牛の正体は!
「何だお前!」
「このマヌケ。自分がどれほどの物かもわかってない身のほど知らずのうぬぼれ屋」
「お前が火を」
牛は雄弁にこちらをバカにし、その上でこっちに突っ込んで来る。
いつの間にか頭に乗っていたネズミも消えていた。
いくらチーズの力があったとしても牛は牛だ、まともに受け止める事などできない。
そして完全に逃げ道を失ってしまった牛たちを前に立ちすくむしかない村人に向かって、その調子のまま突っ込んで行く。
「危ない!」
ミナレさんの警告で村人さんたちの命は免れたが、もはや牛はどうしようもなくなってしまった。
「貴様ぁ!」
「あーあ。ピント外れはこれだから嫌い」
女のような口を利きながら、牛は口から唾ではなくとんでもない物を出した。
「火だぁ!!」
口から火を噴く牛。完全なバケモノ。
魔物とも違う、バケモノ。
「危ない!」
村人さんを守るべく立ちはだかろうとした俺だったが、そこで信じられない物を見る羽目になってしまった。
「火の玉が曲がってます!」
そう、火の玉は村人にも俺にも向かわずに曲がりくねり、明後日の方向に向かった。
いや、その先にいたのは!
「ああ私たちの牛がぁ!」
また、別の牛が焼けてしまう。そして今度は、ダイレクトに!
「牛がなんで、牛を!」
「文句はその男に言いなさいよ!」
は??俺が一体何の関係があるんだよ?
牛は首を俺の方に向けながら、鼻息を吹きかけようとしてくる。なんだか鼻息も燃えそうで腰が引けて来るが、それ以上にどうしてこの牛は俺を知ってるんだ?
「オカマゴ村の人たち、この男はあの令嬢様の顔を奪った男。そして女をそこから連れ出し、全く反省などしていない男。そんな奴なのよ。そんな奴、とっとと縛ってちょうだい」
その挙句、こんな事まで言い出した。
「何考えてるんだ、この人らはただの冒険者だろ?」
「でも冒険者ってのは盗賊の異称、こいつが来なきゃこんな事は起きなかったの」
むちゃくちゃな屁理屈だ。
俺が来たせいでこんな事になったんだとか、いったいどういう意味だよ。
この牛の炎を吐かせたのが俺でない事など、理屈で考えるまでもなくわかる話じゃないか。
この牛は一体俺を何故恨むんだ?
「おめえは何を言っとるんだ!」
実際、シロコトさんも牛の世迷言にきっちり言い返してくれた。
でも、牛はそんな勇気を平気で踏みにじりにかかる。
「はぁぁぁ……」
ため息と共に、また火の球が飛び出る。そしてまた、別の牛を焼こうとする。
正直、俺達にはなすすべがない。
「さあ、これ以上牛を殺されたくなかったら、すぐさまその男を縛る事ね!アッハッハッハ……ハーッハッハッハッハッハ…………!」
何ともはた迷惑で、かつ上から目線な笑い声。
この世でこんなにも汚い声があるのか。
「いったい何をしたい!」
「だーかーらー、私は貴族のお嬢様の美貌をぶち壊した奴が許せないだけ!なんで、なんでそんな簡単な事が分かんないのかなぁ!」
「真剣に泣いてます……」
俺があのツヌークとかってお嬢様の顔を結果的にせよぶっ壊したのは事実だ。だが同じチーズを食べたハラセキの顔がまるで教会に飾ってあった聖女様のようにきれいになってる以上、それがどれだけ俺とそのチーズの責任だって言うんだか。
「まったく、まったく、何よ!何よ!誰も彼もボーっと突っ立って、こんなノロマ男のために!」
で、牛はミナレさんの剣から逃げながら火を放ちまくる。
その度に一頭、二頭と犠牲が増える。
「もういい加減にしてよ!どうして!どうして!」
「でもあのご令嬢様って自分の美貌鼻にかけて威張ってたし、キミハラ様にも不親切だったし」
「何よぉぉ!」
そしてキミハラ様の人気ぶりとご令嬢様の不人気を知らされた牛は、ついに火の玉を人間にまで投げ付けた!
俺が立ちすくむ中ハラセキはその人を抱え込んでなぎ倒し直撃は免れさせたが、代わりにハラセキの髪の毛に火がかかった。
「大丈夫か!」
「大丈夫です、それより火が!」
グズグズしている間に火はあちこちに燃え移っている。オカマゴ村全体を焼き付きそうなほどに燃え広がり、人間・牛問わず悲鳴が響き渡る。
「わかったでしょ、おとなしく、おとなしくその男を捕らえヅケース様の邸宅に引き渡すのよ!それならこうしてあげるから!」
そして忌まわしい牛は火の玉ではなく氷の球を放ち、さっきまで燃えていた草の塊を一気に冷やす。
どこまでも、どこまでも……!
「ノージ!チーズだ!」
そんな歯を食いしばっていた俺の耳に入り込む、ミナレさんの声。
チーズ……。
そうだ、俺にはチーズがある!
「チーズなんか出してどうするのよ!」
「どうにかする!」
俺は力を込めて、とりあえず五種類のチーズを出した。
食べるか、食べさせるか……!一体、誰に……!
そのためらいが、いけなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ノージさん!」
牛は俺の一瞬のためらいを見切ったか、これまでにない速度で向かって来た。
そして俺は牛の突進を避けきれず、転がりながら避けるのがやっとだった。
——————————その結果。
「あっ…」
「アッハッハッハ!!」
チーズのうち一枚が、牛の口に入ってしまった。
まずい、余計に牛をパワーアップさせてしまうのか、これでは、これでは……!
「あ、牛が……」
だがそのチーズを飲み込んだ牛の前足が、前足でなくなっている!
「何だぁ!?」
シロコトさんが叫ぶ間もなく、前足は俺達と同じ「手」になり、後ろ足も俺達と同じ足になって行く。
さらに顔の模様がなくなり、人間の顔になって行く。口から炎は出ない。
「あーあ、バレちゃったー」
牛だった存在は二足歩行になり、頭をかきながらこちらを見る。
————————————————————青いローブを着た、魔導士の少女。
「ギビキ…!!」




