君主キミハラ様
「ハラセキ、ずいぶんと自由にやってくれたな」
「全ては村人のためです、キミハラ様」
ハラセキのはしゃぎぶりと来たら、それこそ水を得た魚だってミナレさんが言ってた。
数ヶ月ぶりとかで記憶があいまいなのにも関わらず村中を駆け回り、一人一人チーズを手渡したんだから。ただ辛味のかなり強いチーズだから赤ん坊や老人にはむやみに食べさせるなと忠告はしておきたかったが、それもきっちり守ってくれたようだ。
何も言ってないのに。
で、だ。
そんな風に好き勝手はしゃいでいれば目に留まらない方がおかしいもんで。と言うかあまりにも活躍しまくったハラセキとそのお供二人は、村長と言うか領主のキミハラ様のお家に呼ばれた。
っていうか、めちゃくちゃに持ち上げられて案内された。
……正直狭い。
「なんだよ」
「いや、何でもありませんけど」
「こんな所の暮らしに慣れていると無駄など作りようがなくてな、こんな風になったんだよ。実際、これ以上余計な物はない」
椅子すらも三つしかなく、俺は立ちっぱなしで居るしかなかった。俺が床に座ろうとするとハラセキが席を譲ろうとするからどうにも立ち位置が分からなくなり、結果的に俺が二人の保護者の立場になってしまった。
っつーかミナレさんもミナレさんだよ、こんなに堂々と椅子座っちゃってさ。俺の立ち位置がわからなくなっちまったじゃねえかよ。
「で、とにかくだ。そんなに薄着なのもチーズのおかげさまなのか」
「まあそうですね」
「俺にもくれよ。ああできればお前からの手渡しで」
俺はキミハラ様に作りだしたチーズを渡した。自分なりに頭を下げ、丁重に差し出す。
「何をそんなにかしこまってるんだよ」
「領主様に献上するんですから。って言うかハラセキもたぶんこんな調子だったんでしょ」
学のない俺なりに必死こいて覚えた言葉を振りかざす。いつもいつもこういうお偉いさんに対面するのはアックーであり、俺などは引っ込まされていることもしばしばだった。それでもまれに数合わせとして連れ込まれている時などに聞いたアックーの口上を必死に真似してみせる。
「フン…」
キミハラ様は君主として当然だと言わんばかりに背筋を伸ばしながらチーズを受け取り、少しだけ眺めた後一気に口に運ぶ。見るからに真っ赤な、実際辛いチーズを口に放り込むなど俺でも正直戸惑う。俺とミナレさんはこの大きさでも二口かけたのに、ハラセキも君主様も大胆だよなあ。
「まさかこの辛さが……んっ!」
それで、一口噛んだ途端に鳥肌が薄くなって行くのがわかる。毛皮を脱ぎたそうに体を動かし、こちらを見ながらゆっくりとフードを上げる。
切れ長な目の上に汗が輝き、暖炉が急に邪魔くさそうに思えて来る。っつーか正直入った傍からむやみに暑くしている邪魔くさい物体に見えて来る、本来ならばめちゃくちゃ頼りになるはずなのに。
「なるほどな。ハラセキも勇んで配るはずだ」
「ありがとう、ございます……」
「そんなにかしこまるなよ、男のくせに」
「男のくせにですか、しょっちゅう言われましたよ。ギビキに」
「ツヌークもよく言ってたよ、お兄様は男なのに弱々しいと。キミカッタの事ばかりもてはやしてたよ、親父もお袋も。確かにあいつだったらとっくに解決してるかもしれねえけどな」
キミハラ様が言うにはついひと月ほど前、キミカッタとあのツヌークがやって来て好き放題わめいていたらしい。なんでも自分なら雪の女王様とやらをぶっとばしてやれるとか、私が王子様と婚姻したら適当な婦女でも紹介してあげるとか、それこそ言いたい放題だったらしい。
「ご当主様とは」
「ここに来てから二度しか会ってねえよ。一度めはご挨拶、二度めは援助要請、いずれも俺自ら出向いた。だが二回ともよくやっているとかいう定型句と金貨数枚の小銭をぶつけて来ただけだ。それからはもう会う気もしない」
親兄弟だってのに何なんだろう、何が悲しくてこんな真似をしなきゃいけねえんだろう、っつーのが美辞麗句だってのはわかってるけど、そんでもまともに援助しようとしないのは明らかにおかしい。
「で、お袋は自分でやれと言ってる。自分で雪の女王様をやれ、と。だが俺はそんな事はしたくないしできない。雪の女王様は子供の時出会った事があるけど正直そんな事をする人には見えなかった、っつーか今でも仲良く出来ると思ってる」
「いい思い出って」
「文字通りだよ。俺は雪の女王様のお話を昔から楽しみにしていた。千年近く生きてるとかって、俺たちのご先祖様の話もしてくれた。十二代前の先祖はえらく酒飲みでそれ以外はえらく質素だったとか、九代前の当主はかなりいい男だったとか、で俺自身は歴代の中でも一番馬が合ったらしい三代前の当主にそっくりだとか」
そしてその目の前の問題の根源と思しき「雪の女王様」のせいでこの村はこんなになっちまってるのはわかったが、それもまた簡単な問題じゃないらしい。キミハラ様の話を聞く限りじゃそれほど悪い存在にも思えないし、さらに実際できるのかどうかって言うのもある。
「暴走だって言うのですか?」
「暴走か。その線は俺も考えたよ、って言うかそれが一番可能性が高いだろう。でも雪の女王様にまず会えない以上どうにも断定できない」
暴走。確かにそれが一番しっくりくる。だけど証拠もない。
「所在はわかるんですか」
「一応な。あくまでも吹雪の強い所にいるんだろうなってあいまいな事しか言えない。もちろん俺も行くからどうにかついて来てくれないか」
キミハラ様はゆっくりと立ち上がり、毛皮を正式に脱ぎ捨てた。その下もしっかりと着込んではいるが筋肉が隠し切れず、俺とは力のケタが違う。
「わかりました。共に参ろうぞノージ」
「もちろん行き」
「私も行きます!」
で、俺も同行すると言い出そうとして、ハラセキに出遅れた。
いくらチーズの力があると言っても普通のメイド、決して先頭に慣れているはずがないのに、どうしてこんなに行動的なんだろう。
もしこれが本当の姿だって言うんなら、本当我ながらどえらいもんを扱っているよなあ。
ああ、あのツヌークってのはどうでもいいけど。




