木こりさん
俺達は、オークの死体を置き去りにしてゆっくりと進む。
「いいんでしょうか…」
「俺達にはどうしようもない。っつーか魔物の死体ってのは基本的にはすぐ消えるもんで、俺達冒険者はその残り物をもらって売っている。今回もそうすべきだったかもしれねえけどな」
「だが今回はそれがない。その点もまた気になる所だ。
とりあえず武器に触らなくてよかったと言う事にしておこう」
魔物の死体と言うのはすぐ消える。そうして残った武具などを回収して売るのが冒険者稼業の一つだ。優秀なそれはそのまま払い下げられ、ダメな奴は鋳つぶされる。いずれにしても金になり、俺らの飯にもなる。もちろんまともなクエストはあるけど、そんなのを受けられるのは一定レベル以上の冒険者だけだ。
今の俺は正式なレベルなどない。正直どうでもいいけど、俺は一応閃光の英傑のメンバーだったが、単独での登録はない。アックーもルワーダもギビキも、単独での登録もしていた。
でも俺は許されなかった。戦闘要員としてはまったく役立たずだったから。あくまでも「閃光の英傑」の一員としてしかランクは持たず、今頃はおそらくランクなど取り上げられているだろう。そんな事なんかどうでもいいけど。
「それでハラセキはオカマゴ村に行った事があるのか」
「ないです。ああそれからリンモウ村からオカマゴ村までは徒歩で一日半だそうです。今はチーズのおかげで半日で行けなくはないですけどやはり無理をしてはいけないですので野宿をする事も多いようです」
「君主様自らとか言わないだろうな」
ハラセキはうなずいた。
あのキミハラってのは本当の貴族様だと俺は思う。
そんな存在を俺みたいに野宿までさせて何をしたいんだろう。俺は少しばかり腹立ち紛れでチーズをやったけど、性根も元からあんなだったんじゃないのかあのご令嬢様、とその一家……
「あっと!」
とか余計な事を考えながら歩いていたせいか、前を歩いていたミナレさんにぶつかってしまった。
背中に唇が当たる。正直、鎧が痛い。
「何をやっている!」
「すみませんちょっと考え事を」
「って言うかミナレ様もなぜ立ち止まるのです」
でも確かにハラセキの言う通りだよなと思っているとミナレ様は軽く頭を下げ、その上で北東の方角を指差した。
「こんな小屋は…」
文字通りの丸太小屋。
人一人どころか数人ほど住めそうな大きさの小屋。
「そりゃ木こりとか」
「おう、あんたらどうしたんだい」
誰か住んでいるのかと思ったら、南の方から男の人の声がした。
俺が剣を抜きながら声の方を向くと、さっきのオークたちの時のように何かが倒れる音がする。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
その点灯した音に続くように震え声が飛び、さらに背中をこするような音がする。
「すみませぬ。つい先ほどオークたちと対峙したもので少し気が立っていてな」
「あああんたら、魔物と戦って来たんか、ああそうだな、そうだなあ……そりゃ、しょうがねえ、かぁ……」
その声の主、男の人は仕事道具と思しき斧を握りながらふらつく足でこっちに寄って来る。まるで毒にやられたオークみたいだったが、顔色は普通だった。
「おらぁさぁ、オカマゴ村で木こりやってるベエソンってもんだ。ここ最近急にあったかくなってもんで気合入れようと思ったらいきなり武器持ってるあんたらに出くわしたもんでな」
「それはそれは…」
頭に頭巾をかぶり、背中には材木を背負い手足ともがっちりと布を巻いている。
「ってかあんたら冒険者だか?」
「いかにも。私はミナレ。こちらが」
「ノージです」
「ハラセキと申します」
どこかのんびりとした喋り方で、その上に腰も引けている。あまりにも失礼だったので剣をしまったが、依然としてベエソンさんは後ずさりしそうになっている。
「いやー、おらはあんたらみてえな立派な冒険者たちに会った事がねぐで、もちろんオカマゴ村にも警護役ってのはいるけんど、どしてもリンモウ村の人らに任せちまっててな」
「今後それは難しくなります。リンモウ村の村人の問題はある程度解決されており、いずれはオカマゴ村に援助を頼む事も少なくなるでしょう」
「ほぇー、それって、ああもしかして……」
「ええ、キミハラ様が雪の女王様を止められたおかげでリンモウ村の問題は解決に向かっているのです」
改めて茶色い。ありふれた土の色なのにやに綺麗に見える。
「そうかそうかぁ、聖女様のおかげかもなあ」
「聖女様の?」
「オカマゴ村には聖女様の伝説っちゅーもんがあってなあ」
聖女様の伝説とやらを聞こうとした所で、腹の虫が鳴き出した。
「私じゃありませんよ!」
あわてて手を振るハラセキの方をチラ見しながら、俺はいつものようにチーズを出す。
「あんれまあ!」
「俺はこれぐらいしか取り柄がないですから」
「これぐらいって言葉の意味が分かるか?」
あ、ベエソンさんが腰を抜かした。そんで俺は、これぐらいとか言うにはずいぶんと特異だよなと言う指摘をミナレさんから受けてしまった。
そうだよな、何もない所からいきなり食いもんを出せば驚くよな。
「これ、食べていいんだか?」
「無論です」
「私たちにもくれないか」
「もちろんですよ」
俺はあと二枚、同じチーズを出した。
「うんうん、実に、実にうめえなあ!」
「牛乳を飲んでいるような味だ」
「それです、って言うかノージ様」
「俺は……ああ食べるか」
みんなおいしく食べてくれて何よりだ。で、俺もつい食べたくなってもう一枚作り、ゆっくりと噛んだ。
確かにうまい。でも俺自身、牛乳の味うんたらかんたらと言う感想については正直ピンと来ていない。牛乳なんかほとんど飲んだ事ないから。
「いやうまいうまい、お礼に、おらの山小屋で一晩休んでくれねか?旅の話も聞きてえしなあ」
と思ったら、いきなり山小屋へのご招待を受けてしまった。たったのチーズ一枚なのに。
「どうします?強引に行けば今日中にもオカマゴ村にも着けそうですけど」
「ならばほんの少しくつろいでくれるだけでもええ。っつーかお嬢さんたち、ここからオカマゴ村まで今日中に行くだなんて無茶だ」
「私はご厚意に甘えたいです」
「そうさせてもらおう」
行くか進むか迷う所だったが、ハラセキの一言で俺の腹は決まった。ミナレさんも留まるをよしとした以上、俺に逆らう理由はない。ましてや今の俺らの強行軍はチーズの力ありきだ。
後ろを振り返ってみるともうかなりリンモウ村が小さくなっている。
「おらの所で寝れば、明日の昼間にはオカマゴ村さ行げる。オカマゴ村には牛がたくさんおるからな、お前さんのチーズにも役に立つかもしれねえぞノージ」
「わかりました」
こうして俺達は、ベエソンさんなる木こりの丸太小屋にお世話になる事になった。




