決戦の流れ
「大丈夫ですか」
「あんまり大丈夫じゃない……」
素直にそう言うしかない。
ハラセキはオカマゴ村の皆さんから本当に綺麗な目線を向けられてたけど、決して浮かれ上がる事もしないで俺達へこみ切った人間たちを励ましてる。
リンモウ村のキミハラ様の屋敷—————っつっても小屋同然の家の中で、俺はぐったりしそうになるのを必死にこらえていた。
「ったく、クロミールはどうして……」
「そんなに複雑な話でもない。ただの嫉妬だ」
「嫉妬……」
「気位の高くない貴族など貴重品だ。クロミールと言う存在が何をして来たかは知らぬ」
「まさか閃光の英傑のメンバーに師事していたなんて……」
クロミールも俺と同じように、チーズを作れるのか。そのチーズで何をして来たのか、俺にはわからない。だが今の状態を見る限り、たぶんろくな事には使ってない。
もちろんあの「師匠」の為しざまもあるが、本当に気分が悪い。
「その力で、俺からハラセキやエゼトーナ様の事も覆い隠してたのかよ……」
「そうでしょう。エゼトーナ様こそ、クロミールにとって最も排除すべき存在。女性としての尊厳をまるごと侵食する絶対的な敵だったのだろう」
「んな馬鹿な!エゼトーナ様が何をしたっつーんだ!」
「存在するだけで、だ。自分がいくら努力してもかなわぬ存在を見せられてしまった彼女は、エゼトーナ様に途方もない憎悪を抱いた。その息女のハラセキ殿は知っての通りエゼトーナ様の生まれ変わりであり、文字通りさらなる憎しみの対象だろう」
オカマゴ村の皆さんの怒りはごもっともだ。
クロミールが抱いているだろう、憎しみのための憎しみ。その感情がなくなるのはそれこそハラセキの死、いやハラセキを慕うすべての存在の死だっつーのかよ。
「ヅケース家の当主は」
「無理だろうな。この戦いにキミカッタの姿はあってもヅケース家当主の姿はない。娘を汚されたとか言う名目は十分なはずなのに出て来ない時点で真剣にやる気などないのだろう。ましてやハラセキが自分の娘であろう事を知ってしまったらまともな人間ならば立ち上がれぬ」
「ご当主様は若い時はお優しい方でした。ですがご当主様となってからやたら気が荒くなり、よく言えば武闘派悪く言えば武力一辺倒になってしまわれたのです」
ハラセキの言葉は重い。
ハラセキの父親はヅケース家の当主様で間違いないが、それでもキミハラ様のように「兄上」と呼べない辺り二人の距離ってのが俺でもわかっちまう。
「本当に聖女様はお優しい……」
その上にオカマゴ村代表と言うべきシロコトさんもこの調子だ、おそらく当主様の事は好きじゃねえんだろう。
「しかしそのクロミールにどうして閃光の英傑のメンバーが」
「閃光の英傑のメンバーであるのはついででしかない。と言うより閃光の英傑のメンバーになったのもおそらく」
「メンバーを扇動するためか!」
「だろうな。さらに言えばクロミールにチーズの作り方を教えたのも最初からこれ狙いだったかもしれぬ。まあこれは勘繰りに類するがな」
そして、デーキ。
俺がいなくなった閃光の英傑に新たに加入したあの魔法使い。
そいつがクロミールにチーズの出し方を教え、さらに自分でもチーズを作り使っている。
「そいつが全ての…!」
「だろうな。おそらくこの事件で名前を覚えられた以上、本気で我々を黙らせようとするだろう。全力で」
俺よりも単純に強いだろう敵。
それが全力で来る。
「……俺にも教える事はできるんでしょうか」
——————————その時、俺が敗れたら。
「殊勝な心掛けだ。だがその方法を私たちは知らぬ。私がそなたを守る。頼む、皆どうにかしてこのノージを守ってもらいたい」
「わかった。俺には出来ない事ができる存在を守れるのならばそれもよし。皆頼むぞ」
ミナレさんとキミハラ様。二人の、世間的に言えば俺と比べ物にならない差を持った人が守ってくれる。それはものすごくありがたい。でもそれは俺の不安の解決方法じゃない。
「その後のことはその後考えればいい。そうだろう」
「はい…私が守ります。目一杯!できる限り!」
だけど、二人だけじゃなくハラセキも笑顔で俺の事を守ろうとしている。
「聖女様!」
「聖女様!」
「わかりました!聖女様のためにも!」
そして、村人たちも。
「わかり、ました。今はチーズ作りに専念します」
俺はそう言うしかなかった。
俺がこれまで難局を乗り切って来たのは、チーズのおかげだ。
ならばここでも同じようにするだけじゃないか。
俺はようやく、体が軽くなった。




