(間章)やっぱりあいつは悪魔だ(ヅケース視点)
秋分の日ですよー。
「もう俺は蠅も殺せない、そんな体になっちまった。そういう訳で当たり前だが任務は失敗、俺はこの責任を取って死ぬ。あの世で俺が殺した奴らに目一杯ぶん殴られてくる、全ては俺のせいだからまったく、気にしちゃいねえ。そちらのお家の繁栄をお祈りしてるよ」
バカな、バカなぁ、バカなぁぁ!
今朝、届いたノシップからの手紙。
それはほとんど遺言と言うにふさわしいシロモノであり、あいつの任務が完璧に失敗したと言う証だ。
破り捨ててやろうかと思ったが、そんな事をしても何にもならない。せめてもとばかりに丸めて机に叩き付けてやった。
だが手紙は床に落ちる事もなく、机の上で転がっている。ずいぶんとしぶとい手紙だ。ロウソクで燃やしても消えそうにない。本当、一刻も早く朗報を聞きたいと夜更かししていたわしが大馬鹿野郎ではないか!
「あなた」
「クロミールか…!」
そんな所にやって来たのは、やはり妻だった。昔からわしが機嫌を損ねるといつもやって来てくれたのはクロミールだった。本当にいつもわしの事を思ってくれる良い妻であり、いい母だ。
「どうなさったのです。茶でも入れましょうか」
「要らぬ。それよりだ……」
「えらく心痛を覚えているようですが」
「ああ…!」
わしは背筋を伸ばしながら丸めた手紙を開き、クロミールに見せた。
わしとクロミールと、あとキミカッタとツヌークにしか見せられない手紙を。
「なるほど、あのノシップをして小娘を殺せなかったと」
「それどころかあのノージとか言う小僧さえもダメだったようだ。それでノシップは責任を取って死ぬ気らしい」
「たった一度の失敗でしょう」
「いや、よく見ろ。あの毒手のノシップが、蠅をも殺せなくなったと言っている。
これはもう、ノシップがいつものように仕掛けたやり方が失敗したと言うか、もう二度と使えなくなったと言う意味でしかないはずだ」
寛容な妻が深くため息を吐く。
ノシップは昔から積極的に毒を飲み、その体に毒を蓄えていた。そうしてたまった毒を手にため込み、軽く触れただけで敵を殺す。そのやり方でとんでもない成果を上げて来た。
だがそれが蠅も殺せないとか言って来たって事は、おそらく誰かの手によっていっぺんにその毒が抜けてしまったと言う事なんだろう。
——————————そして、考えられるのは。
「あのノージとか言う奴はとんでもなく恐ろしい小僧、いや輩だ!」
「そのようですね、一度のみならず二度までも……!」
そう、あの、ノージとか言う小僧だ。あ奴が作ったチーズによってハラセキは難を逃れ、その事がきっかけとなってノシップはすっかり自信を失ったのだろう。おそらく、それにより自ら死を選んでしまった……。
「王女様をたぶらかし我が子の尊厳を破壊し…!」
「あげくあの女を狙った刺客さえ殺めるとは、輩などと言う言葉ではとても足りませんわね!
それに聞いているのでしょう!」
「ああ……リンモウ村が平和になってしまった件か……まったくあのええかっこしいは重症と言うより末期症状だな……!」
で、キミハラだ。キミハラはあんな場所に置いておきながら数年間ちっともこちらに助けを求めようとせず、ついに自力で寒波を鎮めてしまった。他に誰かいたのかもしれないが、それでもキミハラが大きく名を上げた可能性は高い。
「あれが当主になったら我々は全てを失い、庶民たちにへこへこするだけの存在に成り下がる。何せ、そのやり方で成功してしまったのだからな!」
「何と言うしぶとい甘ったるさでしょう。いやこれはもう、甘ったれる事を覚悟していると言わざるを得ません」
「ああ、あ奴は庶民にすがる事を決めたのだ。貴族などしょせん庶民に支えられているだけですとかほざいてな」
キミハラは何度もわしにそう食ってかかり、もう少し住民たちに優しくすべきだとか抜かした。それで挙句わしが逆らう者を斬れと言って与えた宝剣を高値で売り飛ばして村人にその金を配り、自分はあばら屋に住んでも文句ひとつ言わない。
「ギルドに手配書を出させる。容疑は我が息女であるツヌークをひどく傷つけ、さらにミナレ王女様をたぶらかしたと」
「ですね!」
「だが、ミナレ王女様がまた出て来るかもしれぬ。その時は…」
「何をおっしゃっているのです。王女様を洗脳している悪党を討てばその名は幾層倍にもなります。そうなればツヌークの運命も開けましょう、無論キミカッタもです」
確かに妻の言う通りだ。
ミナレ王女様が旅に出ていることは知っているが、なぜあんな小僧と一緒にいるのか、なぜあんなメイドを気に入ったのか。そんな事は誰にも分からない。ずっとここにいてありとあらゆる書物を読みふけって来たこのわしでさえもわからないのに、どうやって分かれと言うのか。
「トウミヤ市のギルドに話を持ち掛ける。腕利きたちの手であの小僧の首を挙げるのだ」
「そうですね!」
そうだ。
これでミナレ王女様も、キミハラも、目を覚ますだろう。
所詮冒険者は冒険者であり、庶民は貴族とは違うと言う事を。
「それであのハラセキは」
「…それは止むを得まい。これと言って取り上げられるような罪科もないからな」
「それは!」
「わかったわかった、ノージを焚き付けた女と言う事にしておく。それでいいか」
「十分でございます。では今からでもお休みいただき、明日の昼にでも……」
まったく、ノージだかハラセキだか、どうして庶民たちは、どうして身のほどをわきまえようとせぬ……ああ、わからぬ。わからぬ。




