オカマゴ村
オカマゴ村に入った俺達を出迎えたのは、村人ではなかった。
「モーーーーーー」
まったく平凡な牛の声。門番でもあるまいが俺達に頭を向け、軽く鳴いて見せる。「ようこそ」なのか「何しに来たのか」なのか「早く帰れ」なのか、俺にはちっともわからない。上にはなぜかネズミも乗っている。
「少なくとも何かが起こる気配はないですね」
「そうだな。いろいろありすぎた。だからしばらくはゆっくりさせてもらおうではないか」
二人がそんなだから俺も事を荒立てる気もないが、実際山賊の脅威が迫っていたファイチ村や氷に覆われていたリンモウ村と比べるとめちゃくちゃおだやかに見える。酪農の村だって言葉通り、たくさんの牛が鳴いている。畑はと言うと麦だけでなく牛たちのエサの畑もあり、多くの人たちが働いている。
「お前さんたちは」
「ああある冒険者パーティです。しばらく滞在したいなと」
「そうかそうか、まあ大したもんもねえ村だけどな、とりあえずは教会でも行ってみたらどうだ。ああおらはシロコトってもんだ、一応それなりの身分ではある」
そんな俺達に声をかけて来たのはオーバーオールを着て麦わら帽子をかぶった中年の男の人。どこかベエソンさんに似てるそのシロコトって名前の人に連れられ、俺達は教会へと向かった。たくさんの牛が鳴き、頭を撫でられたり草を食べたりしている。
そう言えばチーズも本来なら牛の乳を必死に加工して作り出される高級品であり、俺のように欲しいと思えばパッと出せるもんでもない。そんなのがたくさんいたら酪農家なんてやってられない。庶民が食おうと思ったらそれこそ月単位の蓄財が必要だろう。チーズの原料を作っているくせにチーズを食べられない家など山とある。
そして牛泥棒の警備役ぐらいしか戦う力をもった人間などいないせいか武器を持っている俺達は否応なく目線を集める。キミハラ様たちも最初はこんなんだったんだろうか。
そんな本当の貴族様の足跡とリンモウ村の問題が解決した事を後で話そうとか思っていると、その教会が見えた。
俺自身教会なんて縁はないけど、旅をしている最中に何個か見ては来た。大きいのはまるで一個の町並み、小さいのになると神父さんがいるだけのただの家。
ここにある教会は、言うまでもなく後者だった。
「いつも牛たちの無事を聖女様に祈ってるんだ」
「聖女様?」
「三十四年前、この町に産まれたんだ。ごく普通の親でごく普通の娘だったけど、生まれてすぐその家の爺さん婆さんの病が良くなり、少し長じてからも聖女様が歩くとなぜか畑も牛も元気になって、それで牛たちが何言ってるかわかるもんだから毎年毎年この村はすごく豊かだったんだ」
すごい話だ。生まれた時からこの村を豊かにするような力を持っていて、それを惜しげもなく振りまくだなんてまさしく聖女様じゃねえか。そんな人がいれば世界は平和だろうな。
「それでリンモウ村の人たちも受け入れられている余裕があったんですか」
「まあな。でも村長様はこれはしょせん聖女様のおかげだってな、決して無理をしないように、って言い聞かせて来た。実際聖女様がいなくなってからはすっかりその前に戻っている」
「真面目な村人たちなのだな」
それでその聖女様と一緒にいた村人たちも真面目だ。聖女様とかってイレギュラーに浮かれる事もない。その姿勢をミナレさんもすごく気に入っている。本当にいい村だ。
「しかも性格も大変お優しくて、誰でも彼でも大変だと思えばすぐさま助けに行った。自分の事なんか二の次三の次で。そう、自分の事なんかな……」
だがそうやって聖女様の事を自慢げに語っていたシロコトさんが、急に悲しそうな顔になった。
「まさか…」
「ああ、聖女様は生まれつき体が弱く、農作業などできず大半が横になって過ごしておった。まともな家事もできぬ自分を嘆き、その事を憂いて暮らしていた。村のためにあっちこっち歩き回り、時には親や村人に担がれていた事もあった」
「そんな」
「だから一刻も早く子供を産んで血を残したいって言ってたけど、何せ相手が聖女様なもんでみんな尻込みしてな、そこで村への租税の減免もって事で領主様に嫁いだんだけど、子どもと引き換えに死んじまったって。それでその子も一緒に亡くなってしもうて……まだ十七歳だったのに……」
出産ってのは本当に命懸けだ。俺の母ちゃんがそれがきっかけで死んじまったのかはわからねえけど、その聖女様には耐えられなかったんだろうか。
本当、いろいろと辛いよな……。
「それで、聖女様のお名前は」
「エゼトーナ様って呼ばれておる。エゼトーナ様にはさっきも言ったように兄弟はおらず、両親もエゼトーナ様の死の報を聞くやすっかり気力を失ってほどなくエゼトーナ様とその孫のとこに行ってしまって、一応エゼトーナ様のおじおばいとこはいるけどただの農民だ。あれほどの聖女様の子ならば、男ならとんでもなく慈愛に満ちた騎士様、女ならばエゼトーナ様のそれを受け継いだような聖女様になるはずだったのに……」
「残念ですね……」
本当、本格的にがっくり来た。どうしてそんな立派な人に限ってすぐ死ぬのか。今更世の中の理不尽をああだこうだ言う気もねえけどさ、どうなってんだか。
あのヅケースってお貴族様も何やってるんだか…。
「あ」
—————そう考える間もなく俺の手は勝手に動き出し、一枚の金貨をそのエゼトーナ様とやらをかたどった木像の前に落としていた。
閃光の英傑のメンバーとして最後に得た、一枚の金貨を。
名前の元ネタ?「陸」「遜」です。あまり意味ないけど。




