込んですぐに三越デパートに向かった。デパートに入ると3月の肌寒さからようやく解放され、心地良い温度になっている。ダウンジャケットの前のファスナーを下ろして中に来ていた長袖Tシャツの胸のロゴが顔を出した。一階フロアをうろついてティファニーを見つけるとまず白いスカートに緑のトップスを探した。しかしまだ来てないようだ。仕方がないので華やかなショーケースの宝石類や時計などを見ていたが、14歳の少女にはあまり興味のあるものではなかった。ただ値段には興味があり、0の数を数えてそのたびに「一十百千万十万百万」と桁を数え、手の届かない値段に驚きを隠せなかった。店員が近づいて来て声をかけてくるが、「見てるだけです。」と断ってはいるが、中学生が平日の昼間に宝石店を訪れるのはあまりにも不自然だった。最後のメールから30分以上たったが彼女が現れる気配がなかった。もう一度メールをするが返事もなかった。騙されたのかなと少し諦めかけた頃、愛の背中越しに声をかけてきた男性がいた。

「ラブちゃんですよね。僕が自律神経失調症です。」と名乗って来たのはどう見ても30歳くらいのオタク風の男性だった。メールやチャットでは女性のような言葉を使い、さっきは白いスカートに緑のトップスと言っていたのに、現実はコットンパンツにチェックの長そでシャツ、リュックサックを背負い眼鏡をかけている。愛は

「女だと思っていたのに騙したんですか。」と思わず言ってしまった。彼は

「騙すつもりはなかったんだけど、一方的に君が僕のことを女性だと決めつけて来たから成り行き上、そのまま女性に成りすましてしまったんだよ。」と言い訳をしている。さらに彼は

「とりあえずどこかで話そうか。」と言ってデパートを出て近くのカフェに行こうと言われて歩いていると同じように歩いてくる男性がもう一人いる。益々怪しいと感じている愛を連れて彼は栄の裏通りの歓楽街へと進んでいった。このあたりは飲み屋も多いがビル丸ごと風俗関係の店だったり、ラブホテルがあったりする。

「どこにカフェがあるの?」と問いかけると

「もうすぐだよ。」と言っていたが昼間でもきらびやかな看板が光るホテルの前で

「この2階だよ。」とエレベーターに入るように誘導してきた。いくら中学生で世間知らずと言っても怪しい店の入口であることくらいは察しが付く。しかも後をつけてきたもう一人の男が愛の手を持ってエレベーターに押し込もうとしている。愛は絶体絶命のピンチに陥ってしまった。

 その時、愛たちの様子を見て声をかけてきた男性がいた。

「君たち何をやっているんだ。さっきから見ていると、この子は嫌がっているじゃないか。君たち男の子は女の子に優しくしなくちゃいかん。相手に対する思いやりが大切なんだ。わかったか。」と声をかけてきたのは老人男性だった。しかし何かピントがぞれている。14歳の彼女は今まさに貞操の危機なのに、この老人は道徳の授業のように思いやりを説いている。男性の一人は

「じいさんは黙っていろよ。この子は俺たちの仲間なんだよ。」と言ったが老人は

「嘘を言っても先生の目は誤魔化されんぞ。その子の手を放しなさい。」と大声で言って持っていた小中学生用の緊急ブザーのスイッチを引き抜いた。午後の栄の歓楽街に緊急サイレンのような大きな音が鳴り響いた。近くの歩行者たちは驚いた様子で音がする老人と若者たち3人の方を怪訝な表情で見ながら歩いている。若い男性たちは

「爺さん、わかったよ。もうわかったからその音を止めてくれ。」と言いながら退散していった。愛は老人の顔を見て見たことのない人だなと思ったが危ないところを助けてもらったので

「お爺さん、ありがとう。お爺さんはどこから来たの。」と問いかけた。すると

「わたしか?さあ、どこから来たんだろうな。とにかくこの車でここまで来たんだよ。」と素性を隠しているように思えた。愛はさらに

「お爺さん、名前は?」と聞くと

「さあ、何という名前なんじゃろうな。」と的外れな答えしか返ってこない。愛はすぐにこの老人が認知症だろうと想像できた。でも老人が乗ってきたと言う車はなかなかの高級車で青い車体がきらきら光っている。洗車したばかりのような輝きだ。

「お爺さん、本当に運転できるの?」と今度は少し馬鹿にしたような口調で話した。

「何を言うんだ。先生を馬鹿にしてはいけないぞ。先生はな。」と言ったところで

「お爺さん、先生やってたんだ。だからさっきも先生は騙されないとか言ってたもんね。この車は先生の退職金とかで買ったのかな。」とすこし笑顔で話した。お爺さんはその笑顔が気に入ったのかいっしょに笑い始めた。笑いながら愛は車のナンバープレートを見て

「お爺さん、福井の人なんだよ、きっと。ナンバープレートに福井って書いてあるよ。」と教えた。お爺さんは

「福井だったかな。とにかくずっとまっすぐ走って来たんだ。」と言った。その時家出してきた愛の脳裏に家出した少年少女たちがたくさん集まる新宿のニュースが浮かんだ。そしてお爺さんに

「ねえ、お爺さん。ここまで来たついでに東京まで行かない。新宿に家出した子供たちが集まる場所があるから、お爺さんが行ってみんなに説教してやらないといけないよ。」とお爺さんが新宿の少年少女たちに求められているように話した。するとお爺さんは

「それは私が行かなくてはいけないな。君は道がわかるのか。」と聞くと愛は

「今は携帯さえあれば道案内もしてくれるから大丈夫だよ。」とお爺さんを安心させた。ここから家出娘とボケ老人の冒険が始まった。



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