表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家出娘とボケ老人  作者: 杉下栄吉
4/12

家出

家出


 愛の不登校はますます深刻になっていった。昼夜は逆転し朝9時ごろに寝て夕方5時ごろに起きる。母親が部屋の前に用意してくれた朝ご飯を食べてから眠りにつき、夕方5時ごろに台所に出て自分で夕食のような昼ご飯を食べ、深夜11時過ぎに母親が台所に準備して置いてくれた晩御飯を電子レンジで温めて食べた。家族との会話はほとんどないがゲームをしながらチームのみんなとチャットで話している。世の中の情勢は携帯のネットニュースでしっかりとチェックしている。ただチームのみんながハンドルネームなので何歳くらいの人で男性なのか女性なのかわかっていない。

 その日も夜8時ごろ、ゲームのステージに入ると何人か集まっていた。愛のハンドルネームは“ラブ”である。ラブがチャットで

「今日も学校を休んだけど、うちの親、もうあきらめてるし。」と打ち込むとそのチャットを見ていた“自律神経失調症”さんが話しかけてきた。

「親が干渉しすぎるよりもいいんちゃうかな。」と書き込んだ。そこで愛は

「小学校入学の頃からほとんど親らしいことしてこなかったのに、今になって学校行けとか、生活のリズムを整えろとかうるさいんだよ。」と書き加えた。それを見て“かわいい子猫”さんが参入してきて

「ラブちゃんはこれからどうしたいんだい?」と言っている。愛は

「これからの事なんか何も考えてないけど、親に何か言われると耳が熱くなるの。わかるかな」と続けた。“かわいい子猫”さんは

「耳熱くなるのはわかる。それって反抗期の特徴だよね。」と冷静に返した。愛は少し違和感を感じて

「かわいい子猫さんは何歳なんですか。もしかしてとっくに反抗期終わった感じですかね。ついでに聞くけど女性ですか。」と聞いてみた。そこから“かわいい子猫”さんはしばらくチャットに参加しなかった。愛は“かわいい子猫”さんは30台の男性かもしれないと感じていた。ネットで知り合う人を信じ込んではいけない。これは中学校1年生の時に学校で受けた視聴覚教育の一環で講演を聞いた時に講師の先生が言っていたことだった。

 とりあえず午後9時ごろからは今日の対戦が始まってこのチャットのことはしばらく忘れてしまうことになった。しかし愛の両親に対する気持ちは変わらなかった。何を言われても腹が立ち、耳が熱くなり、顔も見たくなかった。

 決定的な事件が起きたのは3月だった。中学2年生も終わり、まともに学校に行っていれば2年生の終業式が行われるような時期に愛にとってショッキングな事件が起きてしまった。夕方5時に起きた愛は誰もいない台所で冷蔵庫の中身を確かめて使えそうなものがないので、インスタントラーメンを作って食べた。その後部屋で本を読んでいたが、兄の剛が帰って来る前にお風呂に入ってしまおうと、お風呂のお湯をためて入ることにした。兄は16歳の高校2年生だが、受験体制に入っていて高校の授業が終わるとその足で名古屋市内の有名学習塾で勉強してから会社帰りの母の車で帰ってくるので、毎日家には母といっしょに10時ごろにしか帰ってこない。8時ごろにお風呂に入った愛はゆっくりとお風呂を楽しんだ。シャンプーや洗体を終えても半身浴で汗を流してデトックスに励んだ。1時間くらい過ぎた頃、脱衣場の方で物音がしてすりガラスの向こうに人影らしき物が見えた。愛は一瞬強張ったが思い切って小さな声を出した。

「誰?誰かいるの?」と呼び掛けたが返事はなかった。気持ち悪かったが裸で出ていって様子を見るのも恥ずかしかった。気のせいかなと感じつつも、もしかしたら兄の剛が塾を早退して早めに帰ってきたのかも知れない。そう思うと泥棒ではないかもしれないと思い少し安心した。

 半身浴を途中でやめ、お風呂から上がることにした。脱衣場に上がってみると何か違和感があった。下着の位置が変わっているような気がする。確か脱いだ下着は籠に入れたし、洗濯済みの下着をスエットの下に隠したはずだった。しかし脱いだはずの下着も新しい下着もスエットの上に乗せられている。やっぱり誰か入って来たのかもしれない。そう確信した愛は体を拭いて下着を履きブラをつけようと正面の鏡を見た。すると廊下側のドアが少し開いていることに気が付いた。思わず愛は大声上げそうになったがその声を飲み込んだ。ドアの隙間から誰かがのぞいていたが、明らかによく知っている人物だったのだ。ドアの向こうの人物は見つかったことに気づかず、足音を忍ばせてリビングから2階に上がっていった。

 愛はショックを受けたが冷静に着衣を整えると2階の兄の部屋へ向かった。

「おにいちゃん、今日は早いんだね。さっきさ、私がお風呂入っているとき脱衣場に入ったでしょ、わかってるんだからね。それに廊下から私の裸を覗いてたでしょ。お兄ちゃんがそんなことするなんてショックだわ。」と失望を隠せなかった。兄の剛は

「バカなことを言うな。妹のお風呂なんか覗かないよ。」と顔を赤らめて反論してきた。でも愛はドアのすきまから覗く見覚えのある目を見間違えるはずがなかった。

 この事件は両親に報告されることはなく、兄と妹2人だけの秘密になった。しかしこの事件がきっかけとなって愛にとっての家族が崩壊していった。最後の砦だった兄との関係もなくなってしまったのだ。

 翌日の昼、家に愛以外、誰もいない時間帯にわずかな荷物をリュックサックに詰め込んで、愛は家を出ると近くの名鉄豊田駅に徒歩で向かった。豊田駅から名古屋市の中心地である栄までは名鉄で約1時間。14歳の少女はまだ肌寒い3月の終わりの平日、紺のミニスカートに上は白いダウンジャケットを着て周囲の年配客の中でひときわ浮いている。普段からあまり外に出てないこの少女の足は色白で細く長く伸びているので、周りの大人の男性たちの好奇の目を集めていた。少女はその未熟な知識で「栄に行けばなんとかなる。」と思い込んでいた。

 1年間に行方不明になって捜索願が出される数は全国で約8万人。70代、80代の高齢者も多いが、それ以上に多いのが10代と20代の若者である。2021年の調べで10代の行方不明者が13500人、20代の行方不明者が15700人で高齢者の認知症行方不明よりも若者の家出行方不明者の方が多いという結果が出ている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ