牛の乱心!?
「その一枚の金貨は」
「ああ、ギビキに最後にもらった奴だ。ああ、思い出したよ」
ギビキの存在なんか、半ばほど忘れていた。
昔から仲良くしていたつもりだったけど、いつのまにか自分たちが膨れ上がって離れて行き、最後にははっきりと見捨てられた奴。
寂しくはあったけど、それ以上の気持ちはもう湧かない。
閃光の英傑から追放されてひとりぼっちになってからすぐミナレさんと出会ってすぐファイチ村の事件を解決したせいかあまり金に困らなくなり、この最後のお願いのつもりだった金貨も使わなかった。
「ギビキさんが一枚だけ残したのは最後の情けだったんでしょうか」
「予定通りなのだろうな。文字通りの手切れ金。本当は銅貨一枚も出したくないが自分たちの名声のためだけに使ったのだろう。その上でそなたに力の差を見せつける辺り、相当堂に入った憎しみがあるのだろうな」
「ずっと仲良くして来たはずなのに、どうしてでしょうか」
「何かあったのだろう。知っているだろうハラセキ、ノージの性格を」
「はい、実に真面目で他人思いで、決して威張らないお方です」
べた褒めしてくれたはずのハラセキの目線は、とても寂しそうだった。なぜミナレさんが言うように、俺はギビキに憎まれていたんだろうか。
(アックーは本当に無謀だとかってノジローさんは言ってたけど、アックーは俺にはそこそこ優しかった。俺が無駄な事を言わない限り、俺は四分の一でいられた)
アックーは俺にぶつける言葉は常に荒い。でも決して間違った事は言わない。
「お前の役目は終わったんだ、すっこんでろ。ああ残った連中の狩りでもしておけ」
そう言われた時は自分の役目ってのを認識できて安心もできた。
でもギビキが何を考えていたのか、それは未だに正直分からない。
常に優しく、アックーの「無茶ぶり」や「パワハラ」から守ろうとした彼女。
それがなぜあんなに冷たく俺を騙そうとしたのか、その答えを俺は聞いていない。
「近い所にいるからこそ、感情のすれ違いがあったのかもしれぬ。チーズだけでは解決できないな」
「ギビキは俺をどう思っていたのか……」
「近いからこそすれ違いが起きたのかもしれぬ。聖女様と村人たちのように行く事などそうそうない。それが双子の兄弟でさえもだ、だろう」
ハラセキは小さくうなずく。
「キミハラ様は私を含め従者たちに大変お優しく、私たちの真似事までなさって食事を運んだり掃除をしたりしておりました。ですが奥方様には大変不愉快だったようで、一年近く使用人同然の扱いをされていたこともありました。ですがキミハラ様は文句ひとつ言わず、奥方様も旦那様もひどくやつれた顔をして頭を下げに来られました」
「本当に強い人だな」
「一方でキミカッタ様は血気が多く、そしてキミハラ様を軽蔑しておりました。私たちの靴を平気で舐め、そしてそれを正義と信じて疑わない自尊心のない人間だと笑っておりました。
しかしいざ戦った結果、幾十分もの戦いの末にキミハラ様がお勝ちになり、キミカッタ様はそれからますます戦いに邁進しかつ私たちに厳しく当たるようになったのです。そしてご当主様も奥方様も、そんなキミカッタ様をますますお好みになられました」
兄弟でさえもこれだけの差がある。
ましてやあいつと俺は結局は他人だ。
何らかの理由で、二人の道は分かれちまったらしい。
「聖女様でもチーズでも、どうにもならねえんだろうな……」
「しょせん、人の世を決めるは人だ。何がを彼女が求めていたかなどわからんしわかりたくない。その必要もない。それだけの事だ」
それだけの事。そう、それだけの事かもしれない。
とにかく、今日をもって一つの縁が切れたんだろう。
俺は新たなる道を進む事になるのかもしれない。
例えば。
「牛がぁ!おらの牛がぁ!」
「水だ!水!」
——————————いきなり燃え出した草木に包まれた牛を助け出すとかいう、冒険者らしい任務とか。
「何とかしなければ!」
「とは言え簡単に水と言っても!」
「こうなれば牛だけでも逃がすしかありません!」
何頭かの牛が、炎に包まれている。何とかして逃げ道を探すしかない。
俺はすぐさま炎に近づき、少しでも火勢の弱い場所を探す。
さっきまでちっとも焦げる臭いさえなかったのにずいぶんと派手に燃えていたが、そんな事よりもまずは牛だ。
「どこだ!どこに逃げる場所がある!」
必死に燃える牧場を回った。
だが、ちっとも隙間がない。まるで牛その物を焼くように火が燃えている、
「冒険者さん!」
「すみません、どこかに安全な場所!」
「この日はあっという間に立ち上って、まるでおらの牛を焼き殺すみたいに!」
「それより今は火勢の弱そうな場所を!」
「ああ一か所だけ、一か所だけ!」
そう村人さんに言われた場所、そこは村人さんの家だった!
「やむを得まい!」
「でも」
「牛がいればいくらでも建て直せる!頼むから叩き壊してくれ!」
「…わかりました!」
俺とミナレさん、ハラセキはたった一か所燃えていない家屋に向けて、チーズ仕込みの拳を振るう決意を固めた。
「皆さんも一緒に!」
「アハハハハハ」
「何がおかしいんだよ!」
そんな中に紛れ込む笑い声、いったい何様だ、誰だよこんな時に笑えるのは!
「ああっ!?」
その不謹慎な野郎を後でぶっ飛ばしてやろうと思った直後、その家屋も燃え出した。
これまでで、一番強く。
そしてそれと共に煙がやけにわざとらしく火の輪の中央へと向かい、中の牛をいぶそうとしている————。もちろん近づく事などできやしない。
「何だよおい!どうして」
「アーッハッハッハッハ……!」
また、あの笑い声だ。いったい何様のつもりで、こんな事になってるのに!真後ろから……!
————————————————————牛だった。
あの門にいた、牛だった。
牛が、笑っていた。




