実験の部隊(デーキ視点)
「あの人は結局、キミハラと同じですね……」
深々とため息を吐く、私の弟子。
本当、いい弟子です。
「くどいですが、本当に旦那様と息子二人と娘さんに毎日チーズを与えたと」
「申し訳ありません、毎日だと怪しまれるので二日から三日に一度ほど」
「それなら問題はありません。それで十六年以上食べさせてもいれば思うがままになるはずです」
「でもキミハラはどうしても駄目でした。あの子の甘ったるさはついに抜けなかったのです」
「人間には個体差があります。キミハラと言う存在は天性の甘ったれなのです。残念ながら、元々の存在を強調するのがあのアタックチーズの役目なのですから」
私がアタックと呼ぶチーズ。
体に力を与えると同時に、怒りの力も与える道具。
それをずっと、クロミールは家族に与えて来たのです。
そして私や彼女が思った通り、キミカッタもツヌークも強壮な上に血の気の多い性格に仕上がりました。
「キミカッタとツヌークがいればこの御家は安泰なはず。なのにあの小僧のせいで」
「あれはいったい何なんでしょうか」
「ドレスアップとアグリーと言う、裏表のチーズの力を打ち消してしまうチーズ。まさかそんなシロモノの使い手がいたとは、私も予想外でした」
「十六年かけて築き上げて来た二つの城が一瞬にして崩されるとは……」
美しい物をより美しくするチーズと、醜い物をより醜くするチーズ。
十六年も与えればいい加減上限・下限に達するはずです。
しかしそれでもその積み重ねを無効化するチーズの使い手がいるのは驚きでした。まあ私からすれば皮一重の美醜などどうでもいいですし、アグリーのチーズを目一杯与えられたはずなのにまだ人並みだったハラセキの顔には驚きましたけどね。
「それで先も述べたように当主様は」
「役に立ちません。この前からずっと部屋に籠りうなされており、私が部屋に入ると何かに脅えるように震え出すのです。私が料理を出すと一瞬元気にはなるのですが、後はもう早う去れと言わんばかりで…」
「それでは当主の任など務まりますまい。やはりキミカッタ様に当主の座は」
「それも承諾は得ました。ですが」
「やはりキリ良く、謀叛人たちを片付けてから……と」
クロミールは本当に素直です。
素晴らしいほどに貴族の子女です。
「それにしても、こんな場所でよくもまあ話が出来ますね。お互い様ですが」
彼女と私が座を囲んでいるのは、かつてクロミールを狂わせた彼女の最期の地にして最初の地。
そう、クロミールが私が教えたチーズで産婆と一人の赤子を殺した部屋。
「あなたは誰よりも出世欲が強い。誰よりも闘争心が強い。もし男に産まれていれば世界を支配できたかもしれない」
「ありがとうございます」
「ですがどうしても、女性と言うのは具合が悪い。いくら姫騎士とか気取った所で一個の兵力でしかなく軍隊その物を率いる事はできない。当主になるのは甚だ困難であり、それこそ幼子を盾に摂政にでもなるより他ない。なればこそ、あなたは私の授業を必死に聞き、チーズの作り方を覚えた。
美醜と、闘志と、死と、そして、記憶を支配するために」
微弱な力の持ち主ならば証拠もなく殺せるチーズ。
特定の記憶を封じ込める事の出来るチーズ。
「それで私はあの女の存在を消去したつもりでした」
「しかしあの男が彼女の存在を目覚めさせた…いわんや聖女様と呼ぶにふさわしい力を発揮してしまった…」
「しかもどうやらキミハラは気付いたようなのです。あの女が自分の妹だと。それを大義に我々に歯向かう気であり…」
「大丈夫です。ただあなたにはチーズをまた作ってもらいますけど」
「やはり、アタックチーズを騎士たちに……」
「そういう事です。さあやってみなさい」
愛弟子に向かって、小手先の回復魔法をかけます。
たくさん、たくさん、作れるように。立派な、立派な騎士たちになれるように。
するとどうでしょう。ほんの数分の間に、数百個のアタックチーズが出来ました。
「先生、これでいいでしょうか」
「ええ。本当にあなたは、いい弟子です」
————————————————————そう、本当にいい弟子《《でした》》。
「さて時に、戦にはさらなるひと押しが必要です」
「先生も自ら戦場に?」
「もちろんです。閃光の英傑の一員として、裏切り者を征さねばなりませんから」
「フフフフ……あのアックーも使えるんですよね」
「もちろんアタックチーズと、私の最高傑作を与えるつもりです」
「最高傑作……」
「教えられませんよ。私でさえも一個作るのに数日かかるので」
そう、私の最高傑作をもって、この戦いを終えます。
まあ、実はこれまで数カ月ほどかけて相当な数を作ったのですがね。
もう遠慮など要りません。前回の失敗を取り返すためにも。
そして……。
「まあ、決戦を前にしてこれ以上肩肘を張る必要もないでしょう。一つどうぞ」
「ありがとうございます」
—————戦には、さらなる大義が必要です。
「……さようなら、我が愛弟子……」
私がキルと呼ぶチーズを口にしたクロミール。
彼女は何も言わないまま、静かな顔をして眠りました。
永遠に。
(さて……暗殺者の存在でもでっち上げておきますか)
そして私は、また別のチーズをクロミールの口に放り込みました。
記憶を封じ込める、チーズを。
心安らかに死んだと言う記憶を、封じ込めるチーズを。
この地における、最後の実験材料の成果を見届けるべく—————。
次回から最終章です!……明日は更新お休みでトリックオアトリートをお楽しみ下さい。




