(間章)協力者の名は(クロミール視点)
「ツヌーク……」
「お母、様……」
あの子は今日も部屋から出てこようとしない。まったく、なんて事だろう。
「急病によりしばらくは姿を見せられないと言う事にしておきますから、どうか出てきて」
「はい………………」
ようやく出て来たツヌークは、私にさえも顔を見せられないとばかりにうつむき、体を引きずっている。
あの時食べさせられたチーズのせいで、まったく醜い顔になってしまった。
何という恐ろしいチーズだ。私の大事なツヌークをこんなにしてしまうだなんて。
「私の顔は、一生このまま……」
「大丈夫です、私が何とかします!」
と口では言ってみたが、それにしても十数年かけて磨いて来た物をどうしてくれるのだろう。
とりあえず仮面を手配させたがそんなのは一時しのぎにもならない。
顔だけでなく、頭も手足もすっかりさび付いてしまっている。さび付いているのにゆっくりとできた訳ではなく、一瞬にして剥がれ落ちたようになってしまった。
「とにかく食べないと」
「はい……」
顔や手足だけではない、体型もだ。見苦しく太るとまでは行かないにせよ、細身のスタイルのいい美女はそこにはいない。
王子には一応急病と言う事にするつもりだが、それこそ一時しのぎだった。
「でも大丈夫でしょうか、私……お母様の……」
「私が付いていてあげますから!私が作ったメニューをずっと食べて来たのでしょう!」
「……そうですね……」
娘をディナーに誘った上で、厨房へと向かう。
あれ以来ツヌークは私と旦那様とキミカッタ以外に会おうとせず、あと一人その有様を見ていたナオムンはショックでこっちが手を出すまでもなくおかしくなってしまい、やたら笑い出すようになってしまった。もうそんなのはどうでもいいとしても、一家の女主人としてなすべきはなさねばならない。
「お袋の得意のマカロニチーズじゃねえか!俺らが赤ん坊の時から食って来た!」
「ちょっと声が大きいですよ」
「五日ほど西の村で魔物狩りして来たから本当に腹減ってるんだぜ!」
「キミカッタ、ちゃんと礼を言いなさい」
親子四人仲良く、ディナーを囲む。
私が作った四人分のマカロニチーズ以外には肉と野菜、それから果実のエードと言う、文字通りのお貴族様の豪華なメニューが《《三人分》》並んでいた。
「あっれーツヌーク、何がどうしたんだぁ?」
「食欲が、なくて…」
「そんなにうつむいちまって、愛しの兄貴様が久々に戻って来たっつーのに」
キミカッタはフードをかぶったままのツヌークの顔を強引にあげようとする。夫と私が止めるまもなくキミカッタは隅っこに座るツヌークのフードを引き抜き、その顔をさらさせようとする。
「あー、あのチンピラにやられたのか」
話は夫が既に伝えていると言うのにキミカッタは自分の目で見るまでは信じないとか言っていたからしょうがないけど、それでももう少しとか思わない訳でもない。
「お兄様……!」
「大丈夫だって、俺があのチンピラをぶった切ってやるから!大船に乗った気持ちで居ろよ、なあ親父」
「とは言え…」
「ああ、お姫様がご一緒なんだろ。それこそそのノートとかってチンピラの作ったチーズによりセンノーされてるとかって言えばいいだけなんじゃねえの?」
もっとも、キミカッタの言葉には何の問題もない。
いくら王女様がくっついているとは言え、あのノージとかって小生意気な小僧はただの冒険者。そんなのなんかいくらでも片付けようがある。ましてや、あのハラセキとか言う小娘なんか……!
「だがキミカッタ、お前が動けば我が家の問題となる。そうなると話はさらにややこしくなるのだ。今どれほどの権威をあのミナレ様が有しているのかはわからんが、下手をすれば国家そのものに喧嘩を売る事になる。そうなれば我が家などあっという間におしまいだぞ」
……と言いたいけどそれもまた事実だった。
あれは間違いなくミナレ様であり、とても強い意志を秘めた本気の顔だった。ひどい頭痛でまともに戦えなかったはずなのにあそこまで回復している辺りやっぱり只者ではないかもしれないけど、ああいう存在が積極的にあの小僧の肩を持っているとなると事態はややこしい。
「そうかよそうかよ、あーあ面倒くせえなあ。っつーか兄貴も兄貴でいいかげん認めればいいのにまだ頑張ってんのかね」
「そうなの。未だにあんなところにしがみついているの。ほとんど税金も取らないでまったく庶民その物暮らしをして。本当、とんでもないええかっこしいに育ってしまったわね。貴族の誇りとか言ってるけど、この前こっそり見たけど本当にもう、なんて言うか……」
そしてそれと同じかそれ以上に面倒くさいのが長男のキミハラ。
優しい人格者だとか言うけど実際とにかく甘ったるくて、あれが当主になったらそれこそ庶民たちに財産を全部明け渡して平気で笑うわ。あんなのが人気なのはあれよ、自分の言う事を聞いてくれるからよね。本当、どうして利用されてるって気付かないのかしら。
って言うか、村長どころか庶民同然の暮らしをしているってのに不満の一つもこぼさない。私の危惧を現在進行形で体現している。どうしてなのかしら。キミカッタやツヌークと同じメニューを食べて育ったはずなのに。本当にむかむかする。
「やっぱりあの男に頼みます?」
「そうだな」
私は、決断した。
この胃のむかつきを、抑えてくれる存在を使う事を。
「そんな存在がいたんだ、俺も会ってみたいもんだね」
「いずれ会わせるわ。貴族ってのはきれいごとだけではやってけない存在だってことを証明してあげるから」
「それだがな、面白い話を聞いたのだ」
そして旦那様は、さらに面白そうな顔をした。
「あのノージとか言う小僧のいた冒険者パーティだが」
「よく調べてたなぁ!」
「いや何、元から新興勢力とでも言うべき存在には気を配らねばならんからな。
最近日の出の勢いで出世していた冒険者パーティがあったのだよ。そのメンバーにな……」
旦那様から聞かされた話は実に面白かった。
なんと、私が求めようとしている存在に、その冒険者パーティが接触を求めているらしい、と。
しかもそこには今、私がかつて弟子となった存在もいると言う。
「これはもう、文字通りの一挙両得って訳ね」
「だな。早速使者を送り、実行させよう」
そして、あの忌々しい小僧と小娘を……。
そう考えるだけで、食事は実に美味だった。
心なしかツヌークの顔も少しだけ元に戻っている気がする。うんうん、いい子だ。私が絶対に守ってあげなければ。
外の風も温かいし、本当に私は幸せだ。
次回から第五章です。




