村から来た女(クロミール視点)
今回、出産シーンあり注意。
「あ゛あ゛あ゛……!」
私がその時口から出そうとした音を文字にするとこうなるだろう。
とにかく、他に何も言いようがなかった。
勝てない。いや、戦いを挑もうとする事自体が間違い。
「よろしくお願いいたします」
丁重に頭を下げる姿と来たら、それだけで大差を付けられている気分になって来る。時々せき込んで見せるが、それもまた気品を見せつける。
一応私は、貴族生まれの貴族育ちだった。と言うか我が家に嫁いできた祖母がその時の王様の三女であり、私の祖父はミナレ様の祖父のいとこである程度には近い関係だ。
そしてそのエゼトーナとか言う女は、決して威張ろうとしない。
あくまでも側室と言う立場をわきまえ、侍女のような真似までしようとする。私が命じれば何でもしようとする。もちろん非力で病弱な肉体相応に程度も速度も劣っていたしその事を正室の肩書を盾に責めてやろうとしたが、常に真摯で責めれば責めるだけこっちがみじめになって来る。
「あなたがヅケース様の妻としてふさわしいことはよくわかりました」
それが一日で分かったからあきらめたものの、それでも女としての差を見せつけられたのは同じだ。
「ははうえー」
「ははうえー」
そんな私を癒してくれたのは、キミハラとキミカッタと言う双子の存在だった。
この子たちがいる限り、私はエゼトーナより上でいられる。だからこそ私自身手塩にかけて育てようと張り切り、食事も作ったし寝かしつけもした。そして、旦那様とも寝た。
「今夜はエゼトーナと共にする」
だが、予想通りとは言え忌々しい事態はすぐにやって来た。
そうなのだ。側室と言うのはそもそも当主の子どもを産むのが役目であり、それがなければただの侍女だ。その役目を期待したからこそ旦那様はエゼトーナと言う女を招き入れた訳であり、それにうんたらかんたら言う資格はない。仮に言えば後継ぎとなる男児を二人も産んだのに狭量だとなる。
「彼女は見ての通り病弱です、旦那様はその、えっと、激しゅうございます…」
「わかっておる。幸い彼女も嫌悪感がないようだしな」
「そうですか」
聖女様とか言う人種はたいていそういう事に潔癖なのかと言う期待もたやすく崩れてしまう。自分なりに子づくりの秘訣とやらを生々しく教えてやった事もあるが、村ではもっと激しくとか乱暴とか言っていた。実に粗野で、実に素朴だ。それで子供を取り上げた事もあると言うからいちいちかなわない。そんなはずなどないのに私の上へ行こうとしている。
だが所詮は病弱な女、一夜を過ごした後はすっかり疲れ果てなかなか目を覚ませず無理矢理に体を動かそうとして呼吸もまともにできなくなっていた。
「あなたは無理をしなくていいわ、正室には正室の仕事があるので」
だからこそ私もまだ若かった旦那様に対しエゼトーナの次の一夜を求め、平然と動き回ってやった。息子たちとも遊び、料理を振る舞い、貴族の妻として行政にも携わってやった。エゼトーナと違う事を見せるために。
そして、ひと月もしない内に倒れそうになった。その時は実に嬉しかった。できれば女児が良いとか思いながら、エゼトーナの所へ行ってやった。
「エゼトーナ、体調が悪いのですか」
「えっと、うう、すみません……先ほどからお屋敷の植物の世話をしていたのですか、うっうっ……」
私は眉をひそめそうになるのをこらえながら踵を返した。
で、答えはやはり予想通りだった。
—————どこまでも、私について行く気なのか。
何でもちょっと祈っただけで瀕死の牛が五体満足になったとか、それどころか建物さえも直ったとか言ううさんくさいと言う言葉すら通り越した存在。ただの貴族の娘とは格が違うのは元からわかっていた。チーズを作る事ができる程度の力しかない私にはまったくかなわない。
そう、チーズしか、私にはない。
その時、私はその方法をひらめいた。
何せ、出産の時の痛みは筆舌に尽くしがたい。
たとえ子を産めたとしても、その痛みに耐えかねてそのまま死ぬ母親もいれば死んでしまう子もいる。
————————————————————果たせるかな。
「ああ、はあ、はあ……!」
急に肌艶を失い、真っ赤を通り越した真っ白な顔で必死にいきんでいる。
「あとちょっとです、あとちょっと……!」
側にいたのは一人の侍女だけ。
すっかりエゼトーナのとりこになっている、たった一人の。
そして。
「あ、ああ……!」
エゼトーナの股から、ひとりの赤ん坊が姿を現した。
「ああ、エゼトーナ様、ハラセキ様……!!」
ハラセキと言う名前をあらかじめ付けられていた赤ん坊は、美しかった。
母親から全てを吸い上げたように美しく、私が産んだばかりのツヌークよりも可愛らしそうな赤ん坊。
—————そう、母親から全てを吸い上げたような。
この時、エゼトーナは娘にすべてを明け渡してこの世を去っていた。
「ああ、エゼトーナ様……エゼトーナ様……!」
その死を確認した侍女がエゼトーナの死体に縋りつく中、私は生まれてこの方この上なく冷静になれた。
私は、ひとつのチーズを作り出した。
師匠にいざという時に使うように言われたそれを。
そしてそのチーズを、無言で彼女の口に押し込んだ。
「奥がたざばっ……!」
聖女の力はなくとも火事場の馬鹿力はあった私が全力でその侍女の口の中にチーズを押し込むと、ほどなくして侍女はぐったりして倒れ込んだ。
「……エゼトーナ様と息女を死なせた責任によりショック死した……いいわね?」
二つの死体とひとりの赤ん坊に向かって、私はそうつぶやいた。
勝ち逃げのように私から消えて行った女。
ここに来てからあっという間にあちこちを直し多数の人間を癒し、私に勝った気になっていた女め。
わかった。こき使ってやる。
ボロ雑巾になるまで使い潰してやる。
私は、薄暗いはずの部屋を明るく照らす赤ん坊を抱きながら、笑っていた。




