何だったんだろう……
翌朝。日が昇る直前に俺は目を覚ました。
「ふわあああああああ…」
自分でもびっくりするほどの大あくびをしながら背伸びし、ゆっくりとベッドから降りる。
「ああ、おはようござ、います……」
でもその音が大きかったせいか、ハラセキが目を覚ましてしまった。
と言うより、ベッドを降りるまで一緒に寝ている事すら忘れていた。
「おはよう」
「ああすみません、さっそくお着替えを」
「いいよ、自分でやるから」
誰かに着替えてもらうだなんてそれこそもう何年もない。いや一応アックーがたまにはとか言って豪華な風呂付きの宿にとか入れてくれた事はあるけど、それももう何時の事だか覚えていない。
「そう言えばノージ様は夢をご覧になりましたか」
「見てないな」
「実は私見たんです」
俺はなぜか知らないが夢をほとんど見ない。見る奴と見ない奴がどう違うのかわからないけど、アックーたちも見ないって言ってたな。
「お母様らしき方の夢を」
「へぇ、ハラセキって」
「そうです。生まれてほどなくして二人ともなくなり、そこで孤児の頃から面倒を見てやったと奥方様は申し上げておりました」
「恩着せがましいな」
「でも私にとってはそれが真実ですから」
ハラセキの笑顔は寝起きだってのに実にきれいだ。そのきれいさがまた腹立たしい。どうしてそこまであんなにこき使って来た人の言う事を信じられるのか、本当天性のお人好しかもしれねえな。
「で、お母様ってのはどんな人だったよ」
「大柄ではないのに、今の私を抱きかかえ、ゆっくりと揺らしてくれました。本当に、お母様だなって、わかるんです。ものすごく、優しい顔をして頭を撫でてくれて、それで安心して涙が出ました」
「それでなんて言ってたんだ」
「ノージさんでしたっけ、あなたは本当に素晴らしい人に会えたのですね。あなたはやっぱり、私の子どもだ。と」
母親が、俺を知っている?そして素晴らしい人に出会えた?
「ノージ様の事を、母は知っているようでした。私が生まれてすぐ亡くなったはずなのに」
「わからねえもんだな。俺と出会った事に何の意味があるのか、こうしてここにいる事に何の意味があるのか。少なくも俺はちっともわからねえ。
俺には故郷なんかもうねえ、どこへ落ち着く当てもなくハラセキやミナレさんに縋ってるだけの男だ」
「寂しい事を言わないでください。ちゃんと活躍すればきっと故郷の皆さんもわかってくれるはずです。と言うか、私たちが分からせますから」
何なんだよ、この迫力は。
もしこのハラセキが弱々しいと見えるんなら、俺はそいつを雑魚として扱う。
眼力だけでなく全身から力強さが膨れ上がっている。アックーでさえもひるむかもしれねえ。
「そうか…ありがとな」
「わかりました!」
身を起こし着替えるハラセキに背を向けながら、俺はドアを開ける。
腰にはいつもの剣を挿し、ミナレさんの下へと向かう。
「あんれぇ」
「ああベエソンさん!」
ドアを開けたら、いきなりベエソンさんに出くわした。初めて出会った時のように腰を抜かしそうになりながら後ずさり、大きく口を開けている。
「ああすまん、そろそろ朝飯の時間かと思っだもんでな」
「そうですか、ハラセキ、そろそろ朝ご飯だってよ」
「お手伝いしましたのに」
「いいやええんだええんだ、あまり量もねえし、何ぜ四人分だなんて考えてなかったから、ちっと待ってくれねえか」
「わかりました」
ずいぶんと怖がりな人だ。そりゃこんな所でめったに人とも会わなければ動揺するのも当たり前だろうけど、ちょっと過剰すぎやしないだろうか。まあ、冒険者ってのは強盗の異称だって言われた事もあるし、実際に凶器を持ってるし仕方ねえのかもしれねえけどな。アックーは顔は笑ってたけど目は笑ってなかったし、ギビキなんかあからさまにフンって言ってた。ルワーダは気を付けなきゃってこぼしてたけど、どんだけ二人に伝わってるもんかね。
「じゃあおらはちと用があるんで、食べ終わったら出て行ってええよ」
空っぽの皿を置き残してベエソンさんは家を出た。ハラセキが呼んだミナレさんと一緒に食べた食事は三人前にしてはちょっと量が少なかったが、でもおまけにチーズも食べたから十分だった。
「木こりさんってのは朝が早いんですね」
「そうだな。それはメイドも同じだろう」
「でもやはりお金を置いた方が」
「だな」
俺達は食事をとりながら、宿代について話し合った。結局一人銀貨一枚、計銀貨三枚と言う事で落ち着き、残った皿を元の棚に戻した。
「終わりました」
「棚まで拭くなよ」
「すみませんつい、でもなかなか帰って来ないんで」
そういうわけで装備を整えベエソンさんを待ったが、なかなか帰って来ない。
元々まだ空が白みかかっていた頃だったのでまだ早くはあったがそれでもちとと言うにしてはおかしい。
暇に任せて棚やかまどまで磨くハラセキもハラセキだが、それにしても妙だ。
「ちょっと気になるな」
ミナレさんはそう言って家を出て、地面をじっと眺める。
「足跡ですか」
「そうだ」
かなりでかい、と言うか深い足跡だ。あまり背のない生き物だと段差になってスっ転びそうに思えるほど、力強い足跡。
木こりなんて筋肉質じゃなきゃ務まらないが、それでもこんなに深く踏み込む必要があるのだろうか。
「とりあえず追ってみよう」
そんな訳で俺達は足跡を追った。深い割に歩幅が大きく、そしてなんとなく早足だ。
「ただのお仕事だと思います。斧もかごもありませんでしたし」
「だといいけどな」
真っ正直とか律儀過ぎと言われればそれでもいい。でもこれは俺達三人で話し合って決めた結果だ。
——————————そして、足跡を追った先にいたのは。
「ああっ……」
「オ、ノ、レェ……!」
頭を叩き割られたベエソンさんと、血まみれの棍棒を握ったオークだった。
「てめえ…!」
「ナカマカァ、ナカマカァ!」
ハラセキがひるみ俺が凄むと共に、オークは鼻息を撒き散らしながら突進して来た。
だが、正直、遅い。
「この野郎!!」
俺の決して速くもない剣の一撃が胸に刺さり、血まみれの棍棒を残してオークは消えた。
「ハァ……」
「気に病むな。私とて残念だがこうして亡くなってしまった以上仕方がない」
「でもせめてきちんと埋葬しなくては」
「そうだな。持てるか」
怖くて逃げる暇もなかったのか、背中が全く傷ついていない死体。
そんな悲しい死体を抱えながら、俺達は小屋へと戻った。
適当に穴を掘り、適当に埋め、ハラセキが適当に追悼の言葉を述べる。
「よく知ってるな」
「いえ、覚えさせられたんです。村へ行った時にお葬式があって、その際にそのための言葉ぐらい覚えておけと……」
でもその適当なはずの言葉が、俺達の身に染みる。
そして大地にも染み渡り、なんだか大地がきれいになって行く気がする。
俺達はベエソンさんの墓に、三枚の銀貨を置いた。
親切な木こりさんの魂が、あるべき場所に行けるように……。




