死と死
「もう決着は明らかだ!」
「黙りなさい!黙りなさい!黙りなさい!」
「もはやなすすべなどない事、明白なはず!おとなしく降伏しろ!」
キミハラ様は妹を指差しながら怒鳴る。敵のいなくなったリンモウ村とオカマゴ村の村人たちを控えさせ、自らの手で双子の弟と妹を止めようとしている。
「じゃあ今すぐその妹気取りのインチキ聖女をぶった斬ってよ!」
「お前の望みはハラセキの不幸か!」
「ああそうよ、あの女のせいで私は美貌を失い父は病に倒れ母は死んだのよ!それにギビキとか言う腕利き冒険者だってこいつに殺されたようなもんじゃないの!」
もちろん、それが通じる相手でもない。
「お前を助ける気があるのはもうハラセキのみ!その手を薙ぎ払って何を掴む!」
「ハラセキはお前を姉、いや姉上様と呼んでいる!それの意味が分からんのならお前に生きる価値などない!」
ハラセキはなお、こんな女を助けようとしている。おそらくはキミカッタも。
それこそ聖女って奴であり、褒め称えられるべき人間って奴だ。
「どうしてよ兄上、キミカッタ兄上」
「ブラックチーズはもうないんだよ、こいつらが師匠様を殺したせいで」
「兄上の敵を殺すためならば私だって魔物になります!」
それでもなお、出て来る言葉はこれだけ。
ブラックチーズ。アックーをこんな姿にしたチーズの事か。
禁断の最終兵器って言うより、例え使えたとしても死んでも使いたくないチーズ。
「あほくさ、俺なんかの力であっという間に破られたシロモノじゃねえか」
でもその顛末は全滅とまでは行かないにせよ、少しばかりニュートラルチーズを粉にして振りまいただけで大半が消えてしまった程度のチャチな仕掛け。そんなんで一体何をする気だか。
「うりゃああああ!!」
「何だ!」
そんなあきれ顔の俺に向かってくる、氷の魔物。
「アイスゴーレム!?」
「まだ魔物がいたのか!」
オユキ様を幽閉していた城にいた、アイスゴーレム。
「うわあ、まだいるの!?」
「どうせ誰かがブラックチーズを食べたんでしょう!オユキ様!」
「わかった!」
オユキ様は雪の結晶で固めて細かくしたニュートラルチーズの粉をアイスゴーレムに向けて振りまく。
真っ白な氷が空に舞い、アイスゴーレムの肌や口に入り込む。
あっという間にブラックチーズとやらの力もなくなり……
「効かない!?」
だが、止まらない。と言うか効いていない!
「まだ終わってなんかいないから!」
「まだ終わってないで全てを失う気か!」
「そうだ、そうだそうだ、そうだそうだそうだ……俺、たちは、まだ、負けてない……」
それで元気になるツヌークとアタゼン。その顔はどんな魔物よりもブサイクで、どんな魔物よりも醜かった。
「ノージさん!」
「コトシさんと…ヤヤさん!?」
そのアイスゴーレムを南側から追いかけて来たのは、コトシさんとファイチ村のヤヤさんだ。
「確かにそのチーズは有効だが、決定打にはならない!」
「どうして!」
「悪意とは違う、狂気が混ざっている!」
狂気。何かに憑りつかれて正常な状態でなくなっちまったって事。
—————例えば。
「最初から、最初から、最初からこの時のため、わざと、わざと、お前は、わざと……!」
アタゼンは全身震え、武器もないし味方もいないのに俺を殺す気でいる。目つきは定まらず、言葉は乱れ、もはや正常な状態じゃない。
「ギビキは自分の愚かさにより死んだ!ノージと言う一己の人間を自分の所有物だと疑わない愚かさ故に!」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇ!!ギビキとぉ、ノージではぁぁぁ!かかかかかか……!」
俺は剣で、アタゼンの心臓を刺した。
これが、一番慈悲深いと思ったからだ。
「ハラセキ……」
「アタゼンさんに、慈悲を……」
一応空き巣狙いのような戦い方には慣れていたからこんな事もできた。文字通りの一撃離脱、と言うか相手の攻撃を食らわないための情けない戦い方。
その結果としての、「一撃必殺」。
「あが、おげ、ががが……」
アタゼンはそこまで言うと口を閉じ、生命体として終わった。
そして、
「ハラセキィ、ハラセキィ……」
ハラセキを求める狂気のアイスゴーレムにも、コトシさんの刃が振るわれる。
タフネスチーズの力とは言えものすごく固いはずのアイスゴーレムを叩き斬ったその刃はきれいにきれいに輝き、刃こぼれなどひとつもない。
「過ちの原因は何だ。それはハラセキ殿をただの侍女として扱って来たクロミールにある。その過ちの原因を認め頭を下げる事は恥でも何でもない、むしろ誉!」
「ハラセキハ、タダノ、タダノォ……!ノージィ…」
「自分の当然を世の中の当然と思うな!」
「これが騎士なんですか、ナオムンって言う!」
ナオムン。
あのハラセキに当たっていた徴税官とか言う男。
それが、こんな姿に、いや、こんな有様に……。
「私がチーズを」
「やめておけ。今のナオムンは見た目通り左腕を失っている。そんな状態で元に戻ったとしても心理的打撃が大きすぎる。聖女の力をもってしても心までは癒せぬ、癒せるとすればそれこそ途方もない時間と手間がかかろう」
「やはり、ノージ君がしたように」
「ああ……」
コトシさんはその綺麗な刃のまま、ナオムンの右肩をも斬った。
もし人間であれば出血多量の状態で倒れ込み、そのまま死んでいただろうナオムン。
—————魔物ではあっても、やはり、二度と立ち上がる事はなかった。
コトシさんのさらなる一撃で、単なる氷の塊として粉砕させられた。
「ツヌ、ーク、サマ……」
最後に、最も価値のありそうな言葉を遺して。




