チーズの力は
ベエソンさんの供養を終えた俺達は、オカマゴ村に向かって歩みを進めた。
「ノージ様のチーズは本当にすごいですね」
「それこそ無限の力がありそうだな」
ミナレさんもハラセキもやたらとべた褒めして来る。確かに俺は何もない所からチーズを出せる。それは相当に特別なんだろう。でもそれ以上の特技はない。
何より、だ。
「俺は二人に言わなきゃいけない事がある」
「何ですか」
「俺はこの力に気付いてから五年以上経つけど、出せるのは六種類だけだ」
俺はミナレさんと出会ってから今まで、五種類のチーズを出して来た。
ミナレさんの頭痛を治したチーズ。
村人たちを強くしたチーズ。
ハラセキをきれいにしたチーズ。
体を温めるチーズ。
そして、つい昨日食べたけどあまり使い道のわかっていないチーズ。
「もう一種類あるけど、その使い道はまったくわからない」
「じゃあ昨日食べたのは」
「ただ、そう言えばギビキが毒とかを飲まされた時にあわてて出して食べさせたのがそれだった記憶はあるけど、それも確かすぐ魔法で回復したから、たぶん関係ないと思うけどな……」
病気を治すチーズって言うんなら、ミナレさんの頭痛を治した奴かもしれない。でもその時ギビキに食べさせたけど全然ダメで、ミナレさんと会うまでは全く使えないチーズだって思ってた。別のチーズをいろいろ食べさせたけどギビキの反応は乏しくて、帰って来たのはあんたって本当使えない奴ねって文句ばかり。
俺の数倍の長さの髪を振り乱す事もなくじっと座り込み、俺の事を憎々し気に見上げるばかり。
「まあその時ついあわてふためいて六種類のチーズ全部出して、やっと最後の六つ目で何とかなった気もするから、それで心が離れたのかもな」
「六つ目……」
その六つ目のチーズを出したのは、思えばその時を含め数回しかなかった。
「そのチーズに何らかの意味はあったのか。能力的な意味で」
「なかったと思います。特に変化はないですし、何度も自分で食べたり閃光の英傑の仲間にも食べさせたりしてましたけど」
頭痛を治したチーズでさえも、使い方はよくわかっていなかった。五年間も経つのに使い道が分からないほどには、俺は頭が良くない。他の人たちにもチーズはあげて来たからそれで計算する事はできたはずだが、この六番めのチーズだけは未だに正確な使い道が分からない。
何せ、誰にどこで食べさせてもコメントが同じなのだ。
「ものすごく、おいしいって」
確かに味は重要な要素だけど、このチーズは食べるための物ではない。どちらかと言うと力を付けるための物だ。もちろん俺自身も食べた事はあるけど、だからどうと言う訳でもない。
「それだけでも立派な長所だろう」
「それはそうですけど」
「食べたいです!」
文字通りの最後の切り札。と言うか最後のカード。これを切ったらもう、二人に見せられるサプライズはない。
「こんなんでも良かったら」
俺はそのチーズを両手に力を込めて作り出した。他は片手で出来るのに、なぜかこれだけは両手じゃなきゃできない。
二つの手を空に向け、立ち止まり力を込める。他のチーズのようにパッと出す事もできない。そんな俺をミナレさんもハラセキも立ち止まって見てくれる。アックーやギビキのようにせかされる事もない。
そんな二人のために、普段より一段と集中する。
「できた…」
その結果、できたチーズ。
耳の形をしたチーズ。
少し気合を入れたからか、かなり大きくできた。
俺はそのチーズを二人に渡した。
二人とも半分に切り、それまた半分に切る。
「これは作った人が一番いい思いをすべきです」
「全くだ」
そして二人して俺に半分を渡し、四分の一ずつを食べる。その仕草は本当立派なそれであり、王女様はともかくメイドでさえも貴族と一緒にいるとこんなにきれいな手つきができるもんかって格の違いを知った気分になる。
「本当に美味しいですね!」
「うむ、城の中で出される美食もこれにはなかなか勝てぬ」
で、二人してめちゃくちゃ褒めてくれた。
実際俺もうまいと思うけど、食べ慣れたせいかお城の料理に勝てるとは思わない。
これ以上の手駒を持っていない自分が、情けなくなる味だ。
「でもキミハラ様はおっしゃっておりました。オカマゴ村は酪農の村だと」
「そうだ。そこに付けば何か見つかるかもしれんぞ」
酪農の村、ねえ。
そんな所に何があるのか。
いくらチーズを出せるからって、俺にもわかりゃしない。
でもまあ、旅ってのはそんなもんだろう。
誰かに出会い、運命が変わっていく。
俺だってこれまでたくさんの人に出会い、それなりに運命も変わって来たつもりだった。
「見えたぞ」
この先に何があるのか、俺は結局たいして考えないまま門をくぐった。




