悲しい才能
「ずいぶんと広い小屋ですね」
「大半が物置だけどな」
一人暮らしをするには、やけに大きな小屋。
っつーか家屋。
リンモウ村からオカマゴ村に来る人の宿泊所でもやってるんですかって聞いたらベエソンさんは深く頭を下げた。
「いづも金なんか取らねえっつってんのに、キミハラ様ってお方はよ、いっつも払って下さるんだ」
「さすがと言う所だな」
ミナレさんが言った通り、本当に偉い人ってのはそんなもんだろう。どんな相手だろうとちゃんと誇りを守り、決して威張るような事はしない。ああもちろん必要な時は威張るけど、必要な時しか威張らない。そういうのって素晴らしいと思うよな、例えば…
「ノージ様、まさかと思いますけど……」
とか思ってるとハラセキが人差し指を付き合わせながら顔を赤らめている。俺がハァ?と思ってミナレさんの方を向くと、ミナレさんは苦笑していた。
「わかっているがベッドは三床もあるまい。そうであろうベエソン殿」
「正直、おらの寝るのを除くとひとつしかねえですだ。まあそういうわげなんで」
「ああ私は床で寝ます、慣れてますから」
……で、これかよ。
「まったく、まともに環境も与えねえのにあれやれこれやれって言われてたんだろ?俺だって孤児だけど冒険者になってからはそれなりに扱われてきたぜ」
「クロミールと言う女も、相当に深い思いがあるようだな。もちろんきれいなそれではないが」
ったく、どうしてそこまでたかがメイド一人に八つ当たりできるもんかね。
俺が聞いた話じゃ、三食食わせてくれるのは月に一度。他のメイドが少しばかりなあなあでも許されたのにハラセキだけは三度同じところを磨かせてやっと不承不承と言わんばかりに舌打ちしてオーケーを出す有様。それでもキミハラ様がいる間はまだかばってくれたみたいだけど、リンモウ村に追いやられてからはメイドっつーか奴隷以下の扱いで。
「それなのに体だけはやたら丈夫なので、それで…」
「本当にもう、何というか……」
文字通り死ぬまでこき使うつもりだったんだろうか。単純に可哀相だし、あらためてむかつく。
「割ときれいじゃないか」
「へえさっきも言ったようにここには領主様もお泊りなさるもんでなあ」
で、通された部屋には確かにベッドは一つしかなかったけど後はかなり整然としていた。もっと丸太丸出しのゴツゴツしたそれかと思いきや、案外綺麗だった。
「っておめえさん何やってんだ!」
と思いきや、ハラセキが急に動き出した。
どこから取り出したかわからない布で、ベッドを磨き出したのだ。
「そんなに汚くないだろう」
「……」
ミナレさんが止めようとしても、ハラセキは一心不乱にベッド、床、テーブル、タンスなどを拭きまくった。
「ああ、ちょっと!」
いくらチーズの力で底上げされているとしても、あまりにも速すぎる。
俺どころかミナレさんでさえも止められないまま、ハラセキの背丈で届きそうな所は全て掃除されていく。
ベエソンさんなんかはもう完全に腰が引けており、なんならさっき剣を抜いてしまった俺を見た時よりもおびえていた。
「すみません、つい……」
で、我に返ったハラセキは何度も頭を下げていた。
なぜあんな事をしたかと言うと、まるっきりあのクロミールサマのご教育のタマモノらしい。
「でもノージ様やミナレ様と出会ってからこんな事はなかったんですけど……」
「それはだな、まあとても長い期間とは言えないが私たちやキミハラ様がただの仲間と言うか客人扱いして来たからな。あの屋敷からリンモウ村、リンモウ村での事も含めその扱いを定着させようとしたのだが…そうだろう、ノージ」
俺も一応元雑用係だったからその手の行いには長けていたし、そしてそれ以上にミナレさんが積極的だった。ハラセキにもっと他の事をしてもらおうと、ふだんハラセキがやらされていた事をして来たつもりだった。
「しんかしのう、建物がこんなきれいになるとはおらマジびっくりだよぉ。いんやぁ、おらは本当についとるのう」
「あ、ありがとうございます」
「んじゃお嬢さんたち、おらは物置で横になるからおらのを使ってくれねえか」
「そんな!」
そのお礼のおかげか、ベエソンさんはとんでもないことを言い出した。
家主がただの旅人に寝床をただで譲るだなんて、お人好しとかって次元じゃねえぞおい。
「そうか二床できるのか。とは言え我々は三人。そうだノージ、私と一緒に寝ようではないか」
「ああそれはちょっと、正直それは…」
「あの、やはりこういうのは男女で分けた方が」
「いやいや、ミナレさんってお嬢さんには悪いけど大きいがら、できればミナレさんと他のお二人さんで」
それでミナレさんはハラセキを置き去りにしてそんな事を言っちまう程度には乗り気だし、やけにミナレさんの顔が赤いし。俺、お姫様と一緒のベッドに寝るのかよと思っているとベエソンさんが止めてくれ、ハラセキも話を進めてくれた。
そして結局ミナレさんが一床、俺とハラセキが一緒に寝る事で落ち着いた。
「ハラセキなら、大丈夫だと思うが……」
「どういう意味ですか」
で、一番年上で一番しっかりしているはずのミナレさんが少し不満そうにハラセキがきれいにしたベッドに腰かけ、俺達の背中を見やる。
「すみませんいろいろと注文付けてしまって」
「本当にすみません」
「構わぬ。ノージ、頼むぞ。そなたなら安心だ」
いつも剣を握っているからそれ相応に鍛えられていたはずのミナレさんの拳が少しばかり震えている。一体何があったんだろうか。
「ああ、普段男一人の事しか考えてねえから汚ねえけど、どうか我慢して下され」
「私自身は気にしてませんから」
「俺もですね」
で、ベエソンさんの部屋に入るやハラセキはシーツをめくり、俺をベッドに導こうとする。
自分のことは後回しかよ、本当にまじめでけなげだ。そんな事を思いながらベッドに入り込むと、ハラセキが頭を下げて入って来た。
「こうして、男の人と一緒に寝るだなんて…!」
「興奮すると眠れないぞ」
「大丈夫です、ついさっきたくさん動きましたから…また、チーズを食べさせてくださいね……」
そしてそこまで言ったきり、ハラセキはあっと言う間に眠ってしまった。本当に幸せそうな顔をして、まだそんなに早い時間でもねえのに。
でもそんなハラセキを見ていると、俺の瞼も重くなって来る。
俺は目を閉じた。
なぜか俺の胸が少しだけ重くなったが、別に気にする事もない。
眠る間際に胸に手を当てられた。
仕事に疲れた、ゴツゴツした手で————————————————————。




