あの小娘が!(クロミール視点)
「閃光の英傑の?」
「ええ、その彼女が失敗したようです」
報告に来たナオムンの頭に今飲んでいた茶でもぶっかければ、少しは気が晴れたかもしれない。
でもそれをするには、私はあまりにも身分が高すぎた。
「詳しく聞かせなさい」
激情を流し込むように茶をさらに飲み、その必要もないのに笑顔を作る。馬鹿馬鹿しいとか言うより、情けない。
「それでどんな風に」
「わかっている限りのことを申し上げます。閃光の英傑のギビキはオカマゴ村にてノージに攻撃をかけ、自分に服属せねば村を焼くと大言。実際かなり有利であったとの事ですがいきなり雨が降りその火を消し止められ、最終的に捕縛されたと」
「捕縛だと、早うその女を解放するように命ぜよ」
「その前に処刑される方が早いかと…」
処刑される方が早い、か。確かに村を焼こうとした存在など村人からしてみれば憎んでも憎み足りない存在だからな。村人たちの感情がそんな答えを出すのはまったくごもっともだ。私が制止しようとしてもたぶん間に合わないだろう。
(何が閃光の英傑だ、使えない……!)
内心でそう舌打ちするのが目一杯だった。
ともあれナオムンを下がらせたが、場の空気はちっとも軽くならない。人口が減った所で部屋は広くならず、むしろ余計に狭くなっている。
「あの女……!」
カップを割るのをこらえ、必死に右手を握りしめる。
ノージが無事と言う事は、あの女も無事。ミナレ王女様に手を出すわけにはいかないが、それでもあの女が無事と言うだけでも胃が痛む。料理を作る気にもなれない。
だが、作らない訳にも行かない。
あんな手紙が、届いてしまったのだから。
「ツヌーク殿は最近つとにふさぎ込んでいると評判である。病と言う事だがもし仮に生死にかかわるそれであれば早急に使者を送り、婚約を破棄する旨を伝えてもらいたい。」
王室からツヌークに向けて送られた手紙。挨拶と言うより催促と言うべきそれであり、あまりぐずるようならば誠意がないと見なされる危険性がある。
だが仮に急に美貌が崩れたとか言おうものならば化粧や魔法でごまかしていたとか言われかねない。もちろんその手の行いは必要だが程度と言う物がある。王子様は「ツヌークの顔」を知っているからごまかす事はできない。
(師匠は私に教えてくれた、チーズを。そのチーズを十幾年かけて与えて来た。ツヌークにも、あの女にも。それなのに、それなのに!)
私がまだ少女だったころに出会った、謎の魔導士。
料理も家事もできなくて立派な貴族令嬢になれないと悩んでいた私の前に現れた彼は、私にいくつかのチーズを出す魔法を教えてくれた。
そのチーズを使い、私は理想の環境を作り上げた。この御家のため、私のために。
それなのに、あの男は一発で全てをぶち壊した。
「そう言えば……」
あの男が閃光の英傑の女を仕留めた場所は、オカマゴ村。
この邸宅の北東にある村。
確か酪農の村だが、それと同時にリンモウ村の生命維持装置でもあった村。
ああ、腹立たしい!本当に腹立たしい!
紅茶を呑み干した私はその村に向かって呪詛でもかけてやるつもりで貴婦人をかなぐり捨て、大股で屋敷を歩く。
メイドたちが何があったんですかと騒ぐが気にせず階段を上る。ドレスの裾がどうなってようが知った事か。
そしてたどり着いた、北東方向を見られる窓の向こう。
そこには、やけにきれいに輝く村があった。
「奥方、様……」
そんな中でも、息を切らしながらメイドが付いて来た。なかなかあっぱれだ。
「ああ失礼しました、そう言えば北東にあったのは」
「オカマゴ村でございます、それが…」
「ここ最近変わった事はなかったか」
「すみません、チェックを怠っておりまして…………………」
「嘘を吐け」
こんな風に言葉を濁すと言うのは何かがあったに決まっている。
よほど信じられない事が起きたか、よほど都合が悪い事が起きたかだ。
私があえて冷たく言うと、すぐさまメイドはキョロキョロし出した。まったく、真っ正直な人間をからかうのは面白い。
「あの、実はその、オカマゴ村の方が白く輝いておりまして……」
「白く?」
「ええ、それに伴うように大雨が降り、そして何かが聞こえたのです」
「聞こえた?雨の音か?」
「いえ、わが……尽きたまう……恵……」
「…………下がって休みなさい」
————————————————————これ以上、何かを言う気力もなかった。
間違いない。
あの女の歌だ。
そして歌い手は間違いなく、あの小娘!
(わが身尽きたまうと言えども万物に恵みを……ああ、何と言う上っ面!)
大地の恵みのための慈愛の歌とか言った所で、しょせんは曲と歌詞だけの存在。
そんなので凶作が去るのならばこんなに簡単な話もない。
なんとかして、そんな事が出来る存在を抑え込まねばならない!
「しかし閃光の英傑のメンバーでも駄目となると……」
この強敵を排除するために、私は改めて接触を図る事にした。
私の「師匠」に。




