鍋
「ずいぶんと大きな鍋ですね」
キミハラ様の屋敷から出た俺達の前に備え付けられた、大きな鍋。
それから小さな鍋もいくつかある。
「まさかこれ、全部チーズ……」
「そう。確かにノージのチーズはただ普通に食べるだけでも効果はある。だがそれだけでこの状況を乗り切れるかどうか怪しい」
「やはり一緒に……と言う事でしょうか」
俺の作れるチーズは、六種類。
「名前とか考えているのか」
「考えた事ないですね」
「そうか、ならば付けようか」
その六種類のチーズに、なんとなく名前を付けようと言う事になった。
悪い病気、いや呪いを治すチーズ。
体力を高めるチーズ。
食べた存在そのままの姿を明らかにするチーズ。
寒さに耐えられるチーズ。
それとよくわからないチーズ、二つ。
それを一つずつ出す。
「すごい力だな」
「そんな」
「そこまで謙遜する事はない。俺だって別に寝ていた訳じゃないんだがな」
「キミハラ様…」
キミハラ様自ら鍋を並べ、薪をくべようとしている。
「俺はお前の事を調べていたんだ、お前に救われてから。もちろん時間も伝手もないからできる事は限られていたが、ずいぶんと閃光の英傑に無下に捨てられたらしいな、金貨一枚で放り出されたとか」
「ええ」
「そのくせノージがいなくなって閃光の英傑は連戦連敗。クエストを次々と失敗したり横取りされたりでたちまち降格すると、ギビキって女が取り戻しに来たとか。しかも超上から目線で」
「そうなんです。ハラセキがいなければオカマゴ村は焼け野原になっていました」
「村一つを滅ぼしてまでこだわる存在を投げ出すのは、馬鹿以外の何でもない。ましてや手に入らなかったからと言って殺そうとするなど論外だ。ましてや刺客を送るだなんてな」
「名前が一応できたぞ」
そんな中でもミナレさんは楽しそうに俺の作ったチーズを手に取った。
そして一つずつそれぞれの鍋に放り込み、名前で呼んで行く。
「これがアンカース……」
まず俺が最初にミナレさんに食べさせた固めなのが、アンカース。
「呪いだったんですか」
「そうだな。魔物を倒した後に頭痛に襲われたから呪いだろう」
続いて食べると強くなる少し塩辛いのがタフネス。
食べた人間のありのままの姿を引き出す甘めのをビューティー。
寒い所でも耐えられる辛めなのがホット。
そして、
「これはニュートラルだな」
牛乳の味が強いのにはニュートラルと言う名前が付けられた。
「ニュートラル?」
「やはりノージ様はとんでもない天運の持ち主です。
あのベエソンって人は、ノシップって言う名前の暗殺者だったんです」
「まさかそれって」
「そう、閃光の英傑からのだったよ」
毒使いの暗殺者。
その気になれば触れるだけで相手を殺す事が出来たとんでもない腕利き。それが木こりを装ってリンモウ村とオカマゴ村の間の街道に潜み、俺たちを殺そうとしていた。
「だがそなたが渡したチーズを知らずに食べてしまったせいか毒の力を失い、オークたちに襲われたというか自殺したらしい」
「……」
「辛そうな顔をするな、本当に優しいんだな」
「いや、あまりにも意外過ぎて言葉が思いつかないだけです」
チーズで人を殺せるだなんて思ってもいなかった。チーズでパワーアップして結果的にって事はあったかもしれないけど、それでもこんな事になるとは予想もしなかった。
「雨は大地を潤すけど時に家をも流す」
「そうですよね。それはわかりました。でもこれ……」
ニュートラルの意味はわかった。牛乳の味が込められたチーズが、鍋に転がる。
「……で、もう一個は……」
でも、最後の一つがわからない。
確かに、味と言う点では一番だ。
しかし、それ以外の特徴がない。
「……ラブって言うのはどうだ」
ラブ。
そんなチーズに、ミナレさんはそんな名前を付けた。
「えっと、それって」
「そ、それはだな、純粋に、そなたの気持ちを……」
「そんな…」
「でも食べていたのだろう、ギビキも」
「はい…」
顔を赤らめながら、ラブと言う短くて強い名前を口にするミナレさん。
「あの時、ハラセキ殿も食べていたし私も食べていた。タフネスとは違うはずなのに、普段より強く……」
「強く…?」
「俺も人の事は言えないがな、このリンモウ村に来てからずっと村人たちの事だけを考えて生きて来た。その中でいろんなもんを得たけど、同時に失った。何せ俺が一番触れて来た異性があの女だったからな」
「兄上…」
「冗談抜きでお前がいなかったら俺は女性不信に陥ってた。母は途中まで口うるさかったくせに急にキミカッタばかりもてはやして俺は放置だし、ツヌークは自分の顔を鼻にかけて威張り散らすし、本当に…………」
俺も女性には恵まれなかったって言いたいんだろうか。
今でも俺はギビキの事を自分なりには惜しんでいるし、そしてミナレさんとハラセキの事も守りたい。
そのために俺は戦うしかない。
「ほう、違うな、放置するのはって」
「ま、まあな……!」
これぐらい面白い人のためにも。




