聖女の歌
「あーあ、バレちゃったー」
牛だった存在は二足歩行になり、頭をかきながらこちらを見る。
青いローブを着た、魔導士の少女。
「ギビキ…!!」
予想通りと言うか、まったく悪びれる様子もなく頭をかく姿は、まったくギビキだった。
「お前は一体何を!」
「私は、私のノージを迎えに来ただけよ、さあ早く帰りましょう!」
ものすげえ爽やかな笑顔で、そんな事をほざいて来る。
「お前目見えてるのか?鼻は大丈夫か?」
「えー、何言ってんのー?全部ノージのせいでしょー?」
心底不思議そうな顔をして首を傾げる。もしこんな状況でなければ可愛く見えるかもしれねえが、今はこの上なく嫌味ったらしく見える。
「っつーかどうやってここまで来たんだよ」
「くどいなあ、また私たちの仲間にしてあげるって言ってるの、涙を流して喜ぶ所でしょ?」
「自分が何言ってるのかわかってんのかよ…………」
同じ世界の言葉のはずなのに、何を言っているのかわからない。俺がまるで、どうしても戻りたくてしょうがないみたいじゃないか。
「なんだこんな真似をしたんだよ」
「でも最近調子に乗ってるみたいだからね、ちょーっとおしおきしてあげたの。
私はあなたよりずっとずっと強くて頼りになるんだから」
「ふざけるのも大概にしろ!」
ミナレさんが行動に移ったのは至極当然だ。
得物を思いっきり振りかざして斬りにかかるその姿は本当の騎士様と言った感じであり、誰もが憧れるにふさわしいそれだった。
「何よ、こんな女侍らせていい気になっちゃって!そんなに破滅したいの!?」
でもギビキはそのミナレさんの一太刀を軽々と交わし、上から目線の言葉を吐きながら魔法で石を落とす。
これは全てあなたのためなのと言わんばかりの、心底から心配している感じの物言い。
「てめえ…」
吠える気にもならないまま、俺は剣を抜く。
「無駄なあがきはやめようよ、その間にも犠牲は広がっているんだからー。って言うか本当に私に勝てると思ってるわけ!?」
「思わなきゃんな事するかよ」
「よく言うわよ、夏の夜外で寝て草を下から出た水で濡らしてわんわん泣いた坊やが」
そんな十年前の話を持ち出すなんて、アホくさいにもほどがある。そんなもうどうでもいい過去を言いふらして何のつもりだろうか。
俺は全く気にする素振りも見せず、ただゆっくりと距離を詰めて行く。
「まったく、強がりと言うか駄々っ子も大概にしてよね。こんなにも悲鳴が聞こえてるのに、良心が痛まないわけ?自分がいかに罪深い事をしているか自覚があるの?」
「鏡を見ながらしゃべるのをやめろ」
「あーあ。私がほんのちょっと目を離した隙にこんなんなっちゃって。本当に、悪い女にたぶらかされてるのね。ああかわいそう、本当にかわいそう……」
「真心より怖いもんって世の中にないな」
じりじりと近寄っているはずなのにちっともギビキは動揺しない。これは気付いてねえんじゃなくてすべて読み切ってるんだろう。
「仮にだ、俺がお前の」
「ギビキさんでしょ!」
「言う事を聞いたとしてどうなる?この牛たちは、この村は」
「全部私たちの勤めを怠ったあんたの責任よ。あんたの給料全部ここの保証に使うから」
俺の推理が当たっている証拠を示すように、俺に向かって火の玉を投げて来る。その上でミナレさんの突進をもかわし、舌を回し続ける。
「意味が分からん!」
「ったく、こんな女に騙されて調子に乗って道を踏み外して!私は、私は矯正しなければならないのよ!」
熱さを感じないのは、リンモウ村で食べたチーズのおかげだろうか。
視界は既に曇り、ついさっきまでのどかな酪農村だったオカマゴ村は焦土になっている。
焦げ臭いにおいが広がり、村中の人が逃げ出している。牛がどれだけ助かったのか、どれだけ焼かれているのかわからない。
そして、ついさっきまでいた教会も。
「聖女様の教会まで焼いて何をしたいんだよ!」
「聖女様?ああ、正しい存在に味方する女性の事でしょ?少なくともあんたの味方はしていない存在ね」
「おめえ…!」
「ああそう、シロコトって言ったっけ。文句なら全部ノージとこいつらに言ってね。私の温情を受け取らない頑迷なこいつが悪いんだから」
「てめえ!!」
「あーあやだやだ……」
シロコトさんの怒りの拳もまた、軽く流される。
……いや!!
「お前!」
「うわちゃちゃちゃちゃ!!」
ついに、ギビキは火で人間をも焼き出したのだ!
「人殺しにでもなる気か!」
「勘違いも大概にしてよ!私はただ、あなたに選択肢を与えてるだけ!この村を守るか、自分のつまんないプライドを守って野垂れ死ぬか!早くしないと本当にこの人焼け死ぬわよ!あんたのせいで!」
「気でも触れたか!」
「気が触れてるのはあんたでしょ!私がまたパーティのメンバーとして使ってあげようとしているのに!」
泣いている。本気で泣いている。
本気で、自分の思いが伝わらないのを、悲しんでいる。
でもあまりにも汚い。自分の身勝手な欲望がかなわないのを嘆いているだけ。
そのために焼け死んでいく人や牛のことなどちっとも気にしていない。
「そんな、そんな、醜い涙に誰がほだされるんだよ!」
「何よ、この人殺しぃぃぃぃぃ……!」
やるせないと言うよりやりきれない感情を吐き出すギビキ。
そんな何よりも醜い存在を前にして、俺だって泣かずにいられない。
ちくしょう!ちくしょう!
どうしてだ!どうしてだ!ただ真っ当に答えているだけのはずなのに!
どうして……!
「雨だ!」
そこに降る、雨。
そして、不思議な歌声。
その主は!
「ハラセキ…!!」




