キミカッタ、当主に
最終章開幕です。
「ずいぶんと寝覚めがいいようだな」
「ハイ」
俺は太陽が昇る間際に目を覚ました。
太陽は良く輝き、リンモウ村全体を照らしている。
「朝食でございます」
そこに早速やって来たハラセキが用意してくれた朝食を平らげ、外に出る。
「一晩も休めばチーズを作る力も回復するのだな」
「ええ。じゃあさっそくレインボーチーズを作りますか」
「そうだな。だがあまりかかずっている訳にも行くまい。それにこの場における指揮官は既に決まっている、そのキミハラ様に了解を取らなくてはな」
俺が昨日チーズを作っている間に、作戦のほども出来上がっていたらしい。
「よく来てくれた。作戦を改めて説明する。うちの妹とミナレ殿はどうだったかな」
「ちょっと」
「まあな、総大将としては皆の気持ちを和らげないとまずいからな」
キミハラ様は明るく返事をしてくれる。
総大将はキミハラ様であり、村人の皆さんを率いる存在としてコトシさんが付き、他にもコトシさんに味方してくれた冒険者の皆さんが村人の皆さんの部隊の退潮のようになる。
ミナレさんは敵大将であるキミカッタとデーキの相手をキミハラ様と共に行い、時間を稼いで疲弊させその間に敵軍を討ち破る。
「村人の皆さんで大丈夫ですか」
「大丈夫だ、騎士たちはこの前の戦いでかなり精神的に参っている。ましてやハラセキがキミハラ様の妹だと知って動揺する兵も少なくない。エゼトーナ様の人気はかなりあったようだからな」
騎士相手に村人かよと思ったが、確かに主君の息子と娘が相手となれば動揺は半端ないだろう。さらに言えば、俺の故郷の村人は結局村人であり、戦闘能力はたかが知れている。だからうまく行くと言うのだ。
「でもその間…」
そして俺は、チーズ作りだった。
「決して気に病む事はない。補給がなっていない軍隊などすぐに潰れる。何も補給と言うのは長期戦だけではないのだぞ。それよりだ、故郷の村人たちが敵となって悲しくはないか」
「それが悲しくないんです」
その点だけは間違いなかった。俺に物事を教えてくれた存在がいくら考えても思いつかず、気が付くとチーズの出し方も勝手に思い出し、勝手にギビキに連れ出されていた。正直、何の愛着もない。
「仲良しこよしってのも厄介なもんだ。仲良しこよしで間違った方向に進むといっぺんに全滅って事になりかねない。ギビキと言う存在に賭けてしまった気持ちはわかるけどな……」
ファイチ村、オカマゴ村、リンモウ村。そのどれもが俺の故郷のそれよりも暖かく、そして心地いい村だ。もちろん立場の違いもあるんだろうけど、もし故郷がそのどれか並みにいい場所だったらと思わない訳でもない。でも向こうが本気である以上、こっちだってひるむ余裕はない。
南を向くと、すでに村人さんも警備に当たってくれているようだった。
「領主様!」
「どうした!」
「一人向こうからやって来ます!」
その村人さんに迫って来る、一人の茶色いローブを羽織った人間。
伏し目がちに歩くその姿はどこか不気味で、自分一人でこの村を制圧できると信じている感じだった。
「何者だ!」
俺が腰に手をやりながら叫ぶと、その人間は体を震えさせた。魔法でも使う気かとじっと眺めていたが、全くそんな様子もないまま近づいて来る。
「お兄様……ずいぶんとまあ心の弱い男に縋っているのですね……」
そして、クスクスと笑い出した。俺だったら大口を開けて笑うほどには楽しくて仕方がないと言わんばかりの行いであり、完全にこちらをバカにしに来ている。
「ツヌークか。そんな茶色いマントなんかかぶって何の真似だ」
「私から美貌を奪ったそこの無礼者を叩き斬ってくださったら説明して差し上げますけど」
ツヌークって言葉にも、村人はちっともひるまない。何がしたいんだよ、こんなとこまで一人でやって来て。
「いくつか報告がございまして。まずお兄様はお兄様から謀叛の疑いがかかっておいでです」
「意味が分からんぞ」
「さすが庶民様の言葉にばかり耳を傾けるお兄様ですね、キミカッタお兄様は、キミハラお兄様を謀叛人として殺める所存だと言う事です」
「だろうな」
「それからギルドに送った手配書通りの二人も」
ツヌークはマントを上げてお前のせいだと言わんばかりに「醜くなった」顔を見せるが、ちっとも怖くない。正直な事を言えば、普通ぐらいだと思う。
「キミカッタにそんな権限はないだろう」
「父様は隠居しました、これからはキミカッタ様が我がヅケース家の当主となります」
「母上様がやったんじゃねえだろうな」
「母上は死にました」
俺がケンカをふっかけてやると、お嬢様は見事に殴り返して来た。
「心労か」
「白々しいですね。今はまだ泳がせていますが、わかっているんですよ」
「だとしたらそれこそお前たちが従者たちにさえ好かれてないと言う証じゃないか」
「すると何だい、俺らがクロミールを暗殺でもしたっつーのかよ」
「それもまた芸の一つですかしら」
クロミールが死んだとか、今更何の意味があるのやら。個人的にはやたらとハラセキに辛く当たっていた嫌な女だとしか思えねえけど、それでも一応お貴族の家の当主夫人だからそれなりに重みはあるんだよな、本当面倒くせえ。
「とにかく、わかっているのならば二人っきりでおいでなさい。そこの破壊者と威張りくさったメイドで」
「その威張りくさったメイドの名前は何だ」
「失礼、妹を名乗る不審者と申し上げた方がよろしかったでしょうか」
高レベルだか低レベルだかわからねえ二人の言い争い。もしこれが貴族様の日常だって言うんなら、それこそ貴族様なんて意味ないね。
「それからお兄様、ご当主様からの贈り物です」
その言葉と共に、ツヌークは懐から何かを取り出した。
俺が剣を抜くとこの女はまた笑いそうになりながら、その何かを地面に叩き付けた。
「手袋…」
「あらミナレ様、本当のミナレ様であればどうするかおわかりいただけますよね?では一時間以内に私たちの下に来てくださり、良いお返事をいただける事をお待ちしております……」
騒ぎを聞きつけてやって来たミナレさんにまでケンカを売る。
本当、殺せるもんならば殺してやりたくて仕方がない感じだな。
「……我が妹ながら……」
「どうします?」
「何もやる事は変わらん。むしろ覚悟が深まっただけだ」




