リンモウ村の雪解け
この第五章の最後には登場人物紹介があります。
「ここはどこですか?」
そんなふざけた言葉を抜かしてしまう程度にはリンモウ村は変わっていた。
白さがない。町中が茶色いレンガに支配され、緑色の草がわずかに見える。
「それほどまで呪いが強力だったって事だな」
「やっぱり呪いだったんですか?」
「間違いない。女王様はあっという間に力を蓄えるべく雪と氷を吸い込めたのもその証拠だろう。ずっと垂れ流しにされていたからかなり疲弊しているだろうしな」
「じゃあれって」
「女王様のギャグは相変わらず最高だよ」
…まあ、とにかく平和ならいいって事だ。報酬として金貨十枚ももらったしな。
「どうもありがとうございます、って言うか熱いって感覚を取り戻した気分だよ」
「本当あなたたちは英雄だなって」
毛皮を脱ぎ捨てた村人たちが次々と頭を下げてくれる。……ああいけねえ、どう考えても領主様に向かってだよなって、ちょっと!
「何を引っ込んでいるんだ、お前さんが出したチーズにより雪の女王様の呪いが解けたんだ。どう考えてもお前さんの功績だろ」
こんな体験は初めてだ。いきなり前に突き出されて次々に手を取られる。
今ちょうど四人、閃光の英傑のメンバーだった時と同じだ。
「先のパーティではよほど粗雑に扱われていたようだな」
「たぶん、チーズのおかげ様ってわかってなかったと思います」
ミナレさんとハラセキもこの調子だし、おとなしく受けておくしかないって事か。
「ええ、まあ、どうやら誰かに雪の女王様は一服盛られていたようです」
そう聞いたままを話すと、村人の皆さんは深くため息を吐いた。
「悪い薬でも盛られていたのか……!」
「本当に可哀相な女王様だよ…」
あの女王様がそんな事する訳がないだと。
ずいぶんと慕われてるよなあ、あれほどまでに村に迷惑をかけたのに。
「でもそうなると気になります」
「今までずっと寒い前提で暮らして来たからですか?」
「いえ、ご当主様です」
ご当主様、ああ、あのヅケース様とかってお貴族様か。別にあの人を含め貴族は好きでも嫌いでもないけど村人の皆さんの言葉はどこか重い。
「ご当主様と言うか、あのクロミール奥方様と弟君のキミカッタ様が」
「キミカッタ……」
「キミカッタ様は大変に血の気が多く、普段は据え物斬りや兵士たち相手に戦っておりますが…」
キミカッタ様とやらの話はもう聞いている。このキミハラ様の双子の弟で兄貴に喧嘩を売ると言うか嫌味を言いに来た上に、言葉の調子からするとかなり乱暴者らしい。
「まさか刃傷沙汰でも起こしたのか」
「そこまでは行かねえけどさ、三度の飯より稽古だと言ってそれこそ領国の腕自慢たちを引っ張り込んで家臣にしようとしてさ、親父もお袋も認めちまったんだよ、俺やキミカッタが強くなれるならってさ。
だが無駄に人が増えたせいで金がかかるわ、無理矢理に集めたから各地の村や町の警備が弱くなって盗賊が増えるわってなって、しかもキミカッタがここぞとばかりに好き放題稽古とか言って打ち合うからそのかき集められた人間たちも次々と参っちまってな。
でもそんななのに知っての通り親父とお袋は気に入ってるんだよ。おそらくこの俺は一生ここで飼い殺しの予定だったんだろう」
そんな危ない人間が次期当主だって言うのか、でキミハラ様をこのまま置き捨てにする気だったってのか。
ん?っつー事は…………
「ああ。問題が解決しちまった以上、これは確実に俺の手柄となる。お前さんたちがいかに活躍していたか示した所でそれに報酬を与えるのはこの俺だからな」
「報酬って」
「物的なそれがないとしても、こうして元の村に戻っているのが何よりの証拠だ。本当に申し訳ないが、此度の事で親父たちはますますお前さんたちを許せなくなっただろう」
ただ目の前の事象を片付け、村を救ったはずなのに。こんな事態が起きたのは初めてじゃねえけど、それでもやるせねえ。まあ閃光の英傑時代には、そのややこしい事態その物をアックーたちがぶった切ってたけど。
「でもミナレさんは」
「甘いんだよノージ、貴族って奴は時に汚いこともできる。自分の地位を守るため、表立って出来ねえことをやらすもんだ。俺だって決して清廉潔白じゃねえ、時々村の女性を抱いていた事もある。租税をごまかすためにな」
「それはこっちから言い出した事ですから、大変ぶしつけなのはこっちですから」
村人さんもキミハラ様もうつむいちまった。俺だってその言葉の意味ぐらいは分かるが、それでもなんとなく話が違う気がする。
「あの、ではどうした方がいいと」
「オカマゴ村だ」
「このリンモウ村の東のですか」
「そう、この村を一番助けてくれた存在だ。俺たちはオカマゴ村まで行って農作業の手伝いをしていた。そして食糧などを分けてもらっていた」
完全に貴族様のやる事じゃねえ。
冒険者、それもかなり低レベルなそれがやる事だ。
ギビキと一緒に冒険者パーティになって最初の任務が「農場の警備」ではなく「農作業の手伝い」だった時には俺は苦笑いし、ギビキはむくれていた。っつーかそんな事をこの領主様たちは繰り返していたのかよ……。
ミナレさんとハラセキの顔を見るまでもなく、キミハラ様の事情ととにかくまともじゃねえ手でこっちを狙って来るかもしれねえって事はわかった。
「そんな立派な存在を守れないと」
「心苦しいけど巻き込ませたくないのも事実だ。どうか頼む」
「わかりました、これを……」
俺はファイチ村と同じチーズを作った。
まだまだ立ち直ったばかりの村に、一番必要だろうチーズを。
「そこまでしてくれなくても」
「いいんですよ、俺なりの誠意ですから」
俺なりの誠意を残して、俺達はリンモウ村からオカマゴ村へ向かう事になった。
え?チーズを配らなかったのかって?だって、あの領主様がすっかりその気になってるんだもん。まったく、まるでハラセキみてえだぜ。
っつーかミナレさんは笑ってるしハラセキは顔を赤らめてるし、なんか話を広げちゃいけねえ気になって来る。
まあとにかく、次の目的地を目指すか……。




