まあいくらでもどうぞ
「これで強くなれるんですか?」
「以前、仲間が食べていた時は強くなっていたはずです」
さっきミナレさんに食べさせたのとは違う、少し穴の開いたチーズ。
「その仲間たちはそれで何を倒した」
「デュラハンを二匹」
「……そうか」
荒れ果てた屋敷に住むその二匹のデュラハン。元々は名のある剣士とかで戦争に巻き込まれ、人殺しの楽しさに憑りつかれて処刑されてなお戦いをやめられなくなったって言う話らしい。らしいと言うのは、全部アックーから聞いた話だからだ。
「とにかくその戦いによりまだ無名だった俺らのパーティは一気に名前を売り、出世街道を駆け上がったんです。俺はいつも脇役と言うか雑用係でしたけど」
「本当に大変なんですね」
ヤヤさんが感心したように首を縦に振る中、ミナレさんは俺のチーズの穴をじっと見つめた。どうしてこんな風に穴が開くのか、俺にはわからない。アックーにはお前みたいな欠陥品らしいとか言われたけど、おいしくて役に立つならば別にいいじゃないかとしか言えない。
「食べたら強くなれる事はわかった。まず私から試していいか」
「わかりました」
で、その目線のままミナレさんは俺に向かって頭を下げ、チーズをゆっくりと手に取った。
強引に奪おうとせず、ちゃんと手のひらに乗せた。
「うむ、美味だ。少し塩辛いが、疲れている体にはちょうどいい」
その上でよく噛んで呑み込むミナレさんは、正直美人だった。
「で、ノージ。思いっきり私を殴って欲しい」
と思いきやそんな事を言い出すんだから訳が分からない。
「俺の事をそんなに」
「大丈夫、信じているからだ」
信じていると言う言葉を信じるように、俺は殴った。
どこをやればいいですかと言う俺の質問を先取りするかのように腰を前に着き出したので、自分なりに思いっきりやった。
「痛いです……」
「ふむふむ、あらゆる意味で素晴らしい結果だ。その痛みについてはどうか容赦願う。とりあえず村長殿、このノージの反射神経と頭の良さ、そして真面目さについては評価してもらいたい」
「いやはや、大したものですなあ」
鎧のある所を攻めても意味がないと思った俺は、思いっきり鎧のない左腕を殴った。
まるで、骨じゃなくて鉄を殴っているように痛い。しかもそれでいて、よく弾む。筋肉としての機能も失われていない。
「これはどれほど持つのだ」
「よくわかりませんけど、前いた時は最初に食べた時から一週間ほどルワーダがほとんど無傷だったんでそれぐらいかなと、でもルワーダってかなり強いですし」
「一週間か……なるほど、それならばいいな。ノージ殿、どれほど出せるんじゃ」
「わかりません、何せ三、いや四人パーティだったので」
当たり前だが、同じ味のチーズをいっぺんに何個も食べる事はない。せいぜい二個か三個で、その時も確か一個だった。
「どれだけ出せるかわからんが、ありったけのそのチーズを頼む!な、頼む!」
と思ったらいきなり、村長様が頭を下げて来た。
と言うか両手を地面に付いた!
言葉こそ村長の口だけど態度が村長のそれじゃない……!
「あの」
「父様は本当に素直な人。この村のためになるとわかれば平気で何でもする。だから私は好きなんだけどね」
ヤヤさんは笑っている。そしてシューキチさんに従うように土下座をした。ただし、かなりゆっくりと。
「わかりました。出せるだけの数は出しましょう」
「ありがたきお言葉!これで村人たちの仇も討てます!」
そして、泣く。本当、かっこいいっつーかきれいだよな。潔くてさ。
ここまでされたらやるしかないじゃないか。
「これで強くなれるのか?」
「ああそうだ!」
俺は次々と穴あきのチーズを作り、行列を作ってくれた人たちに手渡す。ミナレさんと村長さんが行列を崩したらなしだと言ってくれたおかげか皆さん丁寧に並び、一人一つずつ丁寧に受け取る。
「でも無限に出せるのか」
「わかりませんけど」
「でもどうする?戦えそうな男の人優先にする?」
「いいや、弱いと思っていた女子供老人が思ったより強くてあれ?となるというのは悪くない、なるべく多くの家に配ろう」
村長さんの言葉に従い、きっちりと並び直す。本当、こんな立派な村長さんの要る村がどうして苦しめられなくちゃならないんだろう。
「あのこれって、半分でも効果ありますか」
「試した事がないのでわかりませんが、それなりにはあると思います」
中には俺が作った奴を半分に割って夫婦や親子で食べる人もいた。それがいいのか悪いのか、俺にはわからない。
それでも俺は、とにかくチーズを作る事しかできなかった。この村の人たちのために。
やがて日が暮れかかる頃に、行列はなくなった。
「いやあ本当お疲れさまでした!」
「って言うか父様、自分たちのは」
「おおすまんすまん、悪いがわしとヤヤにも、いやヤヤとわしにも」
「もちろんありますよ」
俺はもう二枚穴あきチーズを出した。
村長さんとヤヤさんもチーズを頬張る。本当においしそうに、いやそれ以上に嬉しそうに。こんな顔、見た事がない。
「もう無理か」
「いや、あとちょっとぐらいなら……」
「ならそなたも食べろ」
それに満足していると、いきなりこんな事を振られた。
「でも」
「でもではない。これは依頼だ、どうか」
ミナレさんまで手を下げてお願いしようとするもんだから、俺は穴あきのチーズを作り、口へと放り込んだ。
「……美味だろう」
「食べ慣れてるんであまり感じません。でもなんだかすごくよく眠れそうです」
「それはちょっと困るな、今夜来るかもしれないのに」
「えっと……」
「何、やる事はやった。後は私たちに任せてくれ」
ミナレさんは高笑いするけど、俺は本当申し訳なかった。
って言うか、自分がこんなにも役に立てるのか、気持ちいい疲れってのを感じて眠りたくなった。まあ、許されないけど。